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中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)を乗り越える考え方

第5章-8 中年管理職に訪れるさまざまな心の危機

 中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)とは、中年期に訪れる心の危機のことです。中年は人生の転換期です。それまで価値を感じられていたものに、価値を感じられなくなったり、大切とは思えてなかったことが大切だと思えるようになったります。

 仕事、家庭、プライベートなど様々な人間関係の中で多くの課題に対峙し、もがき苦悩し、「心の痛み」を感じながら自己変容を遂げていきます。「心の痛み」はありつつ、自己変容という創造的なことが行われるため、中年期の辛く苦しい多様な体験を「創造性の病」(Creative illness)と表現することがあります。

 中年の危機を乗り越えるには、「苦悩というネガティブな出来事が実はポジティブに作用している」と知ることです。

 某企業の研究開発室次長のUさん(40代男性)の話を中心にし、中年の危機を乗り越える考え方について解説します。

第5章-8 中年管理職に訪れるさまざまな心の危機

 ある大企業の研究開発室で次長を務めるUさん(40代男性)は、パソコンで会議のための資料づくりをしていると、何もかも投げ出して、自分の存在を消してしまいたくなる衝動にかられるようになりました。

研究者で管理職であるU次長の苦悩

 U次長は、小さい頃から科学が好きで、その長所を生かし理系の道を突き進んできました。就職活動はバブルの時代で、何の苦労もなく内定をとり入社、希望どおり研究開発室に配属されました。

 20代から30代にかけて、いくつかの論文が業界専門誌に掲載されるような、本人も納得のいく研究者人生を歩んできました。その功績が認められ、周囲からの人望も厚く、40代前半で研究開発室のナンバー2の座を射止めたのです。抜擢人事であり、Uさんにとってもその昇進は望んでいたものでした。

 ところが、次長の仕事は、予算を確保するための資料を作成したり、他部署を交えた長時間の会議に出席したり、よりよい研究開発環境を整えるために資材や機器を手配したりと、「偉大な雑務」が中心なのです。そのため、部下から「次長、例の資材まだ入ってないのですか」と、文句を言われます。

中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)とは

 U次長も若手の頃は、よい研究成果をあげるために、上司をつきあげていた経験があるので、そのポジションの役割と苦労はわかっていたつもりでした。しかし、これほど憂鬱な気分にさせられるものかと、予想外のストレスに自分の感情をうまくコントロールできなくなってしまいました。

 「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」

 そんな言葉があります。人生を春夏秋冬にたとえると、中年期は「晩夏」から「晩秋」です。この「晩夏」「晩秋」という言葉には、なんともいえない切ない感情が伴います。ひとつの季節が終わろうとするとき、過ぎ去る季節に決して戻ることができない物悲しさを人は感じるからです。季節の終わりに、自分の人生を重ね合わせるのが人。人生の終わりとは、「死」を意味します。

 私たちは、生きながらにして、さまざまな終わりを経験します。

 U次長は、研究者として仕事に没頭していればよかった「季節」が終わり、チーム全体のことを考える管理職として活躍すべき季節を迎えました。

 これは、研究者としての自分を殺し、管理職として「再誕」することを意味します。

 自分で自分に死を与える、精神的な作業がU次長には必要だったのです。長い間、研究者として生きてきた人間にとって、これほどつらいことはありません。

 次長という役職に就いた当初、「後進を育てるのだ」と、張り切っていました。ただ、立場を変えて研究一筋に働く若者たちの姿を見ていると、心のどこかでうらやましいと思う自分がいました。この葛藤が、U次長の憂鬱を生み出していたのです。

子どもの言葉に「中年の危機」を乗り越えるヒントがある

仕事のことで鬱々としていたある日、夕食の席で

「最近、学校つまんないのよね、なんか行きたくないの」

と娘がつぶやきました。

「何、言ってるの」

と母親が優しくたしなめようとすると、U次長は

「何を考えてるんだ、お前は。だらしない、そんなことでどうするんだ」

と、怒鳴り声をあげました。すると、娘は

「お父さんだって、だらしないじゃない、そんなことでどうするのよ」

と、捨て台詞を吐き、自分の部屋に閉じこもってしまいました。

 U次長はベッドに入り薄暗い天井を眺めながら「普段なら聞き流すような娘のたわいのない愚痴に、どうしてあんなにかっとしてしまったのだろう」と、その理由について考えていました。

そんな雰囲気を察したのか、隣で寝たいたはずの妻が

「あの子今日、最近お父さん元気ないねって、心配してたのよ。仕事たいへんなの?」

と声をかけてきます。

「まあ、ちょっとな」。

 弱音を吐くと自分が壊れそうな気がしてU次長は口を濁しました。しかし、反抗心をむき出した娘の言葉が、自分のことを心配してくれてのことだとわかったとき、

 「そうだよな、だらしないよな、こんなことでどうするんだ」

との思いが頭をかすめます。すると、情けないと思いながらも、自分を突き放し、心を明るくして自身を励ます、U次長が確かにそこにいました。

中年の危機を克服するヒントは「外」にある。

仕事の悩みを解決する「答え」は、職場にあることが多いですが、その「ヒント」はいつも外にあります。ひとりで悩んでいるときほどそうですが、ヒントは突然降ってわいてくるのではなく、いつもそこにあるのに気づかなかっただけのことです。それだけ心の視野が狭くなっているのです。

 中年期は、若い頃とは違った意味で、たくさんの悩みを背負う時期。

 会社で出世をすれば出世したなりに、出世できなければまたそれなりに。結婚すれば結婚したなりに、しなければしないなりに・・・。公私ともに年齢を重ねてきた量に比例するかのように、いろいろな悩みが積み上がります

 中年は季節でたとえると、「晩夏」から「晩秋」でした。その季節、日本はもっとも台風が多くなります。台風という大いなる自然に対して、人間は無力です。だから、自然に対する畏敬の念を抱き、自分のちっぽけさを知り、謙虚になることができます。

 それと同じように、「心の台風」を経験する中年期は、それまでの自分を見つめ直し、生き方を転回していく時期なのです。

 起承転結で言えば、中年期は「転」

 ときに死んでしまいたいと思うような中年の危機を体験しながら、自分を改め「結」や「冬」を迎えるにあたっての精神的な準備をする季節です。

 病気であったり、職場での問題であったり、家族に関する悩みであったりと、「中年の危機」は、さまざまな形をしてやってきます。しかし、その危機を通じて、ときに、死んでしまいたいほどの感情を体験することで、

「自分は何のために生まれてきたのか」
「なぜ、自分は、今ここにいるのか」

という「答えのない問い」に取り組んでいくことになります。

中年の危機と創造性の病(クリエイティブ・イルネス)

 その問いは、これまでの生き方では解くどころか、向き合うことすらできません。家庭を顧みず仕事一辺倒で生きてきた人が、突然、子どもの不登校問題に向き合う場合などがそうです。

 しかし、自分のすべてをかけて答えのない問いに対峙すると、その危機を体験しなければ決して知ることのできなかった新しい自分に出会うことになります。ですから、中年の危機の最中で体験する病を

「創造性の病」(クリエイティブ・イルネス)

というのです。

 自分の人生を壊してしまいたいほどの絶望感にかられながら、そうなるものかとぐっと耐えているとき、私たちは、中年期以降の人生を心豊かに生きるための感性や知恵や心を創造しているのです。

 たとえば、「死を覚悟する病」という「台風」をやり過ごした人は、よくこう言います。

「昔の自分が嘘のようです」
「何でもないことに、感謝できるようになりました」
「生きているだけでもありがたい」

 台風一過の爽やかな青空。それと同じように「心の嵐」の先にも、きっと青空が待っています。

 その青空を誰と一緒に見たいですか?

 中年の危機は、ちょっとした「道草」のようなもの。回り道にしか咲いていないきれいな花が、きっとあります。

(著:松山 淳)

上司の自問自答
1. 私は、心の危機の最中で手に入れるものの素晴らしさに気づいているろうか。

2. 私は、中年の危機が、振り返ってみれば自分の糧となる貴重な体験となることを理解できているだろうか。

3. 私は、つらいことや悲しいことがあっても、いつか必ず笑える日がくることを忘れていないだろうか。


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