どんな人にもネガティブな要素がある。「弱さ」「自信のなさ」「繊細さ」「心の狭さ」など。そのネガティブさから自分を嫌い、責めて、苦悩してしてまうことがある。「そんなネガティブでは人生はうまくいかない」。だから、世の風潮は「もっとポジティブになろう」「ネガティブを解消しよう」「ネガティブな自分から脱出しよう」と、ネガティブを認めるより、ポジティブな自分に変身することすすめる。
「ネガティブな自分」を「ポジティブな自分」に変えていく。
そう考えて、うまくいくこともある。でも、うまくいかないこともある。なぜ、うまくいかないこともあるのか。なぜなら、ネガティブな自分を変えようとすると、人によっては心に大きな負担がかかり、抵抗感が強くなるからだ。すると「私にはどうせ無理」と考えてしまい、苦悩する時間が長引いてしまう。
であれば、自分の中にあるネガティブな要素を無理に変えるより、そのまま受け止めてしまうのがよい。受け止めることができれば、自分を責めて苦しむことも少なくなる。
心理学の中には、人間の持つネガティブな要素を認め「力」に変えていこうとする考え方がある。その考え方を知るだけでも「楽」になれる。心が少し軽くなる。
「ネガティブな性格だからダメなんです」。そんな風に自分のネガティブさを責めて苦しんでいる人が、少しでも楽になれるように、ネガティブを力に変える3つの考え方を紹介していく。
ネガティブを力に変える3つのステップ
自分の中にあるネガティブな要素を力に変えるには、3つのステップがある。
問題なのは、自分の中にネガティブな要素があることではなく、「自分の中にネガティブな要素があるから、自分は苦しむだけだ」と、この考え方が固定観念となっていることです。心理学の考え方を知ることができれば、この固定観念を崩すことができます。ですので、まず知ることです。
本を読んだり、ネットから情報を得たり、セミナーに参加したりして、新たな知識を獲得することです。知ることから始まる自己成長の道があります。
自分のことを「完璧だ」と思っている人はいますが、実際に完璧な人などいません。誰にだって長所(ポジティブ)があり、短所(ネガティブ)があります。短所(ネガティブ)があることで「生き辛さ」を感じることがありますが、短所(ネガティブ)があることで、「人間らしさ」(ポジティブ)が作り出されています。
だから、短所(ネガティブ)と向き合い「受け止める」ことが大切です。「受け入れる」ことはありません。
「受け止める」と「受け入れる」は違います。
「受け止める」とは、いい悪いの判断・評価をすることなく、自分にネガティブな要素があると「ただ認める」こと。
「受け入れる」とは、ネガティブな要素を「良い」ものであると肯定し変容させ受容すること。
自分で短所だと否定しているものを、肯定しようとするところに無理があり、短所への抵抗感がより強くなります。かといって「わたしに短所などない」と無視すれば、心の働きを無理に押さえ込むことになり、自己成長の足かせとなります。
誰もがネガティブな要素を持っています。瞑想をしたり、書き出したり(ジャーナリング)、イメージワークを通して、ネガティブさと向き合い、それを受け止め、理解しようとすれば、心によりよい変化が起きてきます。
「怒り」「憎しみ」「悲しみ」「嫉妬」など、人間には様々なネガティブと考えられている感情があります。それは不快な体験なので、ネガティブ感情がどんなものかを改めて考えようとしません。
心理学では、ネガティブな感情を正確に表現できる人ほどレジリエンス(精神的回復力・逆境を乗り越えるちから)の高いことがわかっています。レジリエンスが高いとは、ストレスに強いということです。
なぜ、そうなのでしょう。なぜなら、ネガティブな感情を表現できるとは、自分を客観視できていて、感情に飲み込まれていない心の状態を意味するからです。ネガティブな感情に飲み込まれている人は、混乱していて、自分を見つめることができません。
ネガティブな感情をテコにし活用すれば、「感情に飲み込まれない力」「自分を客観視する力」を育むことできます。
ただ否定してきた自分のネガティブな要素を活かすことができれば、人生に対する価値観に変化が起きて、セルフ・イメージも変わっていきます。自信にもなっていくことでしょう。
以上の3つのステップを前提として、次から3つのコンセプトについてお話ししていきます。では、まずはユング心理学から始めていきましょう。
Concept-1 影(シャドー)
世界三大心理学者のひとりC.Gユングの心理学に「影」(シャドー)という考え方があります。
「影」(シャドー)とは、その人の「生きられなかった反面」のことであり、自分が否定している人格のネガティブな要素でもあります。ユングは「影」(シャドー)について、こう書いています。
影ということで、私は人格の「否定的」側面を意味している。それは十分に開発されてこなかった個人的無意識の内容・機能を含めて、私たちが表出したがらない不快な性質をもったもののの集合である。
『エッセンシャル・ユング』(アンソニー・ストー 創元社)p101
例えば、人付き合いが苦手で「自分の性格は内向的」だと認識しているAさん(男性)がいたとします。Aさんの友達は自分に似た感じの内向的な人ばかりです。性格的に明るく社交性のある外向的な人を見ると「なんなんだ、あいつ」と、ついイラッとしてしまいます。そんな自分が、Aさんは好きではありません。
Aさんの意識の光は内向的な自分に当たっていて、自身のセルフ・イメージを形成しています。
Aさんは人間の「内向的な性格」をポジティブに評価し、「外向的な性格」をネガティブにとらえています。Aさんは、自分は「内向的な性格だ」と認識しながら生きてきました。
すると「外向的な自分」が「生きられなかった反面」となります。
光あれば影が生まれます。セルフ・イメージに光が当たれば当たるほど、内向的な自分を正当化すればするほど、Aさんにとって、その反面の「外向的な自分」は、無意識に押しやられていき「影」(シャドー)となります。
「影」(シャドー)は、「生きられなかった自分自身」のことですので、その人にとってネガティブな要素ですが、それは同時に、ポジティブな要素でもあるのです。
なぜなら、自分のことを「内向的だ」と思っている人にも外向的な側面は必ずあるからで、その外向的な部分を活かしていくことができるからです。
100%内向的、100%外向的という人はいません。人はどちらの要素も持っていて、どちらかの自分をより意識化しセルフ・イメージとしてとらえているだけです。
上の図は、東洋思想の「太極図」です。世界の陰と陽を表しており、「陰と陽、双方があって全体が成立する」ことを意味します。心にも意識と無意識、陰と陽、ポジティブとネガティブ、内向的と外向的があって全体のバランスをとっています。
ネガティブな部分があるからこそ、ポジティブな部分が生きているのであり、ネガティブな要素を安易に切り捨てることはないのです。むしろ、ネガティブがあるからこそ人としてバランスがとれているといえます。
光あれば影があり。影あれば光あり。双方があって存在できる。
内向的な人にも外向的な要素があります。それは時に影(シャドー)となって、その人のなかで生きています。
影(シャドー)を活かしていくには、まずは自分の「影」(シャドー)が何かを知り、その存在を認めることです。
何となく自分が「嫌っている人」「友達にしたくない人」「受けいられない人」「見るとイラッとする人」がいれば、その人の性格的な要素が、あなたの「影」(シャドー)かもしれません。
知人や友達だけでなく芸能人など有名人でも構いません。
もし、あまり好きになれない人(知人・友達、芸能人など)がいたら、誰かひとりを決めて、その人のどんなところが好きになれないのか、具体的に書き出してみてください。
書き出したら、1分間〜3分間、その人を思い浮かべてみます。思い浮かべた時に、無理に肯定したり、良い感情を持とうと努力することはありません。ただイメージするだけです。最初は、不快感が強いかもしれません。嫌いな人なのですから当然ですね。
でも、これを定期的に繰り返していくと、否定してきた自分の要素=「影」(シャドー)が心の中で認識され、当初の強い不快感がやわらいでいきます。
不快感がやわらぐということは、「ネガティブ」が「ポジティブ」に転換されて、「力」になったことを意味します。
外向的な人を否定してきたAさんがシャドーワークに取り組めば、外向的な人を見てもイラッとする度合いが低くなるでしょう。そして、自分の中にある外向的な側面を活かすことに対しての抵抗感が少なくなっていきます。その結果、セルフ・イメージもゆるやかに変化していきます。
ただし、すぐに効果は出ません。数ヶ月〜半年単位で考えてください。
心の成長にとって、手っ取り早くできて、すぐに効果が出るものは、すぐに効果が薄れていくものです。ですから、長い目で見て、じっくりと取り組んでください。
Step1:「好きになれない人」を、ひとりあげる。
Step2:「好きになれい人」の性格的な要素を書き出す。
Step3:「好きになれい人」をイメージする。
Concept-2 ACT(アクト)
「ACT」(アクト)は、「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」(Acceptance and Commitment Therapy)の頭文字をとったもので、昨今、注目されている心理療法です。
マインドフルネスの考え方をベースに「心理的柔軟性」(Psychological flexibility)を生み出すことで「心の健康」を維持・回復させようとします。
「ACT」が、これまでの心理療法と一線を画しているのは、「アクセプタンス」(Acceptance)を強調している点にあります。「アクセプタンス」の意味は「受容」です。
これまでのストレス・マネジメントのポイント「コントロール」(操作)にありました。
例えば、上司から「仕事ができない奴だな」と、嫌味を言われたとします。その時は、ぐっと我慢したものの、その言葉が頭にこびりついて、離れなくなる時があります。
上司への「怒り」「憎しみ」、自分に対する「情けさ」「落ち込み感」「憂鬱さ」など、ネガティブな感情にとらわれてしまいます。
「ネガティブな感情」を追い払おうとして、好きな映画を観たり、音楽を聴いたり、軽い運動をしたり、旅行したり、人は「気分を紛らわす」ことができます。
これらは、ストレス・マネジメントの「コントロール戦略」です。
ネガティブな感情を論理的に考えポジティブな思考へ変容させるのも「コントロール戦略」といえます。
コントロール戦略では、「ネガティブな感情」(怒り、憎しみ、悲しみ、後悔など)は、「あってよくないもの」と否定し、変容させるか排除しようとします。ストレスの程度と本人の相性により、もちろんコントロール戦略は十分に有効です。
ただ、ストレスが長期に蓄積して程度がひどくなると、ネガティブな感情にとらわれ続けて、人によって、コントロール戦略が効かなくなる時があります。また、コントロール戦略は「ネガティブな感情」を押さえ込むこと(抑圧)にもなるので、心に負担をかけ、ぶりかえすことがあります。
「コントロール戦略」の限界に着目し開発されたのが、ACT(アクト)です。
ACT(アクト)では、ネガティブな感情を受容しようとします。ACTの実践家であるラス・ハリスは、こう書いています。
自分の思考と感情をあるがままの状態にしておくこと。その思考・感情が喜ばしいものでもつらいものでも、心を開いて、それを受け入れる場所を作ること。思考に抗うのをやめ、それが自然と湧き起こったり消えたりするのに任せること。
『よくわかるACT』(ラス・ハリス 星和書店)p224
ネガティブな感情を受け入れる場所を作るには、イメージ・ワークをして、自分の中にあるネガティブな感情を否定するのではなく、その存在を許すことです。
「許し」には、人を癒す大きな力があります。
では、実際に、どうすれば「ネガティブな感情」を許せるようになるのでしょうか。ACTはマインドフルネスの考えが土台になっていますので、瞑想やイメージ・ワークを行なっていきます。
Step1:自分の気持ちを観察する:深呼吸をしながら体に意識を向けて「どんな感情があるか」を感じ取る。
Step2:息を吹き込む:ネガティブな感情があったら、深呼吸をして、その感情に向けて息を吹き込むようにイメージする。
Step3:居場所を作ってやる:息を吹きみ「感情」が存在できるスペースを作るようにイメージする。
Step4:存在を許してやる:ネガティブな感情でも「ありがとう」と声をかけ存在を許す。
ラス・ハリスは、ACTのねらいを一言で、こう表現しています。
「避けられない痛みは受け入れながら、有意義で豊かな人生を切り拓くこと」
『よくわかるACT』(ラス・ハリス 星和書店)p11
人生、いろいろなことが起きてきます。決して、いいことばかりではありません。
ネガティブな感情にとらわれてしまうのは、誰にでもあることであり、よくあることです。
だから、避けられないネガティブな痛みは受け入れて、「何がいけないのか」「何がダメなのか」ではなく、「どうすることがよいことなのか」を考え、その「よいこと」を行動に移していくことが大切です。
ネガティブな感情を否定するより、その感情をテコの原理にして、いろいろなことを学び、成長していくことができます。ネガティブなことも、決して無駄にはなりません。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)とはConcept-3 ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)は、イギリスの詩人ジョン・キーツ(John Keats)の言葉だとされていて、精神科医帚木蓬生が『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書)の中で、次の通りに定義しています。
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」
「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」
戦争や自然災害など、人生には、「どうにも対処しようのな事態」が起きてきます。青春時代、生まれもった自分の容姿で悩むことも「どうにも対処できない事態」のひとつといえます。
どうにも対処できなくても、人は何とかしようと努力します。努力の結果、事態がよくなることがあります。一方で、事態がよくならない時もあります。余計に悪くなってしまうことすらあります。
そんな時に、急いで答えを出そうとするのではなく、じっくり構えてひたすら「耐える」ことが、有効な時があるのです。
世の風潮は、問題はできるだけ早く解決することを、そうできる人を高く評価します。ですが、人生には、どうしても時間のかかかることがあります。
「心」の問題に関しては、特にそうです。
時間のかかることには、時間をかけることです。例えば、傷ついた心が本当の意味で癒されるのには時間がかかります。でも、本当の意味での癒しが起きた時、本当の意味での成長がそこにあるのです。
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)に対して、PTSG(Post Traumatic Stress Growth=心的外傷後ストレス成長)という言葉があります。
PTSG(心的外傷後ストレス成長)とは、「心が深く傷つくネガティブな体験を通して、むしろ、人の心は成長していく」という考え方です。
辛く苦しい逆境を乗り越えていった人は、その時の経験をふりかえって、よくこんな言葉を口にします。
「あの時の体験があったから、今の自分がある」
「あの辛い日々があったからこそ、強くなれた」
つまり、自分に起きたネガティブな体験が「力」になったということですね。そのために必要なのが「ネガティブ・ケイパビリティ」です。
精神科医帚木先生に、ある方がこんな手紙を書いてきました。
解決すること、答えを早く出すこと、それだけが能力ではない。解決しなくても、訳が分からなくても、もちこたえていく。消極的(ネガティブ)に見えても、実際には、この人生態度には大きなパワーが秘められています。
どうにもならないように見える問題も、持ちこたえていくうちに、落ち着くところに落ち着き、解決していく。人間には底知れぬ「知恵」が備わっていますから、持ちこたえていれば、いつか、そんな日が来ます。
『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書)p200
自分の中にあるネガティブな要素。そして、自分に起きてくるネガティブな出来事。
それらを通して、人は時に深く苦悩することになりますが、それらを通して、人は大きく成長していけます。
ネガティブを安易に切り捨てることなく、そこに大きなパワーが秘めらていると信じて、自分のネガティブを力に変えていきましょう。
ネガティブ・ケイパビリティについて(文:松山 淳)