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学習性無力感とは

コラム130学習性無力感とは by マーティン・セリグマン

 「学習性無力感」 (Learned helplessness)とは、学習によって生まれてくる無力感のこと。提唱者は、アメリカの心理学者マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)。1960年代、セリグマンはペンシルバニア大学で研究をし、この理論により心理学に革命を起こした。「学習性無力感」 とはどのようなものか。セリグマンの著『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社)を参考文献として、「学習性無力感」 について解説する。

まっつん
まっつん

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学習性無力感について

 マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)といえば、「ポジティブ心理学」の創始者の一人として世界に名を知られる心理学者です。彼の偉大な業績が「ポジティブ心理学」であることに疑いの余地はありません。

Martin Selgman
マーティン・セリグマン
(Martin E. P. Seligman)

 ただ、心理学の歴史に残る功績として「学習性無力感」(Learned helplessness)の研究を、忘れてはいけません。

 「学習性無力感」とは、「学習によって生まれる無力感」のことです。

 例えば、あなたが、ある小さな洞窟に閉じ込められてしまったとします。ずっと洞窟にいては命に関わります。何とか脱出を試みます。通り抜けられる穴はないか探します。ありません。では、穴を掘ろうと考えます。でも、何も道具持っていません。周りは厚い岩盤で、素手で掘るのはとても無理です。では、石は落ちていないかと探してみます。小さな石はありますが、穴を掘るのに手ごろな石は落ちていません。希望がひとつひとつ消えていきます。

 自分の置かれた絶望的な状況を学習することで、「脱出はとても無理だ」と「あきらめの心理」になり「無力感」が生まれてきます。「無力感」に支配されると、人は何もしなくなってしまいます。

 「自分の置かれた状況を、どれだけ努力しても変えることができない。何をしても意味がない、無駄だ」と、その場の状況から学習することで「無力感」が、つくり出されるので「学習性無力感」というわけです。

「学習性無力感」は犬を使った実験で発見。

 21歳のセリグマンは、1964年ペンシルバニア大学へ入学しました。「実験心理学」を志し、「学習理論」の権威リチャード・ソロモンの研究室を訪れました。

 すると、実験室がざわついています。音と痛みの刺激を与えた犬が何もしない状態になっていたのです。セリグマンは、実験の内容を聞き、犬の様子を見て「実験の早い段階で、犬たちは無気力になることを教えられたのだ」(『オプティミストはなぜ成功するか』講談社 旧版p43)と考えます。

 この出来事をきっかけに、セリグマンは、自分の「考え」を証明しようと「学習性無力感」の実験に取り組むようになるのです。

 初期の実験では、犬を「3つのグループ」に分けました。

①電気ショックを与えられるが、鼻でパネルを押せば、ショックは止まる。
②自分で電気をショックを止める方法はない。ショックを与え続けられるが、①グループの犬が止めれば、ショックは止まる。
③電気ショックは無し

 この実験をした後に、3グループの犬たちは、動物実験でよく使用される「シャトルボックス」に入れられ、同じ実験をされます。「シャトルボックス」は、2つのエリアがある真ん中に低い柵が設置された「大きな箱」です。柵は、犬であれば簡単に飛び越えられる高さです。

シャトルボックスのイメージ画像
「Inescapable shock training in the shuttle box」
Author:Rose M. Spielman, PhD – Psychology: OpenStax, p. 519, Fig 14.22

 犬は柵を飛び越えて、次のエリアへ逃げられる仕組みになっています。もし、実験で「何をしても意味がない、無駄だ」「無力感を学習」したのであれば、②のグループは、何もせず、その場にしゃがみこんでしまうはずです。

 セリグマンは、1965年1月初めに、8組の犬たち(3匹×8組=合計24匹)に対して、実験を行いました。セリグマンの予測は当たりました。

 ①と③のグループは、全てが柵を飛び越え隣のエリアへ移動しました。しかし、電気ショックを止める方法がなかった②グループ(8匹のうち6匹)は、あきらめて座ったままだったのです。

 ここでポイントになるのは、「③電気ショック無し」のグループです。

 ①のグループは、電気ショックを自分の力でとめるられることを学んでいます。「状況をコントロールできる」「やればできる」を学習した状態です。ですので、次のエリアへ逃げたのは、納得できます。

 ③のグループは、「コントロールできる」を学習していないのに、逃げられました。

 だとすると、「逃げなかった」②グループは、「コントロールできない」「やっても無駄だ」を学習したといえるわけです。つまり、③のグループは、「コントロールできない」「やっても無駄だ」を学習していないので、逃げられたということです。

 この実験結果は、犬が「無力感」を学習したことの証拠になります。

「学習性無力感」の、どこがすごい発見なの?

 「学習性無力感」の研究によってセリグマンは心理学の歴史を変えました。

 現代の私たちの感覚からすると「そんなの当たり前じゃないか」と思いますよね。では、この研究のどこか歴史的発見だったのでしょうか。

まっつん
まっつん

 当時の心理学には、2つの大きな潮流がありました。フロイトの「精神分析学」とスキナーの「行動主義心理学」です。ネズミや犬など、様々な動物実験を行うのは「行動主義心理学」です。

 この「行動主義心理学」の一分野に「学習理論」があります。「学習理論」とは、動物や人間が「どう学ぶか」を研究する学問です。当時の「学習理論」では、「学習によって動物や人間が無力になる」とは認められない考え方でした。なぜなら、次の大前提があったからです。

学習は反応がほうびか罰をもたらす時にのみ起こる(p49)

 「反応がほうびか罰」とは、どういったことでしょう。セリグマンは、犬の実験を行うのにあたって迷いがあり、「学習理論」の権威ソロモン教授に相談にいきました。すると、こう言われたのです。

「生物は反応の仕方によってほうびか罰がもたらされる時にだけ、反応を学習するものだ。君の提案する実験では、反応はほうびとも罰とも関連がない。二つとも動物のやることとは関係なくもたらされる。現在ある学習理論では、これは学習を生み出す条件とはいえないね」

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社) 旧版p49

 例えば、猿が芸を覚える時をイメージしてみてください。

 猿回しのおじさんがバナナを持った右手をあげます。この時、猿が「前まわり」できたら、猿の大好きなバナナをあげます。「バナナを持った右手」に対する「反応」が猿の「前まわり」です。

セリグマンは行動主義心理学の常識をくつがえした

 これを何度も繰り返すと、猿は「おじさんが右手を上げたときに、前まわりすればバナナがもらえる」と学習します。ちなみに「前まわりしない」も猿の反応なので、この時、バナナをもらえないこと、あるいは、「おじさんがゲンコツで頭を叩く」と条件設定したら、それが「罰」です。

 「反応」したことに対して、バナナという「ほうび」か、ゲンコツという「罰」があるのを条件として、猿は「どう行動するか」を学習していきます。学習には、「ほうび」と「罰」が欠かせない。これが当時の行動主義心理学の常識だったのです。

 セリグマンの実験では、犬はいきなり電気ショックを受けます。電気ショックの「反応」に対する「ほうび」も「罰」も設定されていません。これでは「学習」は成立しないはずなのです。「動物は学習などしない」と、セリグマンは批判されることになります。

 セリグマン陣営と行動主義心理学者の論争は、20年に及びました。

 しかし、研究が重ねられ、エビデンス(研究による証拠)が厚みを増していくと、「学習性無力感」は、心理学の常識として受け入れられるようになり、今に至るのです。


学習性無力感の実験を人でやってみたら…

 犬に対する実験で、「学習性無力感」は確かなようです。では、人間ではどうだったのでしょうか。

 セリグマンの「学習性無力感」に関する論文が、定期的に専門雑誌に掲載されるようになり、他大学の心理学者たちも、その概念を知るようになりました。

 ある時、オレゴン州立大学の大学院生ドナルド・ヒロトから連絡がきます。30歳の日系人ヒロトは、学習性無力感の実験を犬ではなく、「人間で試してみたい」といいます。案の定、教授たちに反対されていました。しかし、実験は決行されたのです。

人間での実験内容

 この実験は、「部屋に流された騒音(大きな音)を、人が止めるか、止めないか」というものです。

 ある部屋に通されると大きな音が流れてきます。部屋には騒音を止めるためのいくつかのボタンが設置されています。犬の実験の時と同じように「3つのグループ」がつくられました。

①正しい手順でボタンを押せば、騒音は止まる。
②どれだけボタンを押しても、騒音は止まらない。
③騒音は流されていない。

 次に、この3グループを人間版「シャトルボックス」へと連れていきます。そこでは、一方の側に手を置くと「不愉快な音」がして、もう一方の側に手をうつせば止まる仕掛けになっています。

 ①のグループは、ボタンを押すことで、状況をコントロールできると学んでいます。②のグループは、「どうやっても音は止まらない、何をやっても無駄だ」と「無力感」を学習しています。

 セリグマンの理論が正しければ、①のグループは、音を止めようと行動を起こし、②のグループの人たちは、「何もしない」はずです。

 実験結果は、セリグマンの理論の通りになりました。1971年、大学院生ドナルド・ヒロトは、セリグマンに電話をかけてきて、こういいます。

(無力感を学習した②のグループの人たちは)「まるで自分には音を止める力がないと悟ってしまったかのように、やってみようともしなかったんです。時間も場所もすべて違っているというのに。音に対する無力感を新しい実験でまでずっと持ち越してしまったんです。しかし、聞いてください。他の人たち ── 最初に聞かされた音をとめることができた人と、全然音を聞かされなかった人 ── はいとも簡単にとめることができたんですよ!」

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社) 旧版p58
(無力感を学習した②のグループの人たちは)は、筆者追記

 犬と人は違います。人間は犬とは比べものにならないほど知能が発達しています。でも、「何をしても状況を変えられず、何をやっても無駄だ」と学習すると無力になるのは、共通していたのです。

まっつん
まっつん

 仕事でどれだけ努力しても結果が出ない時、また、その状況を改善できる見通しが全くない時、人は希望を失って無力になりがちです。「無力感」に支配されてしまい、何もする気がなくなり、人によっては、実際に、何もしなくなってしまいます。

 程度の差こそあれ、こうした「辛いこと」「無力になりそうな出来事」を私たちは経験しています。

 就活をしてやっと就職した会社で、入社当初は希望に燃えていたのに、2年、3年働くと、やる気を失い、辞めていく人たちがいます。その原因は、様々なことが考えられますが、辞めていく人が後を絶たないのであれば、会社の中に問題があり、社員たちはその組織で「無力感」を学習してしまったといえます。

 今を生きる私たちが「学習性無力感」の話しを聞くと「それは当然でしょ」と考えてしまいます。ですが、前述の通り、セリグマンの時代は、心理学の常識が違っていたので、非常識だと批判を浴びま、その多くの批判に負けず、セリグマンは、当時の非常識を、心理学の新たな常識へと変えていったのです。


学習性無力感からポジティブ心理学へ

 批判を浴びた「学習性無力感」には、次の研究につながる思わぬ副産物がありました。

 実験では、多くの動物や人が「無力感」を学習しました。でも、100%ではなかったのです。犬の実験では、無力になるはずの8匹中2匹が柵を飛び越えていきました。

まっつん
まっつん

 大学院生ドナルド・ヒロトの人間を対象にした実験でも、全員が「無力」になったわけではありません。コントロールできない状況に屈することなく、なんとかコントロールしようとする人がいたのです。

 この少数の「屈しない人」たちは、なぜ、屈しなかったのでしょうか。とても興味深いことです。セリグマンはこう書いています。

 誰が簡単にあきらめ、誰が決してあきらめないのか?仕事に失敗した時、長い間深く愛していた人から拒絶された時、誰が生き残れるのか?そしてそれはなぜだろう?無気力な負け犬のように、へなへなと座り込む人もいる。だが、負けない人もいる。実験の時、決して屈しなかった人々がいたように、彼らは貧しくなりながらも立ち上がり、がんばって人生を立て直す。

『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社) 旧版p59

 なぜ、「屈してしまう人」と「屈しない人」がいるのか。

 この疑問に答えようと、セリグマンの研究は「学習性無力感」から次のステージへと移っていきます。その次のステージでのテーマが、セリグマンのもうひとつの偉大な業績である「ポジティブ心理学」へつながっていくのです。

 「ポジティブ心理学」もまた、心理学史に残る研究です。セリグマンは自分自身のことを「ネガティブな性格」だと自己評価していますが、「学習性無力感」とは縁遠い「屈しない人」ということはできます。

 「ポジティブ心理学」については、次のコラムでお話しする予定です。

 セリグマンの声に耳を傾け、学習性無力感ではなく、屈しないマインド・セットを身につけたいものです。

(文:松山 淳)


『心が折れそうな君へ贈る言葉』YouTubeチャンネル!

 心が折れそうな時、自分を否定したり批判するではなく、自分を「許す」こと。「セルフ・コンパッション」をコンセプトに映像を制作しました。