アイオワ大学にいたのは1935年〜1944年までの9年間です。
レヴィンは学生に囲まれ、様々な研究成果をあげていきます。1940年頃までには、実験心理学者・理論心理学者としての名声を確立していました。
では、アイオワ大学時代でどんな功績があったのでしょう。
ここでは、アイオワ大学時代の成果として著名な2つの研究について、簡単にお話ししていきます。ひとつ目は、❶「民主的および独裁的リーダーシップ」です。ふたつ目は、❷「米国人の食習慣の研究」です。
❷「米国人の食習慣の研究」
それでは、順番に説明していきます。まず最初に「民主的および独裁的リーダーシップ」についてです。
これはリーダーシップの教科書によく出てくる研究ですね。
少年たちが行うグループ課題に対して、その場にいる監督者がリーダーシップ・スタイルを「民主型」「専制(独裁)型」「放任型」の3種類に分けて発揮します。すると、課題の成果や少年たちはどうなるでしょう。これが研究内容です。
この研究はレヴィンではなく、学生であるロナルド・リピット(Ronald Lippitt)が考え出したものです。リピットは、当時のことを、こう話しています。
私は彼(レヴィン)に自分が今まで観察して来て特に関心を深めたリーダーシップこのことや、さまざまな集団作業状況について話し、またいろいろな種類のリーダーシップの影響について研究する際の私の着想について話しました。彼はほとんど即座にこれに乗り気になり、私たちは間もなく独裁制と民主制のふたつをとりあげようというこになりました。彼(レヴィン)は私に子どもの集団について独裁的なリーダーと、民主的なリーダーとを比較する試案を書いてみるようにすすめました。
『クルト・レヴィン』(A.J.マロー 誠信書房)p214
※(レヴィン)は本コラム執筆者「松山」が追記
ここに書かれている通り、最初の実験計画は「民主型」「専制(独裁)型」だけでした。この研究計画をリピットがまとめた後、ラルフ・ホワイト(Ralph K. White)がアイオワ大学に特別研究員としてやってきました。
リピットのリーダーシップ研究はホワイトが望んでいた研究に近いものでした。ホワイトは、リーダーシップ・スタイルの幅を広げる提案をします。そうして「民主型」「専制(独裁)型」「放任型」の3タイプとなっていくのです。
実は「放任型」が生まれたのは偶然の産物でした。それは、集められた11歳の少年たちに対してミーティングを行っている時のことです。研究員ホワイトが「民主型」でふるまっていたのものの、彼はうまく「民主型」を演じられなかったのです。それを見ていたレヴィンが、子どもたちの反応を見て違いに気づき、「放任型」を考え出したのです。
実験は1938年に行われます。結果はご想像の通りです。
- 「専制(独裁)型」のリーダーがいる時には、少年たちは不満をもち、攻撃的になったり無関心で冷淡になりました。
- 「民主型」リーダーに率いられる時には、少年たちは互いに協力し楽しい雰囲気でで課題に取り組んでいました。
- 「放任型」リーダーに統率されたグループは、大きな不満を示すことはありませんでしたが、課題の成果は平均的なものにとどまりました。
実験を観察していたレヴィンは、自身の論文のなかで、こう述べています。
「全体として、専制、民主、および放任の状況における行動の差異は個人差の結果ではないということを示す証拠は充分にあると思う。専制のはじまった最初の日に児童たちの顔面の表情が変わってゆくのを目撃したときほど私が強い印象を受けた経験は今まであまりなかったと思う」
『社会的葛藤の解決―グループ・ダイナミックス論文集 (1954年)』 (クルト・レヴィン訳:末永現代社会科学叢書)p108
この研究によって、リーダーシップ・スタイルの違いがフォロワー(人間)の感情や成果の良し悪しに影響を与えると、わかりました。
また、リーダー役は訓練を受けて「演技」をしていたわけであり、リーダーシップ・スタイルは「学びとることができる」という結論も導くことができます。同じひとりの人物が「専制(独裁)型」をやったり「民主型」をやったりしていたのです。リーダーシップ・スタイルは、個人で使い分けることが可能だといえます。
では、続いて「集団の意思決定」に大きな影響を及ぼした「米国人の食習慣の研究」についてです。
「米国人の食習慣の研究」は、第2次世界大戦の勃発によって考案されたものです。人類学者マーガレット・ミードとレヴィンとの共同研究です。
ミードは研究内容についてこう述べています。
「私たちの委員の任務はどうしたら国民の食習慣や食物の嗜好が変えられるか、またどうしたら彼らが新しい栄養科学の知見を取り入れるようになるかを研究し、政府機関に助言することであり、また、戦時下の急迫した状況のもとで、食物は不足し、やむを得ず食物の種類が変わらなければならない時にどうやってアメリカ国民の健康を維持するかを研究し政府機関に助言することでした。
『クルト・レヴィン』(A.J.マロー 誠信書房)p39
アメリカ人が「どのような食習慣であるのか」。
その実態調査だけであれば、人類学者ミードだけで事足りたでしょう。心理学者レヴィンの出番となったのは、「人の食習慣をどうのように変えることができるか」という「意識の変化」を促すための有効な方法を発見するためでした。そのために、心理学者の知識が必要だったのです。
人々(集団)を変化させる方法
レヴィンは社会的習慣をもつ人々(集団)を変化させることについて、『社会科学における場の理論』(訳:猪股 佐登留 誠信書房)で、こう述べています。
「リーダーシップの訓練や食習慣の変化における経験、仕事の生産性、犯罪、アルコール中毒、偏見などはすべて、諸個人を別々に変化するよりも、ひとつの集団を形成している諸個人を一括して変化する方が、通常容易であるということを示すように思われる。
集団的価値が不変である限り、個人は集団的標準から遠く離れて行かなければならぬ程愈愈(いよいよ)強く変化に抵抗するであろう。集団標準がそれ自体変化すれば、個人と集団標準との間の関係によって生じていた抵抗は除去される」
『社会科学における場の理論』(クルト・レヴィン 訳:猪股 佐登留 誠信書房)p223 ※(いよいよ)と太字は本コラム執筆者「松山」が追記
「集団標準」という言葉がわかりにくですね。「集団標準」とは、その集団(グループ)がもっている「価値観」「信条」「常識」のことです。すると、上の言葉でレヴィンが主張しているのは、次の3点だといえます。
- 「個人に」ではなく集団(グループ)にアプローチする
- 集団(グループ)に根づいている「常識」を変える
- 集団(グループ)の「常識」が変われば「個人」が変わる
レヴィンの主張を簡単に言ってしまえば、こうです。
「みんなが当たり前」と思っていることを変えないと、みんなは変わらないよ。だから、「みんなが当たり前」と思っていることを変えるんだ。そうすれば、ひとりひとりの個人は変わるよ!
では、実際にそれは、どんな研究だったのでしょうか。
「米国人の食習慣の研究」の結果
レヴィンたちが調査をすると「家庭で何を食べるのか」の決定権の多くは、主婦(母親)にありました。であれば、食習慣を変えるためには、主婦たちを説得することが効果的です。
どうすれば主婦の意識を変え、行動を変化させることができるのでしょう。
このテーマは「集団心理学」に関するものであると同時に、集団力学(グループ・ダイナミクス)と密接に関係する「集団意思決定」に関する実験ですね。
食習慣の変化は、「新鮮なミルクを多く飲むようになる」です。
レヴィンたちは中部西海岸寄りの「ある都市」に住む主婦を2つのグループにわけました。ひとつ目のグループでは、新鮮なミルクを飲むことの価値について「講義」だけが行われました。主婦たちは話を聞いただけです。
ふたつ目のグループでは、主婦たちが互いに話し合い(グループ・ディスカッションをして)、「新鮮なミルクを飲むことはよいことだ」という結論に近づいていきました。集団的決定をしたわけですね。みんなで決めたので、みんなの価値観、信条が変わりました。これが「集団標準の変化」です。
さてさて、その結果が、次のグラフです。
文献に正確なパーセンテージが記されていないのですが、「集団的決定」と「講義」との間に、大きな差があることはわかります。「集団的決定」した主婦たちはミルクをよく消費するようになり、その変化が2週間後、そして4週間後も続いていたのです。
これであれば食習慣が変化したといえますね。みんなで決めても、時間がたってミルクの消費量が下がったら、変化は一時期的であり、「食習慣の変化」とはいえませんからね…。
練乳やオレンジジュースなど、他の「食習慣の変化を促す」研究でも同様の結果がえられました。集団決定したほうが変化が持続する。これがレヴィンの発見です。
ちなみにレヴィンは、企業の生産性をあげる研究にも取り組んでいます。経営陣のトップダウンではなく、社員たちに集団決定させることで、生産性を高めることに成功しています。
組織変革の3段階モデル(プランド・チェンジ)
レヴィンは集団(グループ)の変化を計画的に引き起こす研究によって、3つの段階があることを示しています。
計画的社会変動は溶解、水準変化及び新水準の凍結から成っていると考えられるであろう。これら3点のすべてについて、集団決定は集団的手続きのもつ一般的特徴を具備している。
もしも個人的手続きをしようするならば、価値標準に対する個人の依存関係に相応する力の場が、変化に対する抵抗としての作用する。しかしながら集団標準の変化に成功するならば、この同じ力の場が個人の変化を容易ならしめ、個人の行為を新しい集団の水準に安定させる傾向をもつであろう。
『社会科学における場の理論』(クルト・レヴィン 訳:猪股 佐登留 誠信書房)p225
『組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』(中原 淳 中村 和彦 ダイヤモンド社)では、レヴィンが「計画的社会変動は溶解、水準変化及び新水準の凍結」と書いた3段階を「組織変革の3段階モデル」としています。
3段階は「❶解凍→❷変化→❸再凍結」となっています。
そして、3段階のプロセスを「プランド・チェンジ」(Planned Change)と記しています。レヴィンの記述だと「計画的社会変動」にあたりますね。「プランド・チェンジ」(Planned Change)ですから、「計画的変化」「計画的変革」なんていえるでしょう。
「組織変革の3段階モデル」は、レヴィンの文献から、次のようにまとめられます。
- 解凍
組織(集団)における常識・価値観が変化し始める段階 - 変化
古い常識・価値観から新しい常識・価値観へと移行していく段階 - 再凍結
新しい常識・価値観が組織(集団)に根付き行動に影響を与えるものになる段階
この3段階を、先ほどお話しした「食習慣の変化」でいえば、こんな感じですね。
⏬
❷「変化」=「ミルクを飲むと体にいんだって、みんなで飲みましょうよ」「そうなの、だったら私も飲もうかしら」「じゃあ、私も…」と、集団で「常識・価値観」が変化、共有されていく。
⏬
❸「再凍結」=【1年後】「ミルクを飲むと体にいいから今日も、ミルクを買って飲むわよ」と、新しい「常識・価値観」が個人に根づきに、その変化が維持されている。
「組織変革の3段階モデル」もレヴィンの業績のひとつです。
いかがだったでしょうか。アイオワ大学時代の功績として「民主的および独裁的リーダーシップ」と「米国人の食習慣の研究」の2つについて説明してきました。ビジネスリーダーの方ですと、リーダーシップに関する研究は、どこかで読んだり聞いたことがあるでしょう。
それでは、アイオワ大学の9年間に別れを告げて、MIT(マサチューセッツ工科大学)時代へと移行していきましょう。