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人生いろいろなことが起きます。成功ばかりでなく、失敗がつきまとうのが人生です。「うまくいく」ことばかりでなく、どうにもこうにも「うまくいかない」ことが続くことすらあります。
そんな失敗をしてしまった時に、「心が折れない」ためには「自分に対してどう接するか」がとても大切です。
同じ失敗を繰り返さないようにと、「自分に厳しく」するのはひとつの考え方です。自分に厳しくできるのは、「自分が悪い」という「罪悪感」を持っているからです。
「罪悪感」をもつから、人は法に触れるようなことを避け、人の道から外れるような悪いことをしないように自分を律することができます。そして、実際に「できるだけ善いことをしよう」という「善の意思」や社会に対する「責任感」もち、日頃から行動できます。そうした人が増えれば増えるほど、犯罪は少なくなり、世の中はよくなっていきます。
例えば、新人営業マンが取引先の担当者に対して無意識のうちに失礼なことを言ってしまい、相手が腹を立てて、大切な取引先を失ったとします。
この時、「あんなひと言で腹をたてるなんて、向こうの人間が小さいんだ。自分は悪くない」と逆ギレして、責任を相手になすりつければ、その営業マンの成長はそこまででしょう。「自分が悪かった」という「罪悪感」はないので、改めて謝罪に行こうとすらしないでしょう。
反対に、自分の失敗を他人のせいせず、「無意識とはいえ失礼なことを言ったのは自分が悪かった。自分の責任だ」と「罪悪感」を持てれば、心から反省をして、次の失敗を防ぐ確率は高まります。「私が失礼なことを言って、本当に申し訳ありませんでした」と、真摯に謝罪をして、その誠実な態度を見て、お客様が許してくれるかもしれせん。
「罪悪感とは高貴な感情である」
そう言えるのは、「罪悪感」が、道徳心、倫理観を育み、人を正しい道に導くからですね。これは自分に厳しくして「罪悪感」をもつメリットです。
でも、メリットあれば、デメリットのあるのが、世の常です。
明らかに自分の責任で失敗をした時に、他人のせいにしたり、自分を「甘やかす」のはいけませんが、「罪悪感」の「自分が悪い」が、雪だるま式にころがって「失敗するなんて自分はダメだ人間だ、だから、生きている価値はない」などと、生きる気力を奪うような非論理的で否定的な思考の暴走は困りものです。
「失敗=ダメな人間」。この等式は非論理的な思考です。なぜなら、誰だって仕事で失敗することはあるからです。失敗とは成功の通過点であり、人間を成長させる原動力です。失敗することで成功に近づいていきます。だから、失敗したからといってダメな人間ではないのです。
心理療法の「論理療法」や「認知行動療法」では、こうした「非論理的な思考」に着目して、これを直すように導いていきます。
自己否定傾向の強いタイプの人は、非論理的な思考を持ちがちで、誰もがするような小さな失敗であっても、自分を繰り返し責める傾向にあります。すると、強い「罪悪感」が心にこびりついてしまいます。その結果、いつでも「自分が悪い」「私は価値のない人間だ」と考えてしまい、心と体が疲れやすい状態になっています。
「罪悪感」が自分を縛る「心の鎖」になっていて、「生きにくさ」の原因になっているのです。だから、「罪悪感」のデメリットが出てしまっている時には、「自分を許す」ほうがうまくいくのです。
そこで「罪悪感」に関する、ある心理実験を、次にお話ししていきます。
日本でベストセラーなった『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)に「罪悪感」に関する実験が紹介されています。ルイジアナ州立大で心理学者が行った実験です。ざっと、まとめてみます。
【ルイジアナ州立大「罪悪感」実験】
若い女性が心理実験の被験者です。日頃から体重に気をつけている人たちです。彼女たちにお菓子を4分以内に食べてもらい、「どんな気分だったか」を用紙に記入します。この実験では、お菓子はどれだけ食べても自由です。
グループはふたつにわけられています。
ひとつ目のグループには、「自分に厳しくしないように、誰だって自分を甘やかすこともあるってことを、忘れないくださいね」と、優しく「自分を許す」言葉をかけました。
もう一方のグループには、そうしませんでした。
すると、「自分を許す」言葉をかけられたグループが食べた量は、そうされなかったグループに比べて、半分以下だったのです。
普通に考えると、「自分に厳しくしないように」と言われたグループのほうが、「罪悪感」の度合いは弱まって、自分を甘やかし、より多く食べるのではないかと推測できます。でも、結果は違いました。
いったい、なぜ、なのでしょう。
ここでポイントとなるのは、「罪悪感」です。
女性たちは体重を気にしています。「食べたら太る」とわかっていますので、必要以上に食べることに「罪悪感」を持っています。「食べたら太るから、あんまり食べたらダメよ。食べ過ぎる私は、悪い」などと…。
この「罪悪感」は、食べることに対するブレーキとなるはずです。自分に対する「責任感」を生み出し、セルフ・マネジメントをする「意志力」を強化するでしょう。
でも、そうはなりませんでした。この実験では「自分を許す」ことに軍配があがったのです。つまり、「自分を許す」ことが「自分を律する」うえでのより有効的な心理メカニズムが働いたといえるのです。
人は「罪悪感」を感じると、それがストレスとなります。そのストレスを解消するために、脳に報酬(ご褒美)を与えようとします。その報酬(ご褒美)が、彼女たちにとって目の前にあるお菓子でした。
何も言われなかったグループは、「罪悪感」がそのままあるので、「ストレスを解消しようとして、つい食べてしまった」と考えられるのです。
反対に、「自分を許す」優しい言葉をかけられたグループの女性たちは、優しい言葉によって「罪悪感」が弱まり、ストレスが減って、脳に報酬(ご褒美)を与える必要がなくなりました。その結果、「食べる量が自然に少なくなった」といえるのです。
「自分を許す」ことが結果的に、責任感を増大させ、自分を律するセルフ・マネジメントを強化した…つまり「意志力」を強めました。
そこで、『スタンフォードの自分を変える教室』の著者であるスタンフォード大心理学者ケリー・マクゴニガル氏は、こう書いています。
「驚いたことに、罪悪感を抱くよりも自分を許すほうが責任感が増すのです。
研究者たちの発表によれば、失敗したことについて、自分に思いやりをもってふり返った場合のほうが、自分を厳しく批判した場合よりも、失敗したのは自分のせいだったのだと、認めやすくなります。
また、そのほうが他人の意見やアドバイスに対しても進んで耳を貸せるようになり、失敗の経験から学ぶことも多くなるのです。」
「自分を許すほうが責任感が増す」。
自分に厳しくすることが、「責任感」につながると考えている人にとっては、新鮮な視点です。
「自分が悪いんです、私が悪いんです」と「罪悪感」をもつと、それは世間の常識からいえば「正しいこと」であり、その「正しさ」が自分を守る「心理的防衛」となって、結局、自分の行動を変えようとしない人がいます。
「罪悪感」が自分を変えない正当な理由を作り出して、その人の成長をとめてしまうケースです。これは「罪悪感」の悪い活用のしかたといえます。
冒頭でお話しした「あんなひと言で腹をたてるなんて、向こうの人間が小さいんだ。自分は悪くない」と、逆ギレした新人営業マンも、本当は自分の失敗だとわかっています。でも、それがストレスになるので、自分を守るために、「逆ギレ」しているのです。
怒りは自分を守る防衛手段です。
怒ることで、責められないように自分を守っているのです。でも、例えば上司から「失敗は誰にでもあることだからさ、いいんだよ。次が大事、次が…」と優しい言葉をかけられたら、それが「大丈夫、守る必要はないよ」というメッセージとなって伝われば、逆ギレしないですむでしょう。
失敗した時、自分を許すことは、自分を甘やかすことではなく、失敗の経験を次に活かすための現実的・心理的な処方箋です。
昨今、「マインドフルネス」の広がりから「セルフ・コンパッション」(self-compassion)という考え方が日本で広がっています。
「コンパッション」の意味は、「優しさ」「慈しみ」ですね。「セルフ・コンパッション」(self-compassion)とは、「優しさ」「慈しみ」を自分に向けて、どんな時にも「あるがままの自分」を肯定的に受け入れられる心理状態であり、また、それを実現する技法のことです。
つまり、失敗した時に、自分に厳しくなって「罪悪感」を強めるよりも、自分に優しく接して、「慈しみの心」をもったほうが、結果的に、メンタルは強くなるという考え方ですね。
詳しくは、コラム032「セルフ・コンパッション(self-compassion)とは?」に書きましたので、参考になさってください。
また、自分に慈しみの心を向け、許していく「セルフ・コンパッション」をコンセプトに映像を制作しましたので、ぜひ、ご覧ください。