固定的知能観(fixed-mindset)とは、「生まれもった知能・才能は努力によって変えられない」とする考え方。増大的知能観(growth-mindset)とは、「生まれもった知能・才能は努力次第で伸ばすことができる」とする考え方。
心理学者キャロル・ドゥエックは、人間が「固定的知能観」か「増大的知能観」かのどちらのマインドセットをもつかによって、モチベーション(意欲)、成績(業績)、自己成長に差が生まれることを、20年以上にわたり研究した。
その研究内容は『マインドセット「やればできる! 」の研究』(訳 今西康子 草思社)にまとめられている。
ドゥエック博士の本を参考にしながら、成長していく「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)のつくり方について解説していく。
しなやかなマインドセット
〈growth-mindset〉
マインドセットとは「信念」「信条」「心構え」のことです。誰もがその人特有のマインドセットを持っています。マインドセットは生まれ持った(先天的な)ものもあれば、生まれた後(後天的)に身に付けていくものもあります。
ドゥエック博士は、研究者になりたての頃、子どもたちにパズルを解かせて、その様子を観察しました。最初に、やさしい問題を出して、次に難しい問題を出しました。
博士は、成功か失敗かいずれかの反応を示すと考えていました。つまり、問題を解けずに「悲しみ」「イライラ」「落ち込み」などネガティブ感情にとらわれるか、問題を解いて、「喜び」「楽しい」などポジティブ感情にとらわれるかです。
しかし、子どもたちの中に「成功か失敗」とは違う反応を示す子がいました。その子たちは、難しいパズルを前にして「解けない」状況にあるにもかかわらず、ポジティブな感情を見せたのです。
「なかなかとけない問題ってぼくだいすき!」
「このパズルやると頭が良くなるよ、きっと」
ネガティブな事態に直面しても、落ち込むことなく、その状況をチャンスととらえる「しなやかなマインドセット」です。ドゥエック博士は、こう書いています。
この子たちは、努力すれば頭が良くなると信じている。そして実際、どんどん賢くなっている。つまずいても落ち込んだりしない。落ちこまないどころか、そもそもつまづくことを失敗とは考えておらず、何かを学びとるチャンスだと思っている。
『マインドセット「やればできる! 」の研究』(草思社)旧版p12
上に書いている特徴が、増大的知能観(growth-mindset)のことであり、本の中で、「growth-mindset」は「しなやかなマインドセット」と訳されています。
博士の文章を参考にすれば、「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)をもつ人の特徴を、こう表現できます。
しなやかなマインドセットの持ち主は、人間の才能や知性は努力しだいで伸ばすことができると考え、そもそも「つまづき」を「失敗」と考えず、何かを学びとるチャンスととらえる。
こちこちマインドセット
〈fixed-mindset〉
『マインドセット「やればできる! 」の研究』(草思社)の中で、固定的知能観(fixed-mindset)は、「こちこちマインドセット」と訳されています。
「こちこちマインドセット」の持ち主は、才能や知性は生まれ持って決まったものであり、「どれだけ努力しても変えることができない」と考えがちです。
自分の才能や人間の可能性について、「努力では変えられない」という固定観念をもっています。その結果として、人生の難しい場面に直面した時に、すぐに「失敗した」と結論づけて、努力をあきらめる傾向にあるのです。
博士は、こんな場面を想定して、どう感じるかを読者に問いかけています。
いかがですか。こんな1日だったら、あなたはどんな気持ちになり、どんな風に考えますか。
もし、「こちこちマインドセット」であれば、すぐに「失敗」と結論づけてします傾向があるので、こんな感じでしょう。
「めっちゃ不運。あ〜最悪、ほんとについてない。どうせ、何をやっても無駄。俺(私)の人生って、いつもこう、ほんと最低」
博士は、上の設定で「期末試験」ではなく「中間試験」、成績は「D」ではなく「C+」、「大きな事故」ではなく「駐車違反」、友人にいきなり電話を切られ拒絶されたわけではなく、「そっけなくあしらわれる」(友人の方に何かあったかもしれない)を、意図的に盛り込んでいます。
つまり、「小さなつまづき」を、自分で「大きなつまづき」にしてしまうのが、「こちこちマインドセット」(fixed-mindset)の人たちです。
では、しなやかなマインドセットであれば、どう考えるのでしょう。
成績は好きな科目だけに落ち込むなー。でも、CプラスだからCよりいいか、最低のDでもないし…。次はもっと事前に準備しよう。でも、駐車違反は痛いなー。でも仕方ないな。駐車場に停めるお金をケチッたのは自分だし。払うものはさっさと払って、前を向こう。そういえば、あいつ、何かあったのかもしれないな〜。今度、会った時に聞いてみよう。過ぎたことを悔やむより、さあ次だ、次!
ドゥエック博士は、「マンドセット」の考え方について、こう書いています。
いやなことがあれば、だれでもみな落ちこむ。それはマインドセットとは関係ない。悪い成績をとったり、友人や恋人からすげなくされたりすれば、だれだってガックリくる。けれどもそんなときでも、マインドセットがしなやかな人は、自分をダメだと決めつけてさじを投げたりしない。苦境に追いこまれても、失敗をおそれずに試練に立ち向かい、こつこつ努力を積み重ねていく。
『マインドセット「やればできる! 」の研究』(草思社)旧版p21
しなやかなマインドセットのつくり方
誰もが「しなやかなマインドセット」を身につけたいと思います。では、どうすればよいのでしょうか。その第一歩は、まず自分がどんなマインドセットを持っているのかを認識することです。
次の「知能」に対する考え方で、どれがもっとも近いでしょう。
- 知能は人間の土台をなすもので、それを変えることはほとんど不可能だ。
- 新しいことを学ぶことはできても、知能そのものを変えることはできない。
- 知能は、現在のレベルにかかわらず、かなり伸ばすことができる。
- 知能は、伸ばそうと思えば、相当伸ばすことができる。
言うまでもなく、❶と❷は「こちこちマインドセット」(固定的知能観)で、❸と❹が「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)です。
では、次の4つは、いかがでしょう。
- どのような人間かはすでに決まっており、それを根本的に変える方法はあまりない。
- 現在どのような人間であっても、変えようと思えばかなり変えることができる。
- ものごとのやり方は変えることができても、人となりの根幹部分を本当に変えることはできない。
- どのような人間かという基本的特性は、変えようと思えば変えることができる。
上の場合は、❶と❸は「こちこちマインドセット」(固定的知能観)で、❷と❹が「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)ですね。
もし、「こちこちマインドセット」であっても残念がることも、落ち込むこともありません。なぜなら、「こちこちマインドセット」は、「しなやかなマインセット」に変えることができるからです。
ドゥエック博士は、コロンビア大学の心理学の教授を長年務め、その後、スタンフォード大学で研究を重ねた人物です。その研究過程で、多くの学生を「しなやかなマインドセット」にしてきた実績をもっています。
博士の著書を参考にしつつ、ここでは「知識」「意味」「経験」の3つのキーワードを設定して、「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)をつくるポイントをお伝えします。
ドゥエック博士はワークショップを開き、脳が成長することを話します。「こちこちマインドセット」の人には、「人が変われること」への知識が足りていない傾向があります。
マインドセットは生まれ持ったものもありますが、それが「こちこち」になるのは、人生のどこかの時点で「自分はもう変われない」と信じ込んでしまっているからです。その固定観念を変えるには、新たな知識を注ぎ込むことで「ゆらぎ」が起こすに限ります。
脳科学が飛躍的に進展し、人間の脳は生涯を通して変化していくことが明らかになっています。博士はこう話します。
知能というと、人間には頭の良い人、普通の人、悪い人がいて、一生そのままだと思っている人がおおぜいいますが、最近の研究でそうでないことがわかってきました。脳は、筋肉と同じく、使えば使うほど性能がアップするのです。新しいことを学ぶと脳が成長して、頭が良くなっていくことが科学的に証明されています。
『マインドセット「やればできる! 」の研究』(草思社)旧版p21
マサチューセッツ総合病院精神科の准研究員でありハーバード・メディカルスクールの心理学助教も務めるサラ・W・ラザー(Sara W. Lazar)は、瞑想によって脳が構造的に変化することを科学的に証明しました。
『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された、ラザー氏の共著論文「マインドフルネスは脳を健全に保つ」で説明されています。
成人以降の知性発達を研究する「成人発達理論」でも、人間の知性・意識は、大人になっても発達をつづけていくことが常識になっています。
成人発達理論とはこちこちになった知性観は、新たな知識で溶かすことによって、「しなやかなマインドセット」へと作り直すことができるのです。
ここでもう一度、「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)の特徴を見てみましょう。
しなやかなマインドセットの持ち主は、人間の才能や知性は努力しだいで伸ばすことができると考え、そもそも「つまづき」を「失敗」と考えず、何かを学びとるチャンスととらえる。
後半に「「つまづき」を「失敗」と考えず、何かを学びとるチャンスととらえる。」とあります。これは現実をどうとらえるかの認知の問題であり「意味づけ」のことです。
「小さな失敗」を「大きな失敗」だと「意味づけ」するのが「こちこちマインドセット」(固定的知能観)であれば、「小さな失敗」を「改善のチャンス」や「学びのチャンス」と「意味づけ」するのが「しなやかなマインドセット」(増大的知能観)です。
世界三大心理学者のひとりアルフレッド・アドラー(Alfred Adler)は、『人生の意味の心理学』(訳:岸見一郎 アルテ)の中で、こう書いています。
いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。(中略)自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである。(中略)意味は状況によって決定されるのではない。われわれが状況に与える意味によって、自らを決定するのである。
『人生の意味の心理学』(訳:岸見一郎 アルテ)
マインドセットによって、同じ出来事に遭遇しても、人それぞれ「意味づけ」が違ってきます。
「小さな失敗」を、「なんて不運なんだ」と「意味づけ」すれば、その人の人生に「不運」な時間が生まれます。でも、「これも学びのチャンス」と「意味づけ」すれば、「小さな失敗」は「チャンス」の時間となります。
決定しているのは、自分自身です。ですので、アドラー心理学は、こう考えます。
「意味づけ」を変えれば、未来も人生も変えらる。
ここでアドラーが言っていることは、ドゥエック博士の「マインドセット論」に通じます。
どんな「意味づけ」をするかで、「マインドセット」も変えていくことができるのです。
「マインドセット」は、生まれ持って決まっている部分が確かにあります。でも、生まれ持ったものでも、脳は変化しますので、変えていくことができます。
「こちこちマインドセット」の持ち主が、「しなやかなマインドセット」になるには、「努力」が「成功」に結ぶつく経験をコツコツ積み重ねていくことです。
それが例え「小さな成功」であっても過小評価することなく、自分の「成功体験」「変容体験」「成長体験」として、受け入れていくのです。
自分では「大したことない」と思っていても、誰にでも何らかのポジティブな体験があります。
ワークショップや研修では、自分の「成功体験」「成長できたエピソード」を書いたり、語ってもらうのは定番のワークです。自分では「大したことがない」と思っていても、アウトプットして誰かに語ってみると印象が変化します。また、それに対してポジティブ・フィードバックをもらうと、さらによりよく変化していくことでしょう。
どんな小さなことでもいいのです。
自分が「成長できたな」と感じたことを、書き出してみてください。誰かに語ってみてください。成長できた時、きっとあなたは「しなやかなマインドセット」になっていたはずです。
ドゥエック博士の著書に、こんな読者(世界レベルの競泳選手)からの手紙が紹介されていました。
この競泳選手は、ドゥエック博士の本を知り「知識」を手にして、現実の「意味づけ」を「欠点があるなら治せばよい。ミスを犯すのを恐れることはない。」と変化させました。
そして、「失敗から学んで前進するこだけに専念すればよい」という「しなやかなマインドセット」となって練習に励みました。
そんな風に「意味づけ」を変え、経験を重ねていくことで、人は変わっていくのです。
自信は必要ありません。自信はなくてもいいのです。
自信はなくても「しなやかなマインドセット」は身につけられます。
なぜなら、マインドセットは、「失敗から学んで前進することにだけ専念すれば」変化していくものだからです。
(文:松山 淳)