「バード・アイ」と「ドッグ・アイ」。
空から地上を見るように、俯瞰して「全体」をとらえようとする視点が「バード・アイ」です。犬が道を歩くように地上に接近して「詳細な事実」(部分)をとらえようとする視点が「ドッグ・アイ」です。
例えば、仕事を完了するまでのプロセスを考えてみます。
仕事にはスケジュールがあります。デッドラインを決めて、〆切までの大まかな作業量をざっくりと見積もり全体のスケジュールを立てます。これが「バード・アイ」です。「全体」を認識する力です。
「バード・アイ」で全体のスケジュールがわかったら、締め切りまでのその日その日で、具体的に取り組むことを細かく決めていきます。全体のスケジュールに対して、部分の具体的な作業です。これが「ドッグ・アイ」です。「部分」を認識する力です。
仕事は期日までに終わらせるには、「バード・アイ」(全体への視点)と「ドッグ・アイ」(部分への視点)の視点を使い分け、双方を行き来しながら進めていきます。
「バード・アイ」(全体への視点)と「ドッグ・アイ」(部分への視点)は、どちらが優れているかを問うものではありません。双方にメリット・デメリットがあります。それらは互いに補いあい、相乗効果を高めあう考え方です。
「木を見て森を見ず」。細かいことにとらわれて全体がおろそかになることです。であれば、「森を見て木を見ず」も成立します。全体ばかり見ていて、細かい点に抜かりがあっては、やはりミスにつながるでしょう。
「木を見ること」(部分)も「森を見ること」(全体)も、双方の視点が大切です。「木から森へ」「森から木へ」と「視点を移動させ考えることで、気づけないことに気づける」ます。この視点の移動という観点が「気づく力」と深く関わっています。
「気づける人」は、思考の視点を移動させるフレームを意識的に使いこなしているものです。
サッカーやラグビーのテレビ中継では、全体を俯瞰してみることができます。ですので「パスをどちらへ出せばいいのか」が、よくわかります。でも、実際にサッカーやラグビーをプレイした人であれば、おわかりの通り、グランドに立つと、視野は水平で狭くなり、目の前に敵チームの選手もいるので、どうしても近視眼的になります。そのため、プレイに判断ミスが生じて、パスの出しどころを間違えてしまうのです。
一流の選手は「グランドに立ちながら、上から見下ろしているように全体が見える」といいます。あるF1ドライバーは、ダウンタウンの浜ちゃん(浜田雅功)がMCを務める『ジャンクSPORT』で「高速で運転しながら、空の上から自分を眺めていた」と証言していました。これは「バード・アイ」と「ドッグ・アイ」を同時に使いこなせる特別な才能であり、だからこそ一流だといえます。
一流選手のように「同時に」とはいかないまでも、「思考の視点」を移動させることで、「気づけないこと」に「気づく」ことは、私たちにもできることです。
ゲシュタルト心理学では、視点の変化によって思考の軸が置きかわり、「考え方」「見え方」が変わることを「中心転換」(構造転換)といいます。
「中心転換」(構造転換)とは、「思考の視点」が切り替わることで、思考のプロセスやアウトプットに変化が起きること。
宇都宮大学教育学部教授の橘川真彦氏は「中心転換」について、こう書いています。
部分と全体の関係や構造を理解する。つまり、全体を俯瞰する目を持つことは、問題や課題に「気づく」ために必要な基本要素の一つだ。
最初は全体像がつかめなくても、考えを重ねているうちにはっと閃く。「こっちにヒントがあるぞ」と思考の中心が変わる。すると場面の構造の見え方がまったく違ってくる。
これを心理学の専門用語で「中心転換」という。
「中心転換」できる人は、まさに「気づく力」があるということだろう。
「なぜ人は「大切なこと」を見過ごすのか」橘川真彦氏(宇都宮大学教育学部教授)
『プレジデント』(2004.7.19号)より
「気づく」とは、中心転換が起きることです。
近くで見たり遠くから見たり、右から見たり左から見たり、「見る視点」「考える視点」を切り替えていくことで、人は「気づけなかったことに気づく」ようになるのです。
アサヒビール第9代社長の池田弘一氏も、長いキャリアのなかで「中心転換」(構造転換)がありました。
池田氏は営業マンでした。ひどい成績不振で悩んだ時期があります。その時、上司や先輩がたくさんの助言をしてくれたのですが、「そんなことやっているよ」と素直に聞き入れられませんでした。
そんな折、北九州へ転勤になります。転勤してみて、やっと、上司や先輩の助言を理解できるようになったのです。池田元社長は、こう書いています。
「視点が変わらなければ気づかないことがある。特に仕事のリズムが悪いとき、営業成績が上がらないときには、「負けるもんか」と無我夢中で走り回っているから、今の自分に何が足りないのか、目のつけどろが間違っていないか、などと思いつかない。
でも、本当は結果が出ないときほど冷静にならなくてはだめだ。環境を変える大きな意味がそこにある。視点が変わるのだ。」
『プレジデント』(2004.7.19号)より
悩んでいる時は、「心の視野」が狭くなり、自分を客観的に見られなくなっています。「ドッグ・アイ」ばかりになって、「バード・アイ」がおろそかになっているのです。すると「思考の視点」が固定されて、折角の「いいアドバイス」を受け入れなくなり、さらに悩みは深まっていってしまいます。
海外で暮らしてみると、日本の「よい点」「悪い点」がよく見えてくるように、環境を変え、視点が変わると、見えなかったものが見えてきます。理解できなかったことが、理解できるようになります。
これは「気づく力」が高まったことを意味します。池田元社長も転勤して「視点が変わる」ことで、中心転換が起き「気づく力」が成長したのです。
池田社長のエピソードには、「気づく力」を高めるヒントが隠されています。池田社長は「視点が変わらなければ気づかないことがある」と言っていました。転勤によって視点が切り変わり、気づけるようになりました。
ということは、視点が切り変わる前には、「視点を変えられない自分」が存在しています。視点が固定しているのに、「固定なんかはしていない」と否定していた自分がいたはずです。この自分が問題です。だからまず、「視点を変えられない自分」に気づく必要があります。
池田社長にとって「視点を変えられない自分」は、どんな状態だったでしょう。そうです。上司や先輩のありがたいアドバイスを受け入れずはねつけていました。
親や先生や上司など、他人からのアドバイスを拒絶している時、思考の視点が固定しやすい心理状態になっています。「自分の考え方が正しい」と思考が短絡的になっています。これでは心理的な視野が狭くなるばかりで「気づく力」は高まりません。人としての成長もおぼつかないでしょう。
もし、他人からのアドバイスを「ありがた迷惑だ!」と拒絶ばかりしているのであれば、かつての池田社長のように「視点を変えられない自分」に陥っている可能性が大です。
そこで、周りの人からのアドバイスを「ありがたい」と受け入られているかどうかと、常に自分に問いかけてみてください。
・私は、他人からのアドバイスを「ありがたい」と思えているだろうか?
・私は、目上の人からの助言を「うざい」と思っていないだろうか?
・私は、他人の考え方を拒絶するばかりの人間になっていなだろうか?
金言耳に逆らう。
自分にとって「本当によいアドバイス」=「金言」は、自分のダメなところを認めたり、変えたりする必要を迫られるため、嫌な気分になったり、腹が立ったりします。そこで耳を閉ざしてしまうと、成長はありません。
「気づく力」は、自分だけの視点では高まりません。
自分以外の視点を取りれることで「中心転換」(構造転換)が起きやすくなり、「気づく力」は高まっていくのです。
あなたを思う他人からの言葉に、耳を傾けましょう。
(文:松山 淳)