「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」(Acceptance and Commitment Therapy)とは、マインドフルネスの考え方をベースに「心理的柔軟性」(Psychological flexibility)を生み出すことで「心の健康」を維持・回復させる療法のことである。「Acceptance and Commitment Therapy」の頭文字をとって「ACT」(アクト)と呼ばれる。英語で「act」は「行動」を意味する。「ACT」(アクト)は、その意味どおり「行動すること」(taking action)を重視するセラピー手法だ。医師が行う専門的療法としてだけではなく、一般の人でもストレス対処の技法として活用できるため、世界的に広がりをみせている。
「ACT」(アクト)とは、どのようなものか。「ACT」で提唱されている「6つの基本行動原則」を交えながら、お話ししていきます。
「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」(以下、ACT)の提唱者は、アメリカの心理学者スティーブン・ヘイズ(Steven C. Hayes)と、その共同研究者であるケリー・ウィルソン(Kelly G. Wilson)、カーク・ストローサル(Kirk D. Strosahl)です。スティーブン・ヘイズが開発を主導したことから、「ACT」の創始者としてはヘイズの名がよくあげられます。
「ACT」が、これまでの心理療法と一線を画しているのは、「アクセプタンス」(Acceptance)を強調している点にあります。「アクセプタンス」の意味は、「受容」であり「受け入れる」ことです。
では、それまでの心理療法のポイントが「アクセプタンス」(受容)でなければ、何だったのでしょうか。それは「コントロール」(操作)です。
仕事で失敗したり、他人から悪口を言われたり、生きている限り、私たちは様々な場面で「嫌な感情」を味わうことになります。「嫌な感情」をすぐに忘れることができれば、問題ありません。忘れてしまえば、次の日には、心は健やかさを取り戻して、元気な自分でいられます。
でも、なかなか忘れられないからストレスを抱え、心と体に問題が発生します。なぜ、「嫌な感情」を忘れることは難しいのでしょうか。なぜなら、人間の脳は、危険な目にあったことを、より強く記憶する仕組みになっているからです。
人間は原始の時代から、「生き残る」ために、危険を察知したり回避したりして、高度に脳を発達させてきました。ある場所で危険な目にあったら、その場所を正確に「記憶」しておけば、もう一度、危険な目にあわないですみます。
森に行って狼に襲われたら、それを記憶し、同じ場所に近づかないようにします。再び森に行くにしても、武器を持つか、集団で行動するか…何らかの手を打つことができます。
遠い昔、危険な事態を「記憶をすること」「覚えていること」は、命に関わることでした。その生存本能は、時を越えて現代を生きる私たちの脳でも強く働き続けているのです。つまり、命までとられないとしても、「嫌な感情」を味わう体験=「危険」な状況と認識され、その「嫌な感情」が強ければ強いほど、忘れることは難しくなるのです。これは、誰にでもよく起きる普通のことです。
危険な目にあった時の「嫌な感情」を記憶していることは「諸刃の剣」です。危険を回避できるメリットもありますが、現代人にとって、それはストレスとなり健康を損なうからです。
そこで、私たちは「嫌な感情」を追い払ったり、感じないようにしたり、何らかの手段で感情をコントロールすることを覚えました。
例えば、上司から「お前は全然、仕事ができないな」と、嫌味を言われたとします。言われた時、ぐっと我慢はしたものの、帰宅途中の電車でも、家に帰って家族と話しをしていても、お風呂に入っていても、その言葉が頭にこびりついて、離れません。忘れようとしても、何度も思い出してしまいます。
そんな時、「嫌な感情」を忘れようとして、好きな映画を観たり、音楽を聴いたり、あるいは、ジョギングに出かけたりして、「気分を紛らわす」ことができます。これが、私たちの行うストレス対処の「コントロール戦略」です。
「コントロール戦略」には「逃走戦略」と「闘争戦略」の2つがあります。
- 「逃走戦略」:不快な人や場所を避ける。好きなことをして忘れようとする。タバやお酒で気を紛らわらす。とにかく寝る。
- 「闘争戦略」:自分のネガティブな思いに反論する。ポジティブ・シンキングをする。自分を批判し、奮い立たせようとする。
「ACT」では、「コントロール戦略に効果がない」と否定しません。「もし、それをすることで、うまくいくのならば、それはOK」と考えます。「うまくいく」とは、「有効性がある」ことであり、「有効性」(workability)は「ACT」の重要キーワードです。
例えば、会社で嫌な思いをした時に、学生時代の友人と食事をして、昔話に花が咲き、大いに笑い、すっかり気分がよくなって、「明日もがんばろう」と思えて、そして実際に、次の日、元気に仕事ができたのなら、それは「有効性」のあった対処法であり、OKです。
でも、気分がよくなったのは食事をした時だけで、翌日、目が覚めたら、「会社に行きたくないな」と、憂鬱な気分になっていたら、それは一時的に感情をコントロールしただけで、有効性は乏しく、効果的な手立てではなかったと考えます。
「ポジティブ・シンキング」も、その人にとって「効き目」(有効性)があればいいのです。ただ、嫌な思いをして、憂鬱な感情が1ヶ月以上続いていて、「死にたい」と考えることすらあるのに、「これも自分を成長させてくれる試練だ」「この先に栄光が待っている」などと、自分に言い聞かせ続ける強引な「ポジティブ・シンキング」は、有効性の薄い考え方であり、どう考えても逆効果です。
どんな技法にもメリット・デメリットがあります。コントロール戦略もそうです。「ACT」だって万能ではありません。でも、これまで存在した数多くの「コントロール戦略」がありながらも、心を病む人は後を絶ちませんでした。この事実を考えた時に、「コントロール」ではない、他の考え方、やり方に、「ACT」の開発者たちは、注目していったわけですね。
そうして「ACT」では、「コントロール」(操作)ではなく、「アクセプタンス」(受容)に、重きを置くのです。
「ACT」の実践家である医師ラス・ハリス(Russ Harris)は、著書『よくわかるACT』(星和書店)の中で、「アクセプタンス」(受容) を、こう説明しています。
自分の思考と感情をあるがままの状態にしておくこと。その思考・感情が喜ばしいものでもつらいものでも、心を開いて、それを受け入れる場所を作ること。思考に抗うのをやめ、それが自然と湧き起こったり消えたりするのに任せること。
先ほどの「ポジティブ・シンキング」の例で、「もう死にたい」と思っていて体と心が悲鳴をあげているのに、「この先に栄光が待っている」と考えるのは、思考に逆らい過ぎであり、「あるがままの感情」を受け入れられていない状態です。これは「アクセプタンス」(受容)ではありませんね。
未来がよりよくなる価値ある行動をとることが「アクセプタンス」(受容)の目的です。ポイントは、その考え方が、その人にとって「有効性」があるか、どうかです。
心と体に限界が来ているのであれば、その事実を素直に「受け入れる」ことが「アクセプタンス」です。「死にたいと思うまで働いたんだ。もう限界かな」と「あるがままの感情」を認めることが「有効性の高い思考法」です。
そうすれば、会社を休むなり、医師に相談するなり、自分の人生をよりよくするために、「行動すること」(taking action)へとつなげていくことができます。
「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」(Acceptance and Commitment Therapy)の「コミットメント」(Commitment)の部分が、よりよい行動を自分で考え出し決定していくことです。
「コミットメント」(Commitment)には「約束」「責任」という意味があります。「あるがままの感情」を受け入れたなら、よりよい人生にするために、何をするかを考え、その実行を自分と約束し、責任をもって行動にうつすのです。会社を休み病院に行くと決めたら、それを実行します。これが「コミットメント」(Commitment)の部分です。
「アクセプタンス」は「ACT」の特徴的な部分ですが、重視するのは「コミットメント」の部分であり「行動すること」なのです。
それでは、つづいて「ACT」の「6つの基本行動原則」についてお話ししていきます。「ACT」の開発者ステーヴィン・ヘイズ博士も信頼しているラス・ハリスの著を参考にしていきます。
「ACT」は、下図にある「6つの基本行動原則」に基づいてセラピーが進行していきます。図の中央に「心理的柔軟性」(Psychological flexibility)とあります。
シンプルに考えると、「ACT」は「6つの基本行動原則」を通して「心理的柔軟性」を生み出すことを目的にしているといえます。
大切な考え方ですので、「6つの基本行動原則」に入る前に、「心理的柔軟性」(Psychological flexibility)について、説明いたします。
ラス・ハリスは「心理的柔軟性」を、自著『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』のなかでこう定義しています。
心理的柔軟性とは、気づきや開かれた心、集中力をもって状況に対応し、自分の価値に沿った効果的な行動をする能力である。
この「心理的柔軟性」をクライアントにもってもらうこと、あるいは、セルフワークを通して自分自身でもつことが、「ACT」が目指す目的地です。そのために、「6つの基本行動原則」があります。
それでは、「ACT」が重視する6つの行動原則について見ていきましょう。
- 脱フュージョン:「思考」を「言葉」と「イメージ」の組み合わせに過ぎないと認識する。
- 拡張:不快な感情を受け入れ(アクセプタンス)、居場所をつくる。
- 接続(つながる):集中し「今ここ、この瞬間」に意識を置く。
- 観察する自己:「思考する自分」を客観的に見つめる「気づく自己」に意識を向ける。
- 価値の確認:自分が大切したい価値を明確にし行動指針とする。
- 目標に向かっての行動:自分の価値にそった行動を実際にとる。
❶ 脱フュージョン:「思考」は「ただの思考」に過ぎない
「脱フュージョン」(defusion)とは、「思考」は「ただの思考」に過ぎないと、しっかり認識することです。これはマインフルネス瞑想を実践している人であれば、おなじみの思考法ですね。
「ACT」は「マインドフルネス」の考え方がベースになっています。「6つの基本行動原則」の❶「脱フュージョン」〜❹「観察する自己」までは、マインドフルネス瞑想を行う際に心がけることと共通しています。
では、「思考」は「ただの思考」に過ぎない、とはどういったことでしょう。
私たちの「思考」は、「言葉」と「イメージ」で成立しています。そして「言葉」と「イメージ」よって、様々な「感情」がわきおこります。
例えば、会社で失敗をしてしまい、嫌いな上司に叱られたとします。家に帰ってお風呂に入っている時、叱られた過去の出来事を思い出しています。
「また失敗してしまった、なんてダメなんだ」と、自己否定する人もいれば、「まったくウザイ上司だ。あんな大きな声、出さなくてもいいだろ」と、他者攻撃する人もいるでしょう。
そして、人によっては、頭の中で未来へと時間は進み、「あ〜明日も、また、あの上司の顔を見るのか、あ〜ホントやだな〜、会社、行きたくないな〜」と憂鬱な気分に支配されるかもしれません。
こんな風に、「今ここ」で起きていない「過去」や「未来」のことを思い出して、今、実際に体験してるかのようになることを、心理学で「再体験」といいます。
または思考が「今ここ」から離れ「過去」「未来」や「他の場所」へと「さまよう」ことから「マインド・ワンダリング」(mind wandering)ともいいます。「ワンダリング」(wandering)は、「さまよう」という意味ですね。
嫌な目にあって、ネガティブな出来事を思い出せば、実際に「今、それを体験」してるかのように、体は感じとり反応します。
嫌いな上司の顔を思い浮かべて、「嫌だな〜」と嫌悪感がわきおこれば、 目の前に嫌いな上司がいるわけではないのに、ストレスホルモンが分泌されてしまうのです。ストレスホルモンが分泌されると、体に様々な影響が出てきます。これが「ストレス」の正体です。
でも、よく考えてみてください。もし、まったく思い出すことがなければ、つまり「思考」しなければ、ストレスにはなりませんね。
それに、ストレスになっているのは、自分の「考え」(思考)があたかも現実に起きているかのように、あるいは、これからの未来でも、実際に起きるかのように「思考」してしまっているからです。
頭の中にあるのは、ただの「言葉」と「イメージ」だけなのに…です。
「言葉」と「イメージ」で作られた「思考」が、あたかも「現実」「真実」であるかのように認識している状態が「フュージョン」(融合)です。
「フュージョン」は「融合」という意味ですね。
「レモンの汁」と「水」を「融合」すると「レモンジュース」になります。一度、融合してしまうと、切り離すことが、とても難しくなります。手間暇がかかります。
「思考」を「レモンの汁」として、「現実」「真実」を「水」とすると、ふたつが融合してしまって切り離せなくなっているのが、「ACT」でいう「フュージョン」の状態です。
反対に、自分の考えていること、つまり「思考」は、現実に起きていることでもないし、それは真実でもないし、間違っている可能性だってあると、「ただの思考に過ぎない」と、「切り離せている」状態が「脱フュージョン」です。
自己否定傾向のある人は、小さな失敗でも、「私はダメな人間だ」「なんて自分は無能なんだ」と頭のなかでつぶやき、自分を責め続けます。そして、それが「現実」「真実」だと思い込んでしまいます。するとストレスホルモンが分泌され、憂鬱な状態へと導かれていってしまうのです。
でも、「私はダメな人間だ」「なんて自分は無能なんだ」と考えることは、ただ、頭のなかで「言葉」をつぶやいているだけです。頭のなかで言葉が流れていっているだけです。ただ、それだけのことです。
脳が生み出した「ただの言葉」を、あたかも「現実」の「真実」だと認識してしまうから、憂鬱になり疲れ果て、時には、鬱状態になってしまうのです。
だから、「脱フュージョン」です。
思考はただの「思考」であり、ただの「言葉」や「イメージ」に過ぎないと、それは「現実」でもなければ「真実」ではないと、しっかり認識するのです。
では、「脱フュージョン」の代表的な技法をひとつご紹介します。技法はたくさんありますので、詳しくは、『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(ラス・ハリス 筑摩書房)を参考になさってください。日々、マインドフルネス瞑想をしているのあれば、おさらいですね。
例えば、「私はダメな人間だ」と頭のなかでつぶやいた、つまり「思考」したとします。ここでミニワークです。実際、「私はダメな人間だ」と、10回、頭のなかでつぶやてみてください。
いかがだったでしょうか。嫌な気分になったかもしれませんね。
では、次に、「私はダメな人間だ」と、考えた後に、すぐ、頭のなかで、こうつぶやいてみてください。
私は今、「私はダメな人間だ」という考えをもった。
いかがでしょう。少し違った感じになったのではないでしょうか。この技法はマインドフルネス瞑想で「ラベリング」と呼ばれるものです。
瞑想は基本的に呼吸に意識を向けて、何も考えない「無念無想」を理想とします。お腹の「ふくらみ」と「へこみ」に意識を置き続ける手法もあります。とても簡単そうですが、熟練者でなければ、瞑想を始めると、「雑念」(思考)が浮かんで、「呼吸」に向けていた意識は、あっという間に、雑念(思考)に巻き込まれていきます。そして、ふっと「あっ、雑念に巻きこまれている」と、「気づき」の瞬間が訪れます。
この「気づき」の瞬間に、その「考えていたこと」を言葉にして、「私は今、〜と考えた」とつぶやき、意識を呼吸へと戻します。
「雑念」(思考)に「気づき」、認識できればいいので、シンプルに「思考」「雑念」「妄想」と、自分にフィットする短い言葉をつぶやくのも「ラベリング」です。
雑念(思考)に巻き込まれている自分に、自分が「気づく」ことで、「切り離し」が起きます。それは、「雑念」と「無念無想」の「違い」を感覚的にクリアに理解していくことです。
これを繰り返していくことで、マインドフルネス瞑想では、「無念無想」の何も考えない状態へと近づいていきます。
そして、考えること(雑念)とは、結局のところ、ただの「思考」に過ぎないわけであり、言葉とイメージが連なっているだけであって、それは現実でもなければ、真実でもない、「取るに足らないもの」という感覚が、腹落ちしていくのです。
これが「脱フュージョン」の状態ですね。
ですから、瞑想をしなくても、日常生活のなかで、トイレでもお風呂でも、どこでもいいので、何かネガティブなことを思い出したら、「私は今、〜と考えた。でも、それはただの言葉」「今、〜が思い浮かんだけど、それはただのイメージ」などと、実際に、頭のなか、胸のうちでつぶやいてみてください。
その時、自分のもった思考を否定しているのではないことを、必ず、覚えておいてください。「そう考えた」と「気づく」だけです。否定も批判もしません。それが「アクセプタンス」(受容)です。
自分の思考を否定しないことは「ACT」の大事なポイントですので、胸に刻んでください。この点については、次の❷拡張で、詳しくお話しします。
声に出すわけではないので、電車や職場で、周りに人がいても大丈夫ですね。すると、思考にふりまわされて、嫌な感情を味わうことも少なくなっていきます。
❷ 拡張:否定的な感情を受け入れるスペースをつくる
❷「拡張」(Expansion)は、それがネガティブな感情であっても受け入れる「アクセプタンス」(受容)のことを指します。「ACT」の他の本では、この2番目の項目が「アクセプタンス」(受容)と表現されています。または「拡張」「受容」が並記されているものもあります。
ラス・ハリスは、「アクセプタンス」(受容)という言葉は、誤解を招きがちなので、『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』の中で、あえて「拡張」にしたと説明しています。
「拡張」とは、「意識をオープンにし広げること」です。「自分なダメな人間だ」というネガティブな思考や感情であっても、拒絶したり、追い払ったり、まぎらわしたり…「コントロール戦略」をとるのではなく、「意識をオープンにし広げ」(拡張し)て、自分のなかに居場所(スペース)をつくってあげるのです。それが「受け入れ」(アクセプタンス)へとつながります。
ポジティブ・シンキングで、ネガティブをポジティブに置き換えていくこともしません。置き換えることも否定につながり、「アクセプタンス」(受容)ではなくなるからです。
なぜ、それほどまでに「アクセプタンス」(受容)を重視するのでしょう。なぜなら、ネガティブな思考や感情は、拒絶したり追い払う「コントロール戦略」をとって抑えたこんだとしても、ぶりかえすことが多いからです。「忘れよう」「もう気にしない」と否定してみても、時間がたつと、思い出してしまうのです。「ぶりかえし」をとめることができないのです。
だったら、いっそのこと、否定も拒絶もせずに、「あなたのいるスペースをつくるから、私のなかにいていいよ」と「アクセプタンス」(受容)します。受け入れる姿勢をとり続けていくと「ぶりかえし」の減ることが、「ACT」による療法では、30年以上、繰り返し確認されてきたのです。
「拡張」の技法は、自分の体の感覚や感情をスキャンするように注意を向けていきます。次の4つのステップです。
- 自分の気持ちを観察する:深呼吸をしながら体に意識を向けて「どんな感情があるか」を感じ取る。
- 息を吹き込む:ネガティブな感情があったら、深呼吸をして、その感情に向けて息を吹き込むようにイメージする
- 居場所を作ってやる:息を吹きみ「感情」が存在できるスペースを作るようにイメージする
- 存在を許してやる:ネガティブな感情でも「ありがとう」などと声をかけ存在を許す
椅子に座ってもいいですし、仰向けに寝てもいいですね。この技法はイメージするのがポイントです。イメージすることが苦手な人は、❷「息を吹き込む」❸「居場所を作ってやる」が、うまくいかないかもしれません。
でも、大切なのは❹「存在を許してやる」の部分です。この「許し」の感情を、しっかりと向けていけていけばOKです。
うまくイメージでなくても、そのネガティブな感情を否定したり批判したりせず、「あるがまま」の状態で認めてあげます。それが、「アクセプタンス」(受容)につながっていきます。
❸ 接続(つながる)
❸接続(つながる)とは、「今」に意識をしっかりと置くことです「ACT」の専門用語では、『「今この瞬間」との接続』といいます。これをラス・ハリスは、わかりやすく「接続」(つながる)としています。
私たちは、目の前に集中してやるべきことがあっても、ついつい他のことを考えてしまいます。例えば、勉強をしようと机に向かって教科書を開き、ノートを開き、さあ始めようと思ったものの、数分すると、テレビのことや漫画のことや、スマホのゲームのことや友だちからの「ライン」が気になって、意識が勉強からそれていきます。
この「意識がそれる」心の状態が、今に接続できていない状態ですね。反対に、勉強や仕事に、集中して「今、すべきこと」にひたりきってるのが、「今のこの瞬間」につながっている「接続」の状態です。
今この瞬間に接続できていれば、勉強や仕事の能率は高まります。接続を失えば、時が無駄になり、能率は下がります。
WiFiなどデジタル回線に接続するからネットやスマホが見られるように、「今ここに接続」することで、私たちは、自分の「真の力」を見られるようになるのです。
ラス・ハリスは、「接続」を、こう表現しています。
「接続」とは、目覚めること、起こっていることに気づくこと、世界に参加すること、人生の一瞬一瞬の充足に感謝することだ。
『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(ラス・ハリス 筑摩書房)p153
❹ 観察する自己
「ACT」では、2つの自己が設定されています。
- 思考する自己: 何かを考えることを司る自己。 計画、判断、評価、比較、想像、視覚化、分析、記憶、空想、妄想など。
- 観察する自己:集中、注目、気づきを司る。思考している自分に「気づく」役割をもつ
「思考する自己」が、瞑想中に「雑念」を生み出します。小説を読んでいてその世界にどっぷりとはまっている時に、ふと「今日、どこに飲みに行こう?誰を誘うかな?」と考える、その犯人が「思考する自己」です。
こう書くと悪者のようですが、「思考する自己」があるから、私たちは勉強や仕事ができるのであって、「思考する自己」なしの人生は考えられません。思考するから人は創造性を発揮し、文明を発達させてきました。
ただ、「思考する自己」にはデメリットがあって、「思考する自己」によって集中力が削がれたり、「私はダメな人間で、無能だ」という考えに苦しめられたりします。
そこで、「観察する自己」の出番です。
瞑想でも仕事でも、集中している時、つまり「今ここ」への接続を切断するのが「思考」であるならば、再接続するのが「観察する自己」です。
本を読んでいて、「飲み会」とか「昔の思い出」とか、まったく違うことを考えていたとします。それは「思考」に「今ここの意識」が釣り上げられてしまった状態ですね。すると「あっ、また意識がそれた」と、気づく瞬間がありすが、その時、「観察する自己」が働いて、釣り糸を切ってくれます。そして、また、本の世界に集中できるわけです。
この「気づき」の瞬間の感覚を強く意識し、それを何度も繰り返していくと、「思考する自己」と「観察する自己」との違いが身体感覚をともなって明確に理解できます。
すると「思考はただの思考」に過ぎないと、「脱フュージョン」することができます。この「観察する自己」を集中的にトレーニングするのがマインドフルネス瞑想ですね。
呼吸に意識を向ける。やがて雑念がわいて意識がそれる。「あっ、それた」と、気づいたら、その時「観察する自己」が登場しています。そしてまた、心を静かに呼吸に意識を戻すのです。
「観察する自己」があるから、仕事で失敗をして「なんて自分はダメなんだ」とネガティブな思考に巻き込まれた時に、「あっ!また自分を責めている」と気づけます。「観察する自己」は、ネガティブ思考から救い出してくれるヒーロでありヒロインです。それは誰もがもっているものです。
「思考する自己」と「観察する自己」の2つを使いながら、私たちは人生の質を高めるよりよい思考を育んでいきます。ラス・ハリスは、「観察する自己」をこう定義しています。
観察する自己は、何かに気づきはするが考えはしない。観察する自己は集中、注目、気づきなどを司る。それは思考に注意を向け、観察することはできるが、思考を生み出すことはできない。思考する自己が私たちの経験についてあれこれ考えるのに対して、観察する自己はあなたの経験したことを記録するだけだ。
❺ 価値の確認
❺「価値の確認」とは、「行動」するための「エンジン」になるものです。人は自分が大切していること、価値を置いていることであれば、行動する勇気がわき、その継続力が高まります。
「価値」について、ラス・ハリスはこう定義しています。
・心の中のもっとも深い欲望。何になりたいか、どんなものを支持したいか、世界とどのように関わりたいかなど。
・人生を通して私たちを導き動機づける主要な原理。
さて、❶〜❹までは、「マインドフルネス」の知識の基づくものでした。もし、「マインドフルネス」を知っていれば、「脱フュージョン」など「ACT」流の特徴的な表現はありますが、理解はやさしかったでしょう。
「ACT」は「マインドフルネス」をベースにした療法であり、よりよい人生を築くための「行動」を重視するのが特徴でした。
例えば、「憂鬱な気分」はとても辛いものです。すると、こう考えがちです。
「この憂鬱な気分さえ無ければ、自分は行動できるのに…」
でも、「ACT」では、「憂鬱な気分があっても、人生をよりよくするために行動できることはある」と考えます。「憂鬱な気分」を軽く扱ったり、無視するのではありません。
「ACT」は、「憂鬱な気分」に代表されるネガティブな症状の緩和だけを目的にするのではなく、その人の「人生がよりよくなる」助けをすることが真の目的です。
そのために行動のエンジンとなる❺「価値の確認」を行います。これは、カウンセラーなどセラピストと対話することもあれば、自問自答のセルフワークでも可能です。ラス・ハリスは、こんな問いを紹介しています。
・心の深い部分で一番重要だと考えていることは何だろうか?
・どのような人生を望んでいるだろうか?
・どんな人間になりたいだろうか?
・どんな人間関係を築きたいだろうか?
・自分の感情と戦ったり恐怖を避けたりしなければ、それに使っていた時間とエネルギーを何に注ぎ込むだろうか?
この価値の明確化は、コーチングやキャリア・カウンセリングでも行われることですが、「価値」と「行動」はセットになっていて、「価値にもとづく行動」「価値に導かれた行動」を重視し、考え出すのが「ACT」流といえます。
❻ 目標に向かっての行動
❻「目標に向かっての行動」は、この言葉どおり実際に「行動すること」です。具体的な目標を考え、計画をたて、実行していきます。
例えば、仕事ばかりに時間を取られて、家族との関係がギクシャクしていた人がいるとします。
その時、「家族に優しくする」は、目標とはなりません。これでは、実際にどうするかが曖昧だからです。
「毎週、水曜日は就業時間終了の6時に会社を切り上げ、家族と一緒に必ず夕飯をとる」
これであれば目標となります。どんな行動を実際にとるのか。より具外的行動が記されたものが「目標」です。
「目標」には、「短期的で小さな目標」もあれば「長期的な大きな目標」もあるでしょう。いずれにしても、「実際の行動」を意識して計画を立て、それを着実にこなしていくのが「ACT」の最終ステップである❻「目標に向かっての行動」です。
ラス・ハリスは、自著でこう記しています。
豊かで意味ある人生は行動によって作られる。だがどんな行動でも良いわけではない。それは価値によって動機づけられた、効果的な行動でなければならない。意味ある人生は、強い意志的行動によって、何度失敗しても、何度コースからはじかれても飽くことなく挑戦することによって築かれる。
『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(ラス・ハリス 筑摩書房)p45-46
「ACT」は、1980年代から開発が始まっていました。しかし、開発者のステーヴィン・ヘイズ博士は、臨床に臨床を重ねて、確かなデータが揃ってから広く公表したのです。アメリカで「ACT」をまとめた本が出版されたのは、開発から20年が経過してからでした。
日本では、2000年代になっても、一部の専門家が知るのみでした。
どんな心理療法にもクライアントによって相性があり、「あう」「あわない」があります。繰り返し書いた通り、「ACT」は、「有効性」を大切にしています。ですので、「ACTが有効でない」と評価・判断したら、その他の療法を試してみるべきと、「ACT」の開発者、実践家たちは、大らかな態度をとります。
今回、参考文献にした『よくわかるACT』(星和書店)は、より専門的な内容で、カウンセラーなど心理支援に携わっている人向けです。一般の方が何かの症状で悩んでいて「ACT」がどんなものか知りたいのであれば、『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(筑摩書房)のほうがオススメです。
ラス・ハリスは、「ACT」のねらいを一言で、こう表現しています。
「避けられない痛みは受け入れながら、有意義で豊かな人生を切り拓くこと」
『よくわかるACT』(星和書店)p11
そして、「ACT」の頭文字をとって、そのエッセンスをシンプルにまとめています。
A=accept アクセプタンス。思考と感情を受容し、現在に存在する。
C=connect 接続。自分の価値とつながる。
T=take effctive action 効果的な行動をする。
人生、山あり谷ありですね。思い通りにならいこともあります。むしろ、あって当たり前です。その時生まれる「痛み」を拒絶したり追い払ったりするのではなく、むしろ「受け入れ」、そして何より、実際に行動していくことによって、事態はよくなっていきます。
それでは、最後にラス・ハリスの胸に響く言葉を記して、本コラムを終えます。
過去は存在しない。それは現在の記憶以上のものではない。
未来も存在しない。それは現在の思考やイメージでしかない。
あなたにあるのは現在この瞬間だけなのだ。
それを最大限に活かそう。
今何が起こっているのかに注意を払おう。
それを最大限に味わおう。
最後に覚えおいてほしい。
「人生は、与えられたものを最大限に活かす者にもっとも多くを与える」のだ。
『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(筑摩書房)p279-280
(文:松山淳)
◇開催日:2023年12月16日(土) 13:00〜16:30 お申し込み→Peatixサイトから
本セミナーでは、ネガティブ・ケイパビリティの基本的な知識をおさえ、その力を支えるロゴセラピー(フランクル心理学)、マインドフルネス、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の考え方にもふれます。実際に瞑想にも取り組みます。ネガティブ・ケイパビリティやマインドフルネスにご興味のある方、ぜひ、ご参加ください!