は『君主論』は、イタリアのルネサンス期に活躍したフィレンツェ共和国(当時のイタリアの一国家)の外交官ニッコロ・マキャベリ(1469-1527)によって1513年頃に書かれた政治学の著である。マキャベリは、外交官として活躍した後、権力者の交代によって職を失い片田舎で生活を送ることになる。その時、政庁への再就職を願い出るために時の権力者であるロレンツォ・デ・メディチ殿下にむけた書いたのが『君主論』である。
マキャベリの名は、マキャベリズム(権謀術数主義)の語源である。権謀術数主義とは、目的のためなら手段を選ばない主義のこと。自由と平和を尊重し、一定の倫理観の確立された民主主義国家を生きる現代人が読むと、『君主論』に書かれたことに「非情さ」を感じる。
しかし、戦乱の世であった当時の状況を考えると、『君主論』に書かれたことは、理想主義と現実主義のバランスをとろうとするリアリストの視点であったといえる。約500年前の1513年といえば、日本は室町時代であり、イタリアに負けずおとらず権謀術数が繰り広げられていた。
また、『君主論』は、決して権謀術数主義だけを推奨している書ではない。500年の時を越えて今も読まれているのには、学ぶべき教えがある。
『君主論』の中から名言と呼べる箇所をピックアップし、『君主論』の教えを解説する。
目次
名言1:問題を直視せよ!
戦争を避けるために、混乱が続くがままにしては決してならない。というのは、戦争は避けられず、結局、君が不利な立場になるまで延期されるだけなのだから、と。
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.336-338). Kindle 版.
『君主論』の書かれた時代は、日本でいう「戦国時代」です。イタリアは、「フェレンツェ共和国」「ヴェネツィア共和国」「ミラノ公国」「ナポリ王」「国教皇領」の五大国が群雄割拠していました。
信長が天下をとって、その後でも戦乱が続いた様に、常にイタリアでも戦争が起きていました。戦争は国家の混乱をおさめるひとつの手段です。
戦争、対立、衝突は避けるべきものです。ですが、戦争、対立、衝突を避けることで起きる「混乱」もあります。
上の「戦争」の言葉を「問題」に置き換えてみてください。すると現代に通じるものがあります。
「問題」を避けるために、混乱が続くがままにしては決してならない。
解決を先延ばしにしている問題はないでしょうか。対立や衝突を恐れるがあまりに、その問題に直面することから逃げていないでしょうか。 問題解決を先延ばしにすると、結局、自分が不利な立場に追い込まれていきます。
「雨降って地固まる」。
問題にとりくむと「対立」「衝突」が発生しますが、それらのコンフリクトは、長く続く「混乱」をおさめるための「必要悪」です。一時的な「雨」です。傷つくことで、強くなれるように、ネガティブなことが発生することで、ポジティブな出来事が目の前に現れてきます。
先延ばしせず、今ある問題を直視する勇気を持ちましょう。
名言2:真似ることを恐れるな!
人間は他の人びとが踏み固めた道を歩むのであり、彼らの行ないを模倣し続けるのだが、他人とまったく同じ道を進むこともできなければ、君が模倣する人たちの力量に達することもできないのだから、賢明な人間はつねに偉大な人たちが踏み固めた道を通って行くべき
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.500-503). Kindle 版.
『君主論』では、模倣することの大切について書かれています。
日本でも「学ぶ」の語源は「真似る」、という説があります。日本の古典芸能「能」について世阿弥が室町時代に書いた『風姿花伝』には、次の一文があります。
「物真似の品々は、筆には尽くしがたい。とはいうものの、この道の肝要なのでこれらの品々をくれぐれもよく嗜(たしな)むべきである。おおよそあらゆるものをすみずみまで、そのまま真似ることが本意である」
『現代語訳 風姿花伝』(水野 聡 PHP研究所)
何かの技量を高めるには、師匠を真似ることが近道です。古典芸能でも武道でもそれは変わりません。師匠を真似て、真似て、その後に生まれるのが自分のオリジナリティです。
能の研究家白洲正子は『世阿弥』( 講談社)の中で、「模倣も極まれば独創を生む」と書いています。
米国の思想家エマソンは『代表的人間像』(日本教文社)の中で、こう述べています。
「そもそも偉人とは、あらゆる芸術や科学、知ることのできるすべてのものを、自分の食物として内部に取り入れる強力な同化力の持主にほかならないのではあるまいか。本当の独創家だけが、他人から借りる術を心得ているのである。」(by 思想家エマソン)
マキャベリは、別の箇所でも「模倣」について述べています。
優れた人物は、自分より以前に称えられ栄光を授けられた者がいれば、その人物の立派な行為や行動をつねに心にとどめ模倣しようとした
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1289-1291). Kindle 版.
自己のオリジナリティは大切です。その大切なオリジナリティに到達するためには、逆に誰かを模倣することが、近道なのです。
マキャベリによれば、それが優れた人物の行動なのですから、「自分らしさ」を発見するためにも、模倣(真似ること)をもう少し意識して取り組んでみましょう。
名言3:現実から学べ!
どのように生きているかということとどのように生きるべきかということは非常に懸け離れているので、なすべきことのために現になされていることを蔑(ないがし)ろにする者は、自らの保持よりもむしろ破滅を学んでいるのである。なぜなら、すべての点で善をなそうと欲する者は、必ずや善からぬ者たちのなかで破滅することになるからである。
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.1317-1320). Kindle 版.
上の文で「どのように生きているか」が「現実」です。
「どのように生きるべきか」が「理想」です。
「現実」と「理想」はかけ離れているのものですね。理想ばかり求めて、現実を蔑(ないがし)ろにすると、人生が破綻してしまいます。
世界的アーティスにエリック・クラプトンがいます。クラプトンのレベルになると、自分の好きな音楽を追求できるかと思っていたら、そんなことはなく、かなりレコード会社の意向を受け入れているという話しをラジオで聞いたことがあります。
クラプトンの「理想」としては、ブルース中心で行きたいわけです。でも、レコード会社としては、ブルース中心では売れないと考えています。「現実」の問題として、どんな優れた楽曲でも売れなければ、アーティストの知名度と地位と生活を守ることはできません。
だからクラプトンは、自分の「理想」は大切にしつつ、「現実」を受け入れながら、ブルース以外の曲に取り組み現在までのキャリアを築いてきたそうです。
理想通りにいかないからといって、めげることはありません。あの世界的ミュージシャン「クラプトン」でさえ、そうなのですから。
現実が教師です。
現実が師匠です。
理想を追い求めながら、現実から学ぶことを忘れないでいましょう。
名言4:しっかり根をはれ!
促成栽培の国家は、芽生えて急激に成長するその他すべての植物と同じように、しっかりと根を張ることができないので最初の悪天がそれを枯らしてしまう
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.593-594). Kindle 版.
すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなる。
結果を求めて、急ぎ過ぎると、どこかで無理をしていて、結局、長続きしません。
促成栽培されたものは根が張っていないので、強い雨が降ったり風があると、すぐに倒れてしまいます。
「良樹細根」
良い樹は、根が細かく、地に広く深くはっているものです。「良樹細根」は、イエローハットを一代で築き上げた名経営者鍵山秀三郎氏の著『凡事徹底』(致知出版社)にあったものです。
鍵山氏は、自身の経営哲学とからめて、こう述べています。
「根深ければ葉繁し」というやさしい言葉がありますが、いずれにしても根が先です。ところが、根のほうはどうしてもやりたくない。地下でいくら努力しても人に認められない、わかてってもらえないということで、張り合いがない、楽しみがない。すぐに認めて、ほめてくれないということで、つい根を放っておいて木を伸ばそうとして失敗した人が世の中にはたくさんいます。
『凡事徹底』(鍵山秀三郎 致知出版社)p42
私はそうすれば失敗することをよく知っておりますから、とにかく根を深く広く張るという努力だけを今日までしてきました。結果としてそれが今日、大変大きな力になっております。
人にとって根を張るとは、基本を大切にすることです。
人としての基本。仕事の基本。人生の基本。
いろいろな基本があり、基本を大切にすることで、自分という名の木が伸びていきます。
基本を大切にして、深く根をはり、自己成長をとげていきましょう。
名言5:厳しさを忘れるな!
憎悪は悪行のみならず善行によってももたらされる
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1639-1640). Kindle 版.
下手な優しさが、人の成長をとめてしまうことがあります。
無情に思える厳しさが、人を成長させることがあります。
人に優しくすることは「善行」ですが、優しくし過ぎた「善行」は時に「悪行」になります。
情け容赦ない「厳しさ」は「悪行」ですが、その「悪行」が、本当の成長を促し「善行」になることがあります。
「大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり」
この言葉は経営の神様稲盛和夫の著『成功への情熱』(PHP)にあったものです。
親が子どもを甘やかすあまり、子どもは自分では何もできないようになってしまい、成長するに及んで人生を誤ってしまうということがあります。それとは逆に、厳しい親に育てられた子どもは、自分を鍛錬することを学び、人生における成功者になるということがあります。
前者を小善、後者を大善といいます。
『成功への情熱』(稲盛和夫 PHP)
ハラスメントの問題があり、厳しく人を育てることが難しい時代になっています。
厳しくすることで人を傷つけてはいけません。ですが、厳しくすることで人が育つならば、厳しさは選択肢のひとつです。
下手な優しさで人を傷つけないように、人の真の成長をさまたげように、「厳しさ」も胸に秘めておきましょう。
慈悲深く、信義を守り、人間味があり、誠実で、信心深く見えること、そして実際にそうであることは有益である。だが、そのようであることが必要でなくなったら、全く反対の資質を持った人物になりきることができるような心構えをあらかじめ持っていなくてはならない。
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.1509-1511). Kindle 版.
名言6:忍耐強い聞き手であれ
君主はどんなことも尋ねる質問者でなければならない。さらに、尋ねた事柄については、忍耐強い真実の聞き手でなければならない。それどころか、誰かが、何者かをおもんばかって自分に本当のことを言っていないことに気づいた時には、怒らなくてはならない。
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.2017-2019). Kindle 版.
聴くことに、力があります。「傾聴力」は、思っている以上に力があります。
じっくりと相手の話しに耳を傾けることで、相手を尊重することになるからです。
組織において社員のエンゲージメントを構成する一要因は「自己重要感」です。この会社(職場)にとって、「自分は必要な存在だ」と感じられているか否かです。
部下が自分の意見を述べている時に、すぐに「それは違う」と頭ごなしに否定して、その後の話を聞かない上司がいたら、どうなるでしょう。
「あの人はまったく人の話を聞いてくれない」
この言葉は、上司(リーダー)への不信感であると同時に、「自己重要感」が低下していることを意味します。そんな部下(社員)が増えていけば、組織へのエンゲージメントは落ちていくばかりでしょう。
社員がモチベーションを維持して働くために必要なことは、日々のコミュニケーションの中にあります。
「権謀術数の指南書」と思われている『君主論』に「傾聴の大切さ」が書かれていることは意外かもしれません。しかし、500年も前から「忍耐強い聞き手」の重要性が指摘されているということは、時を超えた未来永劫変わらぬリーダーの条件だともいえます。
日頃から人の話しを「じっくり聴く」ことを意識して、よりよいリーダーシップを発揮しましょう。
名言7:逆境を乗り越えていけ!
君主たちは、困難や自分たちに向けられた敵対行為を乗り越えた時に、疑いなく偉大になるのである。それゆえ、運をつかさどる女神は、世襲の君主よりも名声を獲得する必要性がはるかに大きい新しい君主を偉大にしようと望む時にはとくに、彼に対して敵を作り出し、彼に敵対するようにしむけるのである。それというのも、この新しい君主がそれらの敵対行為を乗り越えて、敵たちが彼に差し出した梯子をつたってさらに高いところへとのぼらせるためなのである。
マキャヴェッリ. 君主論 (Japanese Edition 光文社) (Kindle の位置No.1798-1800). Kindle 版.
上の文章でマキャベリの主張を一言で表現するなら、こうです。
逆境は神の恩寵なり。
運命は非情です。
運命の女神は、時に、人をさらなる高みへ導くために、不条理な現実をつきつけ、鍛え上げようとします。
悪いことを何もしていないのに、ちょっとした不運から逆境に陥り、とても辛い思いをすることがあります。
しかし、その辛い状況を乗り越えていくことで、人は成長し強くなれます。
逆境を乗り越えていった人の中には、「自分が強くなるために、あの逆境は、運命の女神よって、予め準備されたいたものだ」と、感じる人もいます。
世界三大心理学者のひとりC.Gユングは、1944年、69歳になる年に、心筋梗塞の後に骨折をして、危篤に陥った経験をもっています。その後、辛い療養生活が待っていました。食べることさえできない時期もありました。
そんな辛い日々を経験して、ユングはこうふりかえっています。
病後にはじめて、私は自分の運命を肯定することがいかに大切かわかった。このようにして私は、どんな不可解なことが起こっても、それを拒むことのない自我を鍛えた。つまりそれは、真実に耐える自我であって、それは世界や運命と比べても遜色がない。かくして、敗北をも勝利と経験する。内的にも外的にも、かき乱すものはなにもない。
『ユング自伝2』(C.G.ユング みすず書房)
ユング心理学の代表作は晩年に執筆されました。この病気の後にユングを代表する多くの著が書かれたのです。
夏目漱石も「修善寺の大患」と呼ばれる、死の瀬戸際をさまよった経験を持っています。この経験から『彼岸過迄』『行人』『こころ』の後期三部作は、前期三部作『三四郎』『それから』『門』とは異なる、深い味わいがあります。
運命の女神は、決して優しくありません。
運命の女神が望んでいるのは、人が今より成長し、より高みへの到達することです。そのために、あえて逆境を突きつけることがあるようです。
逆境がきたら、女神から成長するチャンスを与えられていると考え、その逆境を乗り越えていきましょう。
(文:松山 淳)
『君主論』を書いたマキャベリの生涯