バレーボール男子日本代表主要メンバーである石川祐希選手、髙橋藍選手、西田有志選手を中心に、ブラン監督の名言も紹介する。
目次
石川祐希の名言:現状維持ではなく、つねに前進、向上する
バレーボール男子日本代表のキャプテンは、石川祐希選手です。選手として海外で活躍する一流プレイヤーでありつつ、リーダーシップを発揮して日本代表チームをまとめています。
石川選手を古くから取材してきたスポーツライター田中夕子氏によると、かつて自己中心的な要素が濃かったのですが、キャプテンになってから変化しているといいます。その点を田中氏が尋ねると、石川選手は「キャプテンになってからのほうが圧倒的に記憶は濃いですね。」(『日本男子バレー勇者たちの軌跡』文藝春秋)と答えています。
この言葉から、石川選手が、選手としてだけでなくリーダーとしても成長をとげていることがわかります。
石川選手の自伝『頂を目指して』(徳間書店)には、こんな言葉があります。
「現状維持ではなく、つねに前進、向上するためには昨シーズンや前回以上の目標を掲げてクリアしていくことが必要だと思っている」
現状維持は後退である。
現役リーダーたちから、そんな言葉が、よく口にされます。現状という「ぬるま湯」にひたり続けていると、世界は常に変化を続けているので、遅れをとってしまうわけです。
遅れをとらないためには、石川選手がいうように「つねに前進、向上する」ことを心がけていかねばなりません。10代から海外に挑戦し、日本代表チームを世界2位のランクに押しあげた立役者は、まさにこの言葉の通りに実践してきたわけですね。
「現状維持ではなく、つねに前進、向上する」というマインドセットをもちたいものですね。
石川祐希の名言:逆に1回経験していれば、どうにかなる。
2024バレーボールネーションズリーグで、バレーボール男子日本代表は、銀メダルを獲得しました。世界ランキングは過去最高の2位に浮上しました。
2023年のバレーボールネーションズリーグで、日本代表は、3位となり銅メダルと獲得しています。石川選手は、2024バレーボールネーションズリーグ前の記者会見(2024.5)で、決勝に行ったことがないので、パリ五輪で金メダルをとるためにも、決勝に行くことの大切さを強調していました。そして、こう口にしていました。
「なんでも初めての経験って、そんなにうまく行くものじゃないなと学んできているし、逆に1回経験していれば、どうにかなる。イメージが少しでもできていれば、近づけるという感覚があるんです。
石川選手は、この言葉通り、2024バレーボールネーションズリーグで、決勝に進み、フランスに敗れたものの、銀メダルを手にしました。2023年の「3位決定戦」と1位(金メダル)を賭けて戦う「決勝」では、そこに大きな差があります。だから、石川選手は、パリ五輪に向けて、「決勝」を1回経験しておくことの大切さを強調したわけです。
人生、なにごとも経験ですね。ひとつひとつ経験を積み重ねていきながら、人は、成長していきます。だから、何かをやる前に考え過ぎることなく、「とにかくやってみる」というマインドセットが大切になります。
その経験が成功でも失敗でも、人は、必ず、その経験から「学び」という大きな宝物を手にするのですから…。
髙橋藍の名言:自分たちがやることは変わらない。
髙橋藍選手にとって、パリ五輪は、東京五輪に続いて2度目のオリンピックとなります。日本代表は、東京五輪ではメダルに手が届かず7位でした。石川選手もそうですが、髙橋選手も、パリ五輪の大切さをインタビューで口にしています。
次の言葉は、パリ五輪の予選にのぞむにあたっての言葉です。
「自分たちがやることは変わらない。もちろん五輪切符を取りにいくんですけど、それだけでイメージするんじゃなくて、自分たちのリズムで、自分たちのバレーを信じること。それができればどの相手にも勝てる…」
よく負けた試合の後のインタビューで、選手たちや監督が「自分たちのやりたいことを、相手にやられてしまった…」と、敗因の言葉に口にすることがあります。
日本代表のトップアスリートたちですから、経験も豊富で、試合前のミーティングも綿密に行い、どのように自分たちが戦うのかは、頭に入っているはずです。ところが、頭でわかっていても、試合状況は刻々と変化していき、その日の調子もありますし、疲労がどの程度蓄積していくかもありますし、本番は、頭でわかっていることが、なかなかできないのが現実です。
だからこそ、髙橋選手のいうように、試合の流れに左右されないシンプルなマインドセット=「自分たちがやることは変わらない。」を持っていることが大切ですね。
試合という複雑な状況のなかで役にたつのは、逆にシンプルな言葉であり考え方です。
西田有志の名言:楽しめたもん勝ちですよ。
西田有志選手は、両親がバスケットボール選手で、幼い頃はバスケットをしていました。中学からバレーボールを始め、日本代表まで登りつめました。今や日本代表に欠かせない存在です。パリ五輪予選では、その鋭いサーブやアタックでチームの勝利に貢献してきました。
その西田選手にとって、逆境といえるのが、2022年に発症した原因不明の体調不良です。高熱が出たり、ひどい発汗があったりで、とにかく苦しみました。病院に行っていろいろな検査をしても、原因がわかりません。この時期のことを西田選手は、「すべてが楽しくなくなりました。生きることに精一杯で、とにかくしんどかったです」といっています。
そんな苦しい時期をくぐり抜けて手にしたのがパリ五輪の切符です。西田選手は、『GROWING』のインタビューで、こんな人生哲学を語っています。
「成功したら楽しいし、失敗したら悔しい。それが人生だと思っていますし、ずっといい時なんてない。その時々の人生をいかに楽しめるかが大切だと思っています。苦しい時でも何か楽しいことを見つけて、リフレッシュして、それで本業がうまくいけばいい。楽しめたもん勝ちですよ」
人生、山あり谷ありですね。いい時もあれば、悪い時もあります。山の天気のように、人生の状況は変わっていくものです。大切なのは、「人生の谷」という逆境にあって、西田選手のいうように、楽しむ心を忘れないことですね。
心理学者フランクルは、20世紀最大の悲劇と呼ばれたナチスの強制収容所にとらわれ、生き延びた人物です。フランクルは、強制収容所の地獄の日々にあって、ユーモアを大切にし、仲間と笑い合ったといいます。
その詳細は、名著『夜と霧』(みすず書房)になり出版されました。フランクルは、この本の中で「ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である」(P119)と書いています。
「苦しい時でも何か楽しいことを見つける」
この西田選手の言葉は、心理学者フランクルの教えに通じるものです。辛く苦しい日々にある時、「心の武器」になる考え方ですから、大切にしたい言葉ですね。
石川祐希の名言:その決断で人生が大きく変わった。
石川選手は、世界のトップ選手が集うイタリアのセリアAでプレーする選手です。その決断は大学生の時でした。中央大学1年の時に、喫茶店で、当日の監督から、セリアAからオファーがあることを告げられます。
大学生で海外選手と競い合うわけですので、迷いがあって当然ですが、そのオファーに対して、石川選手は「行きたいです」と即答します。この時の決断について、インタビューで、こう答えています。
「本当に興味があっただけで、後先など考えていなかった。その決断で人生が大きく変わった」
ちゃんと後先を考えなさい。
そんな忠告の言葉があります。後先を考えたほうが、もちろん、物事はうまくいく可能性が高くなります。しかし、後先を考えることには、デメリットがあります。それは、後先を考え過ぎてしまって、結局、決断できない、というデメリットです。そうなると、人生のチャンスを逃してしまうことになります。
「後先を考えた決断」と「後先を考えない決断」。
どちらがいいのかは、未来になってみないとわかりません。ただ、迷った時には、「正解」を探して考え過ぎるのではなく、自分のした決断を「正解にすればいい」と考えて、前に進むのも人生の打ち手のひとつです。
人生は一度きりであり、時間には限りがあるのですから…。
髙橋藍の名言:やってきたことをやり切って、勝つか負けるか。
『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』
日本プロ野球で名将と呼ばれた野村克也監督が口にしていた言葉です。元は、肥前国平戸藩の第9代藩主「松浦静山」の言葉です。平戸といったら現在の長崎県ですね。松浦は剣術の達人でもあり、上の言葉は、剣術書『常静子剣談』に出てきます。
「神がかり」といった現象が、確かに、スポーツの世界に存在します。明らかに格上の相手を格下のチームが倒す時に、そこに何か不思議な力が働いているように感じることがあります。
「スポーツ史上最大の番狂せ」といわれた試合がラグビーの世界にあります。2015年のロンドンW杯で、世界の強豪南アフリカを日本代表が撃破した試合です。テレビで観戦していても、試合全体の流れや日本代表選手たちの動きに、何か不思議な力を感じとることができました。もちろん、選手本人たちは「ただ全力を尽くして、必死にやっているだけ」なのですが…。
髙橋選手は、試合の勝ち負けについて、こんな考え方を言葉にしています。
「チームの目標としてメダル、金メダル獲得を掲げていますが、最終的にはやってきたことをやり切って、勝つか負けるか。勝てなかったら何かが足りなかったか、出し切れる力がなかったか、まだまだもっともっと追い込む必要があったということ。勝てればやってきたことが出し切れた、正解だった、というだけのことなので。(中略)プレッシャーはありません。」
髙橋選手は、現実的です。『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』ではなく、「勝ち」にも「負け」にも、明確な原因があるというスタンスです。
そのスタンスがゆえに、「強い男子バレーを見せるのが最優先ではなく、自分たちがやってきたこと、つくりあげてきたものをすべて出し切って勝つか負けるか、勝負するのが一番」ともいっています。
この言葉から、「何を優先し、何に最も力を注ぐべきなのか」について明確になっていることがわかります。いい意味での「割り切り」が、髙橋選手のメンタルの強さをつくりあげているのですね。
西田有志の名言:その時に自分ができる100%を出し続ける
西田選手は、海外でプレーをしていた時期もありました。しかし、海外でプレーを続けていくことで、選手寿命が短くなると判断し帰国し、2023年から「パナソニック パンサーズ」に所属しています。
そのパナソニックのサイトに、西田選手のインタビューが記事があります。インタビュアーは、元バレーボール日本代表の福澤達哉氏です。
福澤氏に、「周囲が期待する以上のスピードで成長してこられましたが、結果を出すために大事にしていることはありますか。」と質問されて、西田選手はこう答えています。
「日々の準備や練習の質にこだわり、その時に自分ができる100%を出し続けることを心がけています。この6年間でオリンピックに出たり、世界大会でメダルを獲得したり、一見すると順風満帆なキャリアに見えますが、毎年のようにケガにも悩まされてきました。そうした時でも、その日の自分のベストを尽くし続ければ、必ず良くなっていくはずだという考えでやっています。」
ベストを尽くしている時、人は最善の心の状態となる。
そんな考え方が心理学にあり「自己超越」といいます。「自己超越」は、自分にとらわれていない、自分を超えている精神状態です。人は、ついついさぼり心が芽生えて、楽な道を選んでしまいます。さぼりたいという、自分の欲にとらわれ、ベストを尽くせなくなります。
ですが、西田選手のいうように、「その日の自分のベストを尽くし続ければ、必ず良くなっていくはずだという考え」を持つことができれば、自分へのとらわれを抑えることができ、自己超越の状態になりやすくなると考えられます。
西田選手の言葉で注目したいのは、「その日の自分のベスト」といっている点です。前に書いた通り、西田選手は、原因不明の体調不良で、2ヶ月ほど苦しみました。病気の時の自分と、健康で調子のよい自分の「ベスト」には、大きな差があります。
でも、西田選手は体調が悪いなら悪いなりに、「その日の自分のベスト」を尽くして、復活してきたと考えられます。
「毎日、いつでも、自分のベスト」でなくていいのです。それだと長い人生、疲れてしまいます。だから、「その日の自分のベスト」でいいわけです。そうすることで、道は切り開かれてゆくものです。
ブラン監督の名言:全員をオリンピックの舞台に立たせてあげたい。
パリ五輪で、男子バレーボール日本代表を率いるのがフィリップ・ブラン監督です。元フランス代表の選手であり、2001年から2012年まで、世界の強豪男子フランス代表チームの監督でもありました。約7年間日本代表を導いたブラン監督は、パリ五輪を最後に退任することになっています。
選手選考が行われ、2024年7/7にパリ五輪の最終メンバーが発表されました。選考を兼ねた2024バレーボールネーションズリーグは、14人の出場メンバーと4人の交代選手で戦ってきました。五輪の規定に従い、12人のメンバーと1人の交代選手に絞らねばらなりません。
パリ五輪の最終メンバーを発表するミーティングで、ブラン監督は苦悩を吐露します。
「オリンピックの年にやらなければならない、一番やりたくないミーティングだ。ここにいる全員をオリンピックの舞台に立たせてあげたい。でもそれはできないんだ」
厳しい選択を迫られるリーダーの「真実の瞬間」が、そこにあります。ですが、厳しい選択をしたからこそ、勝利への意欲も高まるはずです。
パリ五輪に向けて共に戦ってきた仲間から、どうしても選ばられない人が出てきます。最初からわかっていたことですが、その事実は、「オリンピックに出られない人の思いを背負って戦う」という、選手個々の「絶対に負けられない」という強い思いをつくりだしていきます。
スポーツの世界は厳しいものです。厳しいからこそ、人生のドラマが生まれ、そこにまた深い喜びも生まれてくるのです。
(文:まっつん)