2015年9月19日、「スポーツ史上最大の番狂わせ」が起きました。
過去ワールドカップで1勝しかしていなかったラグビー日本代表が、W杯で2回優勝する世界の強国「南アフリカ」を撃破したのです。
その奇跡の立役者がエディー・ジョーンズ(現イングランド代表監督)です。
元日本代表ヘッドコーチ(監督)として日本のスポーツ界にだけでなく、ゴールドマン・サックスの日本アドバイザリーボードの一員として、ビジネス界にも影響を与えています。
エディー・ジョーンズがラグビー日本代表監督に就任したのは2012年です。その頃、国際試合でなかなか勝つのことのできない選手たちのマインドセットは、とても世界で勝てる状態ではありませんでした。
「ワールドッカップで勝つ」と言っても、「日本は過去に1勝しかしてないんです」「日本人は外国選手に比べて小さいので無理です」などと、弱音を吐いていました。
さらに、「日本人は農耕民族だからラグビーは日本人には合わない」とまで愚痴る選手もいたとか…。エディー監督は、この言葉には思わず吹き出してしまったそうです。自ら「勝てない」と思い込んでいるチームが、どうして世界で勝てるのか。エディー監督は言います。
「スポーツは、身体的なものによる部分が大きいと考える方が多いかもしれませんが、実際は、そうではありません。考え方や姿勢など、精神的なもののほうがずっと大きいのです」
『ハードワーク 勝つためのマインドセッティング』(エディー・ジョーンズ 講談社)p3
エディー監督は、選手たちに世界トップレベルの「ハードワーク」を課しました。
「ハードワーク」。
この言葉は、2015年、ラグビー日本代表がW杯で好成績を収めた後、マスコミがよくとりあげる言葉になっていました。
合宿は早朝から夜までの3部構成の練習。厳しい練習を通して「W杯では勝てない」と思い込む選手たちは、世界レベルの「勝利のマインドセット」を育んでいきました。
この時、エディー監督は「日本人の強み」をいかす「ジャパン・ウェイ(Japan Way)」を提唱したのです。
『ハードワーク 勝つためのマインドセッティング』(エディー・ジョーンズ 講談社) p3
エディー・ジョーンズは、オーストラリア出身の元ラグビー選手です。2003年、代表監督としてオーストラリアをW杯で準優勝に導いています。
実は2003年より前の1996年に、日本の東海大学で監督を務めていて、日本代表のスタッフ(フォワードコーチ)も経験しています。2009年からは社会人ラグビー「サントリーサンゴリアス」を指揮し、日本選手権(国内チームの頂点を決める大会)で2度優勝。
さらに、エディー監督の母親と奥様が日本人で、日本と深い縁があるのです。日本に住み、日本人に接し、日本人らしさを学んでいました。その結晶が、「ジャパン・ウェイ」です。
「チームに「ジャパン・ウェイ」という日本独自のやり方を植え付けました。これは、ほかの国には真似できない「日本人らしさ」を、徹底的に活かしたものです。そこにはプレースタイルやトレーニング方法だけでなく、努力の仕方、マインドセット(心構え)など、精神的なものを多く含まれています」
『ハードワーク 勝つためのマインドセッティング』(エディー・ジョーンズ 講談社)p3
エディー監督は日本人の特徴を「信頼」「忠誠心」「努力」と3つに整理し、「日本人にしかない強い力」を、次のように列挙しています。
日本人の粘り強さ・勤勉さをベースにした努力を続ける行動姿勢は、他国の選手にない「強み」である。エディー監督は、そう選手に説き「世界一の練習量」と言われた1日3部制のハードワークを選手に課しました。
この練習に耐え抜いた選手たちは、テストマッチ(国際試合)で勝利を重ねていくと、そのマインドセットを着実に変化させていきました。
「自分たちは世界で通用する」。そう思えるようになっていったのです。
かの経営学者P.F.ドラッカーは、こう言っています。
「マネジメントとは、人間に関わることである。その機能は、人が共同して成果をあげることを可能とし、人の強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである」
『チェンジ・リーダーの条件』(P.F.ドラッカー ダイヤモンド社)
エディー監督は、日本人の「強み」を、さらには選手一人ひとりの「強み」を発揮させ、選手たちを世界で通用するレベルに育てあげたのです。
『ハードワーク 勝つためのマインドセッティング』(エディー・ジョーンズ 講談社) p18
インタビューで、選手育成の基本的な考え方を問われ、エディー監督はこう答えています。
「一人ひとりがどういう人なのかを知る必要があります。それぞれがどういうふうに学ぶのか、モチベーションはどこにあるのか。そこを知り、理解したうえで会話をする。大事なことは、観察をすることとコミュニケーションを取ることです」
エディー監督はサントリー時代に、国際的性格検査MBTI®をチームに導入しています。アメリカン・フットボールのサンフランシスコ・フォーティナイナーズの名監督ビル・ウォルシュが著書に「MBTIテストは有効だ」と書いてあったのがきっかけだそうです。
私は、日本MBTI協会認定MBTI®ユーザー(Japan APT正会員)として企業研修でMBTI®を活用しています。
エディー監督が答えているように、個々の性格、「強み」「弱み」はもちろん、「モチベーション」や、そのタイプの人がどう学ぶのかの「ラーニング・スタイル」についても知識を得ることができます。
MBTI®は、ユング心理学をベースに開発され、その人の「生まれ持った性格」を浮き彫りにする他にない性格検査です。ビジネスの世界だけでなく、スポーツ界、医学界など様々な場で活用され成果をあげています。
エディー監督が、心理学に基づく性格検査MBTI®を導入した事実からわかるのは、実に繊細な感性で選手一人ひとりと向き合おとうしていたことです。
仏教に「対機説法」という言葉があります。
「対機説法」を今風にいえば、相手の能力や性格を見極め、それに従ってコミュニケーションのとり方を変えることですね。エディー監督は、MBTI®を導入して、実に用意周到に「対機説法」を実践していたといえます。
『コーチングとは「信じること」』(生島淳 文藝春秋)
「私たちは失敗から学ぶのです。人生もそういうものです。日本の練習で一番間違っているのが、ミスをしないように練習をすることです。“ノーミス、ノーミス”と叫んでいますが、ミスするから上達するのです」
『NHKプロフェッショナル 仕事の流儀』(2015.1/26放送)に登場したエディー監督は、上の言葉にあるような、独自の「失敗観」を口にしていました。リーダーにとって「失敗」に対してどのような考えを持って、どう対処するのか、「失敗の哲学」を持っていることが大切です。
私は、大学時代体育会ラグビー部に所属し汗を流していました。4年の時は主将を務めました。練習中「ノーミス、ノーミス」とよく叫んでいた記憶があります。
失敗を過度に恐れるマインドセットは日本人の「弱み」です。
「失敗の恐れ」が組織に深く根付き、「挑戦しない社員が増殖している」と頭を抱えるリーダーの方からよく話しを聞きます。
生産性の高いチームでは、メンバーの「心理的安全性(Psychological safety)」(不安や恥ずかしさを感じることなく行動できる心理)のレベルが高いと、グーグルが調査研究で明らかにしました。
それは「ミスを恐れない心」とも言えます。
エディー監督は、失敗に対する肯定的な哲学を持つことで、「心理的安全性」をチームに醸成し、勝利に消極的で否定的な日本代表選手の「弱み」を、ドラッカーが言うように「無意味なもの」にしていったのです。
マネジメントする側(リーダー)が何をどう考えるか、その「哲学」によって選手(社員)を育てチーム(組織)を強くすることができます。
そのためにはリーダーが、自分の信じる「哲学」を一貫して繰り返し伝え続けることです。
「人の心に訴える際、繰り返しは、非常に効果があります。それが本当か嘘かは、関係ありません。何度も同じことを聞かされるうち、人は次第に本当だと信じるようになるのです」
『ハードワーク 勝つためのマインドセッティング』(エディー・ジョーンズ 講談社) p65
エディー監督は、「ジャパン・ウェイ」をはじめ、世界で勝つための考え方を繰り返し繰り返し説き、それを実践し、日本代表の選手たちに「勝利のマインドセット」を持たせ、世界で勝利できることを証明しました。
2015年、あの「南アフリカ」に勝利したのです。
エディー監督のDNAは引き継がれ、新たなチームが誕生しています。2019年、ラグビーW杯が日本で開催。日本代表の勝利を祈ります。
『コーチングとは「信じること」』(生島淳 文藝春秋)
追記)2019年9月20日 ラグビー日本代表 W杯初戦 ロシアに勝利!
(文:松山淳)