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「真実の瞬間」とは

コラム125「真実の瞬間」とは

 「真実の瞬間」(Moment of truth)とは、スカンジナビア航空の元CEOヤン・カールソン(Jan Carlzon)によって提唱された概念で、「お客様が企業を評価する瞬間」のこと。現場の従業員がお客様(顧客)と接する際の重要性を意味する。1981年、CEO(最高経営責任者)に就任したカールソンは、「真実の瞬間」を社員に説き、経営危機に陥っていたスカンジナビア航空を、約1年で黒字に転換した。「真実の瞬間」は、経営学のコンセプトであるが、主に、顧客と接する機会の多いサービス産業で使われる。

まっつん
まっつん

 コロナウイルスで大変な時です。本コラムの「転載・引用」に許可はいりません。お役に立ちそうであれば、どうぞ自由に使ってください。みんなで力をあわせて、乗り越えていきましょう!

自らの判断で包装紙を破いた店員

 ある年の冬でした。ノロウイルスが流行していて、私(筆者)の子どもたちが次から次へとやられ、最後、妻もダウンしてしまいました。

カステラのイメージ画像

 体調を崩して食欲がなくなると、栄養価が高いということで、我が家では「カステラ」をよく食べます。そこで、体調のよかった私がスーパーに「カステラ」を買いに行くことになりました。

まっつん
まっつん

 妻はゲッソリとした顔で「切るの大変だから、カット済みのカステラにしてね」と言います。その存在を初めて知った私は、「わからなければ店員さんに聞けばいいや」と、スーパーに向かいます。

 スーパーに入り、パン売り場の近くを探すと「文明堂」のカステラが山積みになっていました。すぐそばに写真が貼ってあります。それを見る限りでは、カットされているようです。でも、包装紙にくるまれていて、実際にカット済みなのかが、わかりません。

 そこで、近くにいる若い男性の店員さんに声をかけました。

 「すいません。これってカット済みですか?」

 まだ20代と思われる店員さんは、担当者ではなかったようで、大きな声で「わかる人」を呼びました。バックヤードから年配の女性が小走りで近寄り、カステラを見ます。ですが「ちょっとわからない」と言います。

 すると、その男性は「申し訳ありません」と言うなり、包装紙をビリビリ破り出したのです。(あっ!もったいない)と思い、「別にいいですよ、それ買いますから・・」と、私が言うと「いえ、私たちの勉強不足です」といって手をとめません。

 結局、そのカステラは「カット済み」ではありませんでした。「じゃあ、それ買いますから」と私が言うと、「いえ、わからなかったのは、私たちの責任です」と、譲りません。

 最終的に、「文明堂」ではなく、他のメーカーで、透明なビニールで包装されている、外からみてすぐわかるカット済みのカステラがあり、それを購入して帰りました。

 「それにしても、骨のある店員さんがいるものだな」と感心し、そのスーパーに対する評価が上がったのは言うまでもありません。

 まさに「真実の瞬間」でした。


真実の瞬間」に決断せよ!

 「優れたサービス」に関する本を読むと「真実の瞬間」(Moment of truth)という言葉に出くわします。流通業界の経営者インタビューでも登場するキーワードです。

 「真実の瞬間」は、スカンジナビア航空CEO(最高経営責任者)だったヤン・カールソンが提唱したコンセプトです。カールソンが書いた『真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか』(ダイヤモンド社)に、こう書かれてあります。

 真に自分たちの会社を、顧客の個々のニーズに応える企業にするつもりなら、現場からかけ離れた部署でつくられた規則書や指示書に頼ってはならない。
 一五秒の真実の瞬間にスカンジナビア航空を代表している航空券係、客室乗務員、荷物係といった最前線の従業員にアイディア、決定、対策を実施する責任を委ねることが必要だ。
 もし、問題が起こるたびに最前線の従業員が上層部の意向を確かめていたら貴重な一五秒間がむだになり、顧客を増やすせっかくの機会を失ってしまう。

『真実の瞬間』(ヤン・カールソン ダイヤモンド社)

 15秒の短い時間でも、その企業の社員に接したお客様(顧客)は、何らかの評価をし判断をしています。授業員が失礼な態度をとれば、生涯、その企業のサービスを利用せず、製品を購入しなくなるかもしれません。クレーマーとなってネットに書き込み炎上する危険性もあります。

 反対に、心温まる態度でお客様(顧客)を満足させれば、リピーターとなって生涯を通して利益をもたらす存在(生涯顧客)になるかもしれません。

 お客様(顧客)と接する15秒という短い時間に、企業の命運を左右する「真実の瞬間」がある

 このことを、カールソンCEOは社員に訴え続け、経営危機にあったスカンジナビア航空を再生したのです。 


「ノードストローム・従業員ハンドブック」に書かれた言葉

 米国の百貨店に「ノードストローム」があります。「販売していない商品の返品を受け付けた」などなど・・・、伝説に残るサービスを提供する百貨店として有名です。

 『ノードストローム・従業員ハンドブック』に、こう記されています。

 ノードストロームの最大の目標は、顧客に最上のサービスを提供することです。皆さんには、一個の人間としても、プロフェッショナルとしても高い目標をもっていただきたいです。皆さんなら、必ず高い目標に到達できます。
 ノードストロームのルール、その一。
 当社ではいかなる場合も、決定するのは皆さん自身です。
 皆さんの優秀な判断力を駆使してください。
 それ以外、ノードストロームにルールはありません。

 『ノードストローム・ウェイ』(日本経済新聞社)

 スカンジナビ航空CEOヤン・カールソンが言う「最前線の従業員にアイディア、決定、対策を実施する責任を委ねることが必要だ」と、ノードストロームの「当社ではいかなる場合も、決定するのは皆さん自身です。」は、共通していますね。

 ノードストロームは、「それ以外、ノードストロームにルールはありません。」と言い切っています。それほど「真実の瞬間」を重視し、「真実の瞬間」を最大限に活かすために、最前線の従業員の「決断」にかけているわけです。


リーダーが「真実の瞬間」の手本を示す

 「ノードストローム」に、ベッツィ・サンダース(Betsy Sanders)という従業員がいました。彼女は、パートの販売員として働き出し、7年間で副社長になった人物です。退社後、コンサルタントとして活躍しました。

 サンダースが書いた『サービスが伝説になる時』(ダイヤモンド社)に、こう記されています。

 顧客サービスをする上で、テクニックを見習うということはない。具体的なテクニックは、リーダーの姿勢から自然と生まれてくるものである。

『サービスが伝説になる時』(ベッツィ・サンダース ダイヤモンド社)

 リーダーは部下をひとりひとり見ることはできませんが、部下たちはリーダーの一挙手一投足に注目しているものです。ですので、優れた「真実の瞬間」を生み出すためには、リーダーの日々の「働く姿勢」が重要になってきます。

 「自分で考え自分で行動せよ」と日頃から口にするのに、リーダー自身が、上司の顔色をうかがって自分で決断できないようでは、最前線で働く部下たちもそれを真似てしまいがちです。

 日々、「真実の瞬間」の模範となるリーダーシップを発揮し、それを部下たちに見せることで、組織風土に「真実の瞬間」が根づいていきます。

 カールソンCEOは、こうも言っています。

 ピラミッド機構を崩した企業では、従業員ひとりひとりの自負心を高めることが、ことのほか重要である。

 古い階層的機構の企業では、役職、肩書、給与といった、権限に関連するものを重視する。階層的機構内での“昇格”は、多くの場合、能力のある人間を重要な職務から外して閑職につけ、給与額を上げることを意味している。きわめて有能な社員が、単なる上層部の意思決定伝達役におさまってしまうことが多い。

 ……階層的機構を崩した企業では、“昇進”が必ずしも地位向上というわけではない。私は従業員に、たとえ高い地位につきものの肩書などがなくとも、何か重要な責務を課せられたときは事実上の昇格だと考えるように求めた。

『真実の瞬間』(ヤン・カールソン ダイヤモンド社)
※太字は本コラム筆者による

 書籍『真実の瞬間』(ヤン・カールソン ダイヤモンド社)は、日本で1990年に出版されました。それから30年以上、増刷が繰り返され今も読まれています。2020年代に突入した現代から見ると内容に古さを感じるものの、顧客と接する瞬間の重要性=「真実の瞬間」の価値は、未来永劫、変わるものではないですね。

会社全体として最前線の意思決定を尊重する

 私がカステラを買おうとして対応してくれたあの店員さんは、瞬間的な自分の判断で包装紙を破り始めました。

 包装紙を破いたらひとつの商品が無駄になるのですから、会社にとってデメリットです。しかし、彼は勇気ある決断をしました。自分で考えて自分で行動する「自律的社員」のお手本となりました。そのスピード感に私は感動したのです。

店員
店員

「私には権限がないので、包装紙を破いて中を確認していいか、ちょっと店長に相談してきます」

 そう言って3分も5分も帰ってこなかったら、私は、その場から立ち去っていたことでしょう。待っていたとしても「イライラ」したのは間違いありません。

 顧客に接する「真実の瞬間」に、自ら判断し行動する、そのことを経営陣がくりかえし説き、会社全体として尊重することで、高い「顧客満足」を獲得することができます。

 「真実の瞬間」は、経営陣と社員の信頼関係が強くなればなるほど、優れた実例を生み出し、企業価値を高めていきます。

(文:松山 淳)


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