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文芸評論家小林秀雄<1902年(明治35年)〜 1983年(昭和58年)>は文化勲章を受章している「知の巨人」です。対象物に鋭く切れ込んでいくオリジリティある鋭利な文体は、大正・昭和の知識人たちを刺激し、今も影響を与えて続けています。
小林秀雄の実妹である高見澤潤子の著『生きること 生かされること 兄小林秀雄の心情』(著者:高見澤潤子 海竜社)に、「感受性」に関する記述があります。
高見澤さんが「感受性を養い育てるにはどうしたらいいか」と尋ねると、兄「小林秀雄」はこう答えたと言います。
「始終、怠ることなく立派な芸術をみることだな。そして感じるということを学ぶんだ。立派な芸術は、正しく豊かに感じることをいつでも教えている。先ず無条件に感動することだ。ゴッホの絵だとかモーツアルトの音楽に、理屈なしにね。頭で考えないでごく素直に感動するんだ。その芸術から受ける何ともいいようのない解らないものを感じ、感動する。そして沈黙する。その沈黙に耐えるには、その作品に強い愛情がなくちゃいけない。」
これが小林秀雄から学ぶ感受性を育てるポイントです。よいものを見て、よいものにふれて感動する。それは芸術作品だけに限らないでしょう。「美しい自然の光景」や没頭できる趣味にも「よいものが」「よい経験」がたくさんあります。
そうすることで「何ともいいようのない解らないものを感じ、感動する」ことが可能になってくるのですね。
「感受性」を辞書でひくと、こうあります。
「外界からの刺激を深く感じ取り、心に受けとめる能力」(「大辞林 第三版」三省堂)
年齢を重ねていくと、かつて興味のあったものに興味を失い、譲れなかったものが、どうでもよくなり、仕事の疲れもあって心が擦り切れてゆくのか、だんだんと「感受性」が鈍っていくように感じます。
「感受性」というと、「芸術家の専売特許」のように思いますが、「ビジネマンに感受性は無用ですか?」と尋ねられたら、多くの人が「いや、そんなことはない」と「ビジネス感受性無用論」を否定するでしょう。
実際、仕事での経験を積んでいくと、かつてわからなかったことが現場に立つと瞬時に理解できたり、職場の雰囲気からなんとなく先のことが見通せるようになったり、顧客の醸し出す雰囲気で取引の成功・不成功が判断できたり、広範囲ではないですが、仕事に求められる専門的な「深く感じ取り、心に受けとめる能力」=「感受性」は高まっていきます。そう考えると「感受性」は、いい仕事をするためにも、やっぱり必要です。
高見澤さんはこう書いています。
人間は心の底から感心し、感動しなければよいものは創れないし、よい考えもおこらないと思う。精神的な心の才能というか、柔軟的な心、素直さ、愛情、謙遜、尊敬、兄のよくいう無私など、こういうものも才能といえるならば、批評家のみならず、人間にとって必須の才能である。
『生きること 生かされること 兄小林秀雄の心情』(著者:高見澤潤子 海竜社)p75
感動することが少なくなった人間にとって、耳に痛い言葉です。「必須の才能」と言われると逃げたくなります。でも、高見澤さんの言葉は真実だと感じます。というのも「よいものを創る」には持続力が必要であり、持続力には感情の力が求められるからです。
脳・感性研究者でブレインサイエンス・ラボラトリー所長の塩田久嗣氏に『成功脳―人生を決める「感情量」の法則』(ダイヤモンド社)という本があります。
この本には、下記のような第1線で活躍する成功者の脳を調べた結果が記されています。
🔸横尾忠則(日本を代表するアーティスト)
🔸秋元康 (放送作家、作詞家、映画監督 etc)
🔸加羽沢美濃(幼少時から注目されてきた天才ピアニスト)
その他多くの活躍する人の脳を調べた塩田氏の結論は、世にいう成功者は「感情量が多い」ということでした。「感情量」について、次のように数式化しています。
「感情反応の大きさ」とは「感動の度合い」のことです。これには「感受性」が関係してきますね。「持続時間」とは、感動した出来事を覚えている期間のことです。
成功した人は、自分が感動したことを長い間覚えており、それを「源泉」にして行動し続けていたのです。
この「源」(ソース)という考え方は、組織変革論やリーダーシップ論の世界で語られるC・オットー・シャーマー博士が提唱した「U理論」に通じるものがあります。「U理論」についてご興味のある方は、別記事で解説していますので、どうぞ。
さて、話しを「成功脳」に戻しまして、「感情反応の大きさ」というと「うわ〜すごい」「なんて、素晴らしい!」などと声に出したり、目を丸くしたり、飛び跳ねたり、ボディアクションが伴うことを想像しがちです。これは「感情」が外で表現されている外向状態ですね。
ですが、「感情」が外向ぜずとも、つまり、顔は無表情で、外から見ると冷めていて、何も感動していないように見えていても、成功者は「脳内」において強い感情反応が出ているそうです。
AKB48をプロデュースするなど長くテレビ・音楽業界で活躍し続ける「秋元康」さんを想像すると、わかると思います。テレビで見るといつも落ち着いていて、感情表現はおさえ気味です。その反対といえば「明石家さんま」さんですかね。声は大きく表情は豊かで、体全体で感情を表現します。
さて、話を「感受性」につなげていきます。塩田氏は漫画家手塚治虫をこう評しています。
手塚氏は、外からの刺激や情報を取り入れる感性に優れていた。すなわち感受性である。他人が見逃してしまいがちなものも、感受性の豊かな人は受け止めることができる。それが発想のヒントとなり、そこからアイディアやイメージが無限に広がって、最終的には独自の創造の世界へと発展していくのだ。
『成功脳―人生を決める「感情量」の法則』(塩田久嗣 ダイヤモンド社)
だとしたら、やはり「感受性」は大事ですね。脳・感性研究者の塩田氏は、「異分野の人との対話」が脳を鍛えるうえで「有効だ」と言っています。それも、常に新しい刺激を受け続けることが大事だと言います。
知の巨人、小林秀雄さんは感受性を鍛えるには「無条件に感動すること」だと言いました。異分野の人と会って話をすると、わからないことが出てきて、話につけていけなくなることもあります。だからこそ「無条件の感動」が求められるのですね。無条件であれば、話しについていけなくなっても、自然体でいられます。人間の感動が、感受性を育むのです。
小林秀雄さんは、「感動」についてこう表現しています。
「ぼくはいつでも感動からはじめた。感動というものはいつでも統一したものです。分裂した感動などというものはありません。感動している時には世界はなくなるものです。感動した時にはいつも自分自身になる、どんな馬鹿でも。これは天与の知恵だね。感動しなければ人間はいつでも分裂していますよ。しかし感動している時には世界はなくなって、自分自身になる。それは一つのパーフェクトなものです。つまりそこで感動しているものは個性というものです」
感性を磨き、鍛え、育てる。そのめには「無条件の感動」です。理由は、上の言葉からも理解できます。
本当に感動した時、人は「我」を忘れます。恥も外聞もなくなります。大ファンのチームが奇跡的な勝利をおさめた時、隣のまったく知らない人と抱き合うこともあります。映画に深く感動すると、たくさんの観客がいますが、とめどもなく涙が流れてきます。心が震える瞬間ですね。
それらの感動体験は、自分という存在の「一つのパーフェクトな」状態であり、そこに「個性」が現れているわけです。
スポーツ観戦に興味のない人が、音楽のコンサートでは大感動することがあるでしょう。自然の絶景に感動できなくても、美しい「数式」を見た時に感動して我を忘れてしまう人もいるかもしれません。
それが「個性」であり「自分自身になる」ことです。「感受性」が、私たちの「個性」と深く結びついてることはすぐに想像できますね。
「個性」ですから「感受性」は人それぞれです。それを育む方法も人それぞれ…。その中核には「感動」があり、「無条件の感動」を忘れなければ、私たちは「感受性」を高め、その力を伸ばしていくことができます。
その点、日本は非常にめぐまれています。世界の人々がなかなか目にすることのできない「何か」が、毎年、世界から押し寄せきます。2019年にラグビーW杯が開催され、2020年は東京オリンピックです。大物のアーディストたちも、日本はファンが多く、しかも世界有数の「安全な国」なので定期的に来日します。春夏秋冬の四季があり自然はとても豊かです。
自らアンテナを立てて行動すれば、いいものにふれ、新たな刺激を受けるチャンスはあふれています。「無条件の感動」をする場は、たくさん用意されているのです。
成熟した社会では、よりよい人生を送るために「感受性」が重要なキーワードになります。AI時代を迎え、今後、社会はますます成熟していきます。「無条件の感動」を心がけて「感受性」を育てていきましょう。
(文:松山 淳)
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