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他人の意見に影響を受けて、自分の意見を変える。
そんな経験は、誰もがしていることですね。幼い頃、友達と何をして遊ぶのかを話している時、「外でサッカーをしたい」と思ったけど、「家でゲームをやりたい」と「みんなが言うので」、ゲームをすることにした。会社の会議で、営業戦略が提案されて、A案がいいと思ったけど、「B案がいい」と「みんなが言うので」、反対意見は言わず、しぶしぶB案に賛成した。
その場にいる自分以外の複数人の「意見」「考え」に影響を受けて、それに合わせてしまう心理を「同調」といいます。
また、その場において、人を「同調」させるように働く力を「同調圧力」といいます。
「A案がいい」と思っていたのに、みんなに合わせてしまったのであれば、その人は「同調圧力」を受けて「同調」したと考えるのが、社会心理学です。
この「同調圧力」に関する有名な実験があります。心理学者ソロモン・E・アッシュ(Solomon Eliot Asch)によって行われた「アッシュ実験」です。
「アッシュ実験」は古典的な心理実験に分類されるものの、「同調」に関する人間心理を、とてもわかりやすく明らかにしてくれていることから、今でも、とても参考になる実験結果といえます。
このコラムでは、「アッシュ実験」がどのようなもので、そこからどんなことが言えるのかを、お話ししていきます。
「1+1は、いくつでしょうか?」。これを間違う人はいないですね。答えは「2」です。では、あなたが会議室にいて、10人の人に囲まれて、その10人の人が、順番に全員「3」と自信満々に答えていったら、あなたはどう感じるでしょうか?
そう混乱してしまい、あなたの番がきて、つい「3」と答えたら……それが「同調」という心理です。
これと同じような実験を、心理学者ソロモン・アッシュは行いました。
ここから、あなたを実験の被験者と想定して話を進めましょう。
実験を行う会議室に、あなたは到着しました。会議室には7人の学生が先に座っていました。あなたを含めて全員で8人です。試験監督官が現れ、問題に答える順番を決められます。あなたは、最後から2番目に答えることになりました。
皆が席につくと、試験官が2つのカードを見せます。
問題はとても簡単でした。「左のカード」にある「線」と、同じ長さものを「右のカードの中から選び出しなさい」というのです。
一瞬、考えはするものの、上のカードでは、明らかに「C」が正確です。
会議室にいる学生は、決められた通りの順番で、ひとりひとり「C」と答えていきます。あなたの番がきました。「Cです」と答えます。最後の人も「C」と答えました。
2回目に出されたカードも、長さが明らかに違っていて、皆が同じ答えをして、全員正解となりました。
さて、3回目です。あなたがカードを見ると、正解は「A」でした。全然、長さが違います。「また、みんな正解するだろう」と思っていたら、最初に答え人は「C」と答えました。「あれ?、おかしいな」と、あなたは思いますが、次の人も「C」、その次の人も「C」と答えます。あなたが答える前の人たち全員が「C」と答えました。
さあ、どうしましょう。正解は明らかに「A」です。でも、みんなは「C」だと言っています。あなたは、どう答えますか?
カードの組み合わせは12通りあります。つまり、あなた(被験者)は12回問題が出され、12回問題に答えることになります。
もちろん、間違った答えをしているのは、実験の内容を事前に知っている「さくら」であり、わざと間違えています。
さて、同調圧力を受けて、間違った答えを口にした人は、どのぐらいいたのでしょうか?
『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(スミス,ジョアンヌ・R. ハスラム,S.アレクサンダー 新曜社)によると、この実験の結果について、アッシュ博士は、論文にこう書いたと記されています。
「通常の状況では、同じ長さの線分を回答する課題で間違える人は1%にも満たない。しかし、集団圧力がある場合には、選択の36.8%で、少数派である参加者は多数派による誤った判断を受け入れた」(Asch,1955 pp.32-33)
『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(新曜社)p99
アッシュ博士は、被験者を1人にして、この問題に答えさせています。その結果では99%以上の人が正解だったのです。それほど簡単な問題なのです。
それになのに、「同調圧力」にされされると、誤回答率が36.8%になったのです。12回出された問題に、一度も間違えなかった人は、全体の25%にすぎませんでした。75%の人が「同調圧力」を受け、何らかの形でミスリードされてしまったのです。
下のグラフがその結果です。
「1+1=2」。この問題ほど簡単とは言いません。でも、ひとりでやれば間違う人が1%未満の簡単な問題にかかわらず、その場にいる人に合わせて、間違った答えを言ってしまう人が、確かにいたのです。
その数は、アッシュ博士が、実験前に予想していたよりも、多くの人たちでした。
では、間違った人たちは、なぜ、間違えたのでしょうか。どうして、違った答えを言ったのでしょうか。『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(新曜社)にある言葉をピックアップして、箇条書きにしていみます。
- おろかだと見なされたくなかった
- 1人だけ逸脱したくなかったから集団に従った
- 研究の結果を台無しにしたくなかった
- 最初に誤った反応をした人は視覚障害者に違いないと信じた
- 一人目をバカにしないように次の人たちは同調していたのだ
『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(新曜社 p105)の記述をもとに整理.
実験後、間違った答えをいってしまった被験者の「声」を聞くと、2つのパターンが見えてきました。
2)みんなが正しい答えを言っていて、自分が間違っていると思うようになった。
1)の場合には、「同調圧力」に対して「抵抗」する心理が残っているといえます。「自分は間違っていない」と思えているのですから、周りが「間違っている」と、事実を認識できているのです。
2)のケースは、「同調」の程度が、1)よりも、さらに「高い」といえます。実験を繰り返していって、みんなが自分とは違う答えをいうので、だんだと「自分は間違っていて、彼らが正しいに違いない」(p105)と信じるようになってしまったのです。
ある同調圧力に屈してしまった人は、実験後、こういっていました。
彼らは全員あまりにも礼儀正しいから、明らかに視覚障害を持っているかわいそうな1人目の反応に異議を唱えることができなかったのだ
この言葉は自分が間違ったことの「理由」です。よく読むと、この人の自分勝手な想像だと気づきます。勝手にそう解釈し思い込んでしまうことで、「同調圧力」に飲み込まれていったといえます。「視覚障害者」ではなく、普通に目の見える人たちだったのですから…。
「自分勝手な解釈」や「思い込み」をしやすい人は、「同調圧力」に屈しやすい傾向があるといえるでしょう。
アッシュ実験は、同調した人のことが、よく解説されていて、そこで終わっているものが多いですね。でも、お気づきのように25%の人たちは一度も間違えなかったのです。つまり「同調圧力に抵抗できた人」がいた事実を忘れてはいけません。抵抗できた人たちの心理に触れるのが博士というものですね。
アッシュ博士は「抵抗者」の声も分析していて、これにも2つのパターンが見えてきました。
2)多数派が正しいとは思っているものの、自分が見たままのものを言わずにはいられなかった。
1)のパターンの人は、自分の答えに自信があり、自分が誤っていないことに強い確信をもっていました。実験後のインタビューで「誰が正しかったかと思いますか?」と問われ、「まったく疑うことなく、今でも私は自分が正しいと信じています」(p105)と答えています。
2)のケースは、自分の「知覚」(見たもの)に対する信頼度の高さを意味しているのでしょう。「多数派が正しい」とは思っていたので、迷いはあるのです。迷いはあるのですが、「どう考えてもAが同じ長さに見えて、自分は間違っていない」という「自己信頼感」がぎりぎりのところで、同調圧力に「抵抗する力」を生み出したと考えられます。
同調圧力に屈しなかったある人は、実験後、こういっていました。
この混乱した状況で私ができる最善策は、自分の眼を信じることです。
この言葉から推測できるのは、この人が「他人の意見」よりも「自分の正しさ」に焦点を合わせる思考タイプ型の人物であることです。また、その「自分の正しさ」をいかに貫くかに、日頃から心のエネルギーを使う人であるということです。
こう考えると、同調圧力に「屈した人」と「屈しなかった人」の性格タイプを知りたいのですが、その点は、触れられていません。
今回、コラムに書くにあたって資料を読み、次の2つの新たな発見がありました。
- 25%の抵抗した人たちの声
- 「同調」は人間の弱さに直結するものではない
アッシュ実験は、「同調」に関する心理実験として有名です。その語られ方は、「多くの人の意見を前にすると、人は集団に負けて自分の意見を簡単に変えてしまう」と、人間の「弱さ」に焦点をあて結論づけられるのです。
でも、アッシュ博士は、必ずしも、人間の「弱さ」ばかりを強調したかったわけではありません。
25%の抵抗した人の声も取り上げています。もし、この点を後世の社会心理学者たちがクローズアップしていたら、アッシュ実験は、「集団に対する抵抗の実験」として有名になっていたことでしょう。
さらに、博士は「同調」=「弱さ」とは考えていないのです。アッシュ博士は、こういっています。
「個人は、他者と共有している世界を経験するようになる。彼は彼自身が他の人と同じように環境に含まれていると存在だと知覚する。そして、他者と環境との関係は自身と環境との関係と同じであると気づく。彼は自身が他者と同じ対象に集中し、その同一の特徴に反応していることに気づく。共同行為や相互理解は、わかりやすく、構造的に単純なこの関係性が必須である。これらによって、集団に「引き寄せられる」ことが理解可能になる」(1952 p.484)
『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(新曜社)p107-108
一回、読んでもすっと頭に入ってこないのですが、博士が言いたいことは、次のようなことです。
みんなの意見を合わせてしまうことを、心理的な「弱さ」ともいえますが、見方を変えれば、その場の調和を尊重して、他人を気づかう人間の「美点」の現れともいえます。
同調してしまった人は「弱い」。抵抗できた人は「強い」。
もし、アッシュ実験をそんなステレオタイプ的なとらえ方をしていたら、アッシュ博士の真意をとらえ損ねることになるでしょう。
博士は、この実験を通して、人間の「弱さ」を証明しようとしたのではなく、同調にメカニズムに隠された人間の「美点」を理解し、また同調圧力に抵抗する心理を示すことで、人間の「大きな可能性」を証明しようとしたのです。
「アッシュ実験=同調=人間の弱さ」という見方は変えていく必要があるでしょう。
最後に博士の言葉を記して、このコラムを終えます。
(文:松山 淳)
『社会心理学・再入門―ブレークスルーを生んだ12の研究』(新曜社)p111