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2015年7月に、仕事で東広島を訪れたことがあります。「東広島青年会議所」から講演の依頼があり「リーダーの条件」について、経営者・次世代リーダーの皆様の前でお話しする機会をいただきました。
その翌日は、「性格検査MBTIを活用した研修」をある会社で実施して頂き、充実した2日間となりました。MBTI研修は開始が13時からだったので、午前中、東広島の中心となる「西条」の街を案内していただきました。
「西条」は日本酒の蔵元が軒を連ねています。「西条」ほど蔵元が密集している地域は他になく、日本で唯一の土地です。オバマ大統領が来日した際、安部首相と銀座の寿司店「銀座久兵衛」で食事をしました。この時出された日本酒が「西条」のものです。
蔵元の多くは、明治、大正の創業でまさに「老舗」です。当時の建物が今も残り、風情にあふれる街並みを目にすることができます。
「亀齢酒造」の方にアテンドしていただき、数カ所の蔵元を訪ねました。「賀茂泉酒造」では、大学の同窓という縁があり、敷地内の貴重な枯山水庭園を見ることもできました。
暖簾(のれん)を今に守り、かといって伝統にあぐらをかいていません。日本酒という文化を「後世に伝えていこう」とする強い気概を感じました。
日本は、老舗大国です。その数は、他国を圧倒しています。
『創業三〇〇年長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(田久保善彦 グロービス大学院 東洋経済新報社)によりますと、日本の老舗の数は次の通りです。
・創業100年:20,000社以上
・創業200年:1,100社以上
・創業300年:605社
・創業1,000年:7社
『創業三〇〇年長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)より
創業200年を超える会社は、全世界で日本が43%を占めています。次いで、ドイツ22%、フランス5%となります。いかに長寿企業が、日本に集中しているかが理解できます。
世界で最も古い会社は日本にあります。主に寺社仏閣の建築を手がけてきた「金剛組」です。創業は飛鳥時代で、西暦578年。1440年以上の歴史があります。
聖徳太子の命令で、百済から3人の工匠が招かれ「四天王寺」(大阪)が造られました。3人の内ひとりが「四天王寺」に残り、仕事を続けます。その人物が「金剛組」の創業者「金剛重光」です。
それ以降、度重なる経営難を乗り越えて、現在に至ります。近代での最大の危機は、コンクリート工法を取り入れ、マンションやオフィスビルの一般建築の仕事を手がけ、事業を拡大したために起きました。
多額の負債を抱え込み、2005年、倒産寸前でした。この危機を大阪の「髙松建設」が救います。
「髙松建設」と「金剛組」は取引があったわけではありません。当時の会長髙松孝育氏が「金剛組」の危機を知り、会社を訪れます。宮大工の国宝級の技を目にし、「金剛組を潰したら大阪の恥や」と、「心意気ひとつ」で支援を決めたのです。
まさに大阪商人らしい「なにわ節」の支援があって「金剛組」は、存続することができたのです。髙松会長のような「利他の心」をもつリーダーのいることが、日本企業の強みであると痛感します。
リクナビの「【聖徳太子の命で創業】世界最古の会社・金剛組の倒産危機を救った国宝級の匠技となにわ節」の記事で、インタビュー当時(2014年)、社長だった刀根健一氏は、長寿企業の共通点を指摘しています。
昔から変わらないことを、ずっとやり続ける普遍性だ。1000年企業の稼業である、華道、仏壇、和菓子、温泉などは、時が経ても変わらない、昔ながらの手法を守り続けている。金剛組が行う社寺建築の様式も、和洋・大仏様・禅宗様・折衷様の4パターンで、その時々の時代背景により変化してきているが、軒の反りや曲線、彫刻などの伝統美は変わっていない。
「【聖徳太子の命で創業】世界最古の会社・金剛組の倒産危機を救った国宝級の匠技となにわ節」( リクナビNEXTジャーナル)より
グローバル化し、規模の拡大を追求するのも企業発展の道ならば、時間軸という観点から、100年単位の視野をもって、末長く、会社を後世に残していくのも意義ある発展です。
時を越えて存続する「老舗」になるためには、「昔から変わらなことを、ずっとやり続ける普遍性」が最大のポイントです。と同時に、「その時代の時代背景により変化」を重ねていくことを忘れてはなりません。
「普遍」とは「全体に広く行き渡ること。例外なくすべてのものにあてはまること」であり「ある範囲のすべての事物に共通する性質」です。
「金剛組」刀根健一氏の発言から、「老舗」が存続する理由として2つのポイントがわかります。
①普遍性:「昔から変わらなことを、ずっとやり続ける普遍性」
②変化/変革:「その時代の時代背景により変化」
西条の蔵元でも、日本酒の味を究め続けることはもちろんのこと、酒づくりの技術を活かした新たな商品開発を行うなど、「小さな変革」を継続していました。亀齢酒造では、吟醸酒粕入りの肌に優しい石鹸が、販売されていました。
2005年から10年にわたり、経営情報誌『戦略経営者』(TKC出版)へ連載内容をまとめた『老舗の訓えに学ぶ先人の知恵』(パブフル)があります。著者の前田智幸氏は「老舗」についてこう書いています。
「古いのれんを守りながら、安住せず、確固たる信念を持ち時代に即応して、努力を惜しむことなく普段のチャレンジをしていくことこそ老舗の真骨頂である。伝統とは鎖のようなものである。一つ一つの輪の形も大きさも違うが時代の荒波に耐えて連綿として長い鎖を形成してきた結果を人は老舗という。その意味で伝統とは革新の連続である。」
『老舗の訓えに学ぶ先人の知恵』(前田智幸 パブフル)
「革新なくして老舗なし」
時代にあわせて革新を続けるから伝統は守られます。某テレビ局で放映された、「老舗」の特集番組を観たことがあります。ある老舗の和菓子店の店主が登場し、「商品そのものは創業当時から変わらないのですが、その味は、時代にあわせて微妙に変えてきています」と言っていました。
これぞ「普遍性」と「変化/変革」ですね。
2015年、東京商工会議所が発表した『長寿企業の訓え~長寿企業における変革・革新(イノベーション)活動~』という「長寿企業」に関する調査結果があります。東京23区内の創業100年以上の会社が対象です。調査結果は、東京商工会議所のホームページからダウンロードできます→(クリック)
さて、最も興味深い質問は、やはり、「なぜ、100年以上もの間、会社やお店が消えずに存続できたのか?」ですね。「なぜ存続できたのか」に対する答えは、次の通りになっています。
《存続してきた最大要因は「改善・改良」》
長寿企業が今日まで存続してきた最大の要因は、これ までの伝統を活かしつつ、改善改良に取り組んだから
◇創業時の製品・サービス等を守りつつ、時代のニーズ等にあわせて改善・改良した(71.3%)
◇創業当時の製品・サービス等を変えて新しい製品・サービス等を開発した(17.9%)
長寿企業の訓え~長寿企業における変革・革新(イノベーション)活動~』
東京商工会議所2015年発表
上記、2つの項目を合わせると、約9割が「変化/変革」を、事業存続の理由としてあげているのです。
では、「普遍性」に対応する「変えずに守り抜いていることは」何だったのでしょう。
《信用第一と本業を重視》
長寿企業は、信用を第一に考え、本業や中核となる事業 を重視して長きにわたり経営を行ってきたと考えられる。
◇信用第一・コンプライアンス重視 (75.9%)
◇本業・中核事業重視 (73.1%)
◇経営理念(社是・社訓) (62.9%)
長寿企業の訓え~長寿企業における変革・革新(イノベーション)活動~』
東京商工会議所2015年発表
この結果を見ると、「普遍性」に関連する項目が並びます。創業以来、築き上げてきた「信用」「本業」「経営理念(社是・社訓)」を守り続けてきたわけです。この3つは、時代を超える普遍的な要素です。
ちなみに、2008年、帝国データバンクが行った「特集 伸びる老舗、変わる老舗」という調査で、「今後も生き残るために必要なもの」への回答結果が、次の通りです。
◇「信頼の維持、 向上」 (65.8%)
◇「進取の気性」(45.5%)
◇「品質の向上」 (43.0%)
「特集 伸びる老舗、変わる老舗」帝国データーバンク2008年発表
調査時期や質問の仕方は違えども、帝国データーバンクの調査でも、老舗が存続していくための必要条件として、「信用第一」に通じる「信頼の維持、向上」が1位になっています。
「進取の気性」(45.5%)と「品質の向上」 (43.0%)は、「変化・変革」に関連することです。
また、興味深い調査が、「老舗として重要視すべきことを漢字一文字で表現すると? 」です。この調査は814社から回答を得ていて、結果が次の通りです。
◇第1位「信」(197社)
◇第2位「誠」(68社)
◇第3位「継」(31社)
◇第4位「心」(28社)
◇第5位「真」(24社)
「特集 伸びる老舗、変わる老舗」帝国データーバンク2008年発表
第1位の「信」の字が、197車で、ひとつ抜き出ています。「誠」の字も「信頼・信用」をつくるのに必要な要素と考えられます。
全国に展開している「大丸百貨店」も老舗中の老舗です。創業は江戸時代1717年〈享保2年〉です。経営理念「前義後利」は有名です。「利益は後でもいいから、正義を先にする」ということですね。
大丸百貨店の原点は、下村彦右衛門正啓が創業した呉服店「大文字屋」(京都伏見)です。創業以来、大丸下村家は、今でいう法令遵守(コンプライアンス)を家訓として重視していました。
『老舗の訓えに学ぶ先人の知恵』(前田智幸 パブフル)から、その一部を引用いたします。
一. 天下のご法度を遵守するべし。こんな事は誰もがすることだから、かまわない、知れることもないし、お調べもない事だ、などと言う者もいるが当主の最も嫌いな言葉である。堅く守ること。
一. 公正、公平を第一に、物事を判断するようにして務むる事。むやみに功績をあせらず、自然体で動く事。功績を焦れば、やがてはご法度や家法を犯し、それまでの実績をことごとくなくす事になる。それをよくわきまえておく事。
一. 家訓を忘れたり、失敗をしたりすることは誰にでもある事なのに、それを隠そうとするのは思い違いである。誤りを素直に認めて改めることに何の障害もないはずである。
こうして読むと、今を生きるビジネスマンが心掛けたいことであり、現在の企業理念として十分に通用するものです。商売(ビジネス)をしていく上で、大切なことは、時代が変わっても変わらないものですね。
大丸には有名なエピソードがあります。1837年(天保8年)に起きた「大塩平八郎の乱」の時です。
江戸時代はたびたび飢饉が起こりました。大塩平八郎の乱も、飢饉が原因です。多くの民衆のファ飢えている時に、豪商たちが米を買い占めて、価格を吊り上げたのです。
これに怒ったのが大塩平八郎です。平八郎は、大坂町奉行所の元与力。門人たちと大阪で蜂起し、豪商の米蔵を次から次に襲っていきました。大丸呉服店も豪商のひとつ。大丸呉服店を襲撃しようとした時、平八郎が「ここは義商なり、かすむべからず」と門人にいって、難を逃れたのです。
この事実から、大丸呉服店で働く人々が、家訓を守り、日頃から「前義後利」を、しっかりと実践していたことがわかります。
「ブラック企業」の反対の言葉として「ホワイト企業」があります。社員、取引先、地域住民など、その企業に関係する人々を指して「ステークホルダー」といいます。「義商」とは、多くの「ステークホルダー」から信用されている「ホワイト企業」といえるでしょう。
江戸時代の商人にも悪行をして利益をあげている輩が存在していました。そう考えると、「大丸呉服店」は模範的な「ホワイト企業」だったのでしょう。
「信頼・信用」は、普段は目に見えません。それを日頃から実感することも難しいです。だから、つい軽視しがちです。でも、大丸呉服店のエピソードのように、築き上げた「信頼・信用」は、いざという時にお店や会社を守ってくれるのです。
「金剛組」が髙松会長の「心意気ひとつ」で存続できたのも、国宝級の匠の技で寺社仏閣を作り上げてきた確かな実績に裏打ちされる「信頼・信用」があったからです。
「老舗」として「信頼・信用」を築くことが「のれんを守る」ことになります。「信頼・信用」を築くために、「本業」を重視しつつも、時代にあわせた「変化・変革」を重ねていくことが求められます。
規模を追求してグローバル企業にならなくても、創業100年を超える「老舗」になるのも企業経営の醍醐味です。
①普遍性:「昔から変わらないことを、ずっとやり続ける普遍性」
②変化/変革:「その時代の時代背景により変化」
③信用/信頼:「多くのステークホルダーに対して正義を貫く」
(文 松山淳)