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現在、日本で幅広い世代に人気のある漫画といえば『ONE PIECE』(尾田栄一郎 集英社)ですね。94巻まで単行本が刊行され(2019.10月現在)、全世界での累計発行部数は億4千5万部(2019.3月現在)を越えました。2015年には「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」として、ギネス世界記録にも認定されています。
「ONE PIECE」とは、伝説の海賊王G・ロジャーが遺した「ひとつなぎの大秘宝」のことです。その秘宝をめぐり海賊たちが戦いをくり広げる「大海賊時代」が物語の舞台となっています。
主人公モンキー・D・ルフィーは「海賊王になる」と宣言し、「ひとつなぎの大秘宝」を目指して独りで海へ漕ぎ出しています。そして、旅の途上で出会う登場人物を自らの海賊団「麦わらの一味」へと引き込んでいくのです。
海賊狩りの異名を持つ剣豪ロロノア・ゾロ、優れた航海士ナミ、臆病者だが腕のたつ狙撃手ウソップ、巧みな足技で敵をなぎ倒す料理人サンジなど、仲間は物語を追うごとに増えていきます。
このストーリー・パターンは昔話「桃太郎」と同じですね。桃太郎は犬、猿、キジを仲間にしながら、最後、鬼退治をして「村人を救う」というビジョンを実現します。桃太郎は「きびだんご」を交換条件として仲間を巻き込んでいきますが、巧みな心理描写のある『ワンピース』はそう単純ではありません。
では、なぜルフィーは仲間を巻き込むことができるのでしょう?
なぜ、ルフィーに仲間はついていくのしょう?
この問いへの答えを探すことが、「リーダーの条件」を考えることになります。ここでは、ルフィの「リーダーの条件」を次の3点に整理して話を進めていきます。
- ビジョンへの本気度
- 強い仲間への想い
- 深い自己理解
それでは、上に掲げたリーダーの条件について、『ONE PIECE』の主人公ルフィの言動を参考にしながら、ひとつひとつ見ていきましょう。
ルフィが海賊になるのを決意したのは、幼い頃に海賊「赤髪のシャンクス」に命を救われたからです。この時、巨大な海の怪物が襲いかかり、ルフィを守ろうとしてシャンクスは片腕を失います。ルフィを抱きながらシャンクスは言いました。
「腕の一本ぐらい」
「無事でよかった」
『ONE PIECE』1巻
シャンクスのような強い男になりたい。幼い日に抱いた海賊への淡い憧れは、「未来に実現したい具体的な夢」(ビジョン)となりルフィを突き動かしていきます。
ルフィが「海賊王になる」と口にするのは、無名の少年野球選手が「大リーグでホームラン王になる」と宣言しているようなものです。「何バカなことを言っているんだ」とせせら笑われてもおかしなくない「ビジョン」です。
ですが、ルフィは、出会う仲間や敵に対しても平然と「海賊王になる」と言ってのけます。決してぶれないんですね。海賊船雑用係の少年コビーにビジョンを徹底的に否定された時、ルフィはこう言っています。
『ONE PIECE』1巻
ルフィの「本気度」が伝わってくるセリフです。不可能と思われる大きなビジョンが描けば、バカにして笑う者が出てきます。でもリーダーが「本気」であれば、共にその夢にかけてもいいと思う者も出てきます。それが「ゾロ」であり「ナミ」であり「サンジ」という仲間でした。
ホンダ創業者本田宗一郎は、まだ会社が小さい頃、ビール箱を台にして社員の前に立ち「世界で活躍する企業になる」と叫んでいました。まだまだ零細企業だった東京通信工業(現ソニー)の設立趣意書には、「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」とあります。
「海賊王におれはなる」。
これは実現不可能に思えるビジョンです。しかし、人が引きつけられるのは、ビジョン実現の可能性よりも、リーダーのビジョンに対する「本気度」です。
そう問い続けることが、リーダーシップに力を与えます。「どうせ無理でしょ」といつもあきらめ半分のリーダーと、「なんとか実現したい」と謙虚に努力を欠かさないリーダーとではどちらを信頼し、どちらについていきたいでしょうか。答えは言うまでもありませんね…。
本気のリーダーに、多くの人は魅力を感じるのです。
それがルフィです。
『ワンピース』の女性キャラクターで、最も重要なポジションを占めるのが航海士ナミです。
ルフィと初めて会った時、ナミは海賊専門の泥棒として海を渡り歩いていました。1度ルフィの仲間になりますが、突然、姿を消してしまいます。ナミは魚人の海賊団アーロン一味のメンバーだったのです。
これには理由がありました。ナミが生まれた村は、極悪魚人アーロンに支配されていました。「1億ベリーで村を譲る」。そうアーロンはナミと約束していたのです。だからナミは、アーロン一味のメンバーとなり盗みを働いていました。
しかし、アーロンとの約束は破られ、村は襲われます。怒ったルフィはゾロ、サンジ、ウソップと力を合わせて魚人海賊団と戦いをくり広げます。最後ルフィはアーロンと一騎打ちとなり、激闘の末、勝利します。体から血を流す姿で、ルフィは絶叫しました。
「お前はおれの仲間だ!!!」
『ONE PIECE』11巻
心を動かされる瞬間です。
リーダー「ルフィ」が仲間を思う気持ちは、とても強いものがあります。怒りを露わにし、恐ろしい形相になるルフィが描かれる、その多くは、仲間を傷つけられた時です。
リーダーが仲間のために憤り、自らの存在を投げ打って戦う。この時、人は心を動かされ、このリーダーについていこうと思います。リーダーとフォロワーとの絆が深まる瞬間です。
これは現実の世界でも同じですね。リーダーが「仲間のために仲間を想って戦うのは、リーダーシップの原点であり本質です。
魚人アーロンとの激闘のさなかで、ルフィーにこんなセリフがあります。
「おれは剣術を使えねェんだ」
「航海術も持ってねぇし!!!」
「料理も作れねェし!!」
「ウソもつけねェ!!」
「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」
『ONE PIECE』11巻
剣術ではゾロが上で、航海術ではナミに敵いません。サンジのようにうまく料理は作れず、ウソップのように巧みなウソをつけません。
ルフィは、個としてリーダーの完璧さを求めるのではなく、「弱み」を前提として、他人から助けてもらえるリーダーを目指します。その結果、チーム(仲間)の絆を強く太いものにしていきます。
自分の「弱さ」を認めて「強み」に変える。
これがルフィ流のリーダーシップです。自分の弱みをさらけ出すからこそ生まれるリーダーの逆説的な力といえます。
リーダーシップとは社会心理学で「影響力」と定義されます。
自分がどのような「強み」「弱み」を持っていて、どのような影響を周囲に与えているのか。それを言語化・意識化して行動変容へと結びつけていくのがリーダーシップを磨くひとつの手法です。
私は世界の企業が導入するMBTI®自己分析メソッドを活用する研修を実施しています。深い自己理解に至り、自己変革をとげるリーダーに出会うたびに、自分の「強み」「弱み」を知っておくことの重要性を痛感します。
日本人の心をとらえるルフィは、自分が「できること」と「できないこと」を理解していて、「弱み」を「強み」に変えられるリーダーでした。
彼(敵)を知り己を知れば百戦危うからず。
「孫子の兵法」ですね。敵だけでなく、己を知ることの重要性は2000年以上の時を越えて語り継がれてきました。
日本だけでなく世界の人々の心をとらえるルフィです。ルフィ流のリーダーシップから学ぶことは、まだまだありそうですね。
(文:松山淳)
参考文献:『ONE PIECE』(1,10,11巻 尾田栄一郎 集英社)