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「学習する組織」(Learning Organization)
1990年代、この言葉を世界に広めたのがマサチューセッツ工科大(MIT)教授であったピーター・センゲ(Peter M.Senge)です。彼が「学習する組織」について書いた『最強組織の法則』(原題:The FIFTH DISCPLINE)は、欧米でベストセラーになりました。
ピーター・M・センゲは、スタンフォード大で学び、その後、マサチューセッツ工科大(MIT)で博士課程研究を行った人物です。MITで研究を始めた頃、彼の興味は地球規模の諸問題を解決する公共政策にありました。しかし、MITで変革精神に満ちた経営者と触れ合うようになると、彼は企業経営の場を研究対象にしていきました。
これが1970年代半ばのことで、戦後の復興から見事に立ち上がり、高度経済成長を続ける日本企業が、米国で存在感を高めていた時代です。
1979年、社会学者エズラ・ヴォーゲルが書いた『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』が世に出ました。日本型経営を高く評価した著です。
1980年代初頭、米国経済はかつての輝きを失っていました。そこで、米国市場を席巻する日本企業の「強さの秘密」に活路を見出そうとしていたのです。当時、米国人が着目した日本企業の「強み」のひとつに「家族主義経営」があります。
互いを家族のように思い合う強い絆に結ばれた社員たち、そこから生まれるチームワークの強さが、日本企業の組織には定着していました。
今や世界共通言語となったトヨタの「カイゼン」活動は、よい車を作ろうとした社員の自主的な活動から始まっています。ヴォーゲルは、日本企業の強みとして、仕事における日本人の学習意欲の高さを指摘しています。
日本型経営の「強み」を吸収していくプロセスで、「組織文化」「チームワーク」「ロイヤリティ(忠誠心)」など、組織が生み出す「目に見えない力」に関心が高まっていきます。
チェスター・バーナードは、経営学の名著『経営者の役割』で、こう言っていました。「協働する人々の間では、目に見えるものが、目に見えないものによって動かされる。」(『経営者の役割』ダイヤモンド社 p217)
『経営者の役割』は、1938年の出版です。組織にとって大切なことは、時代を越えるのだと痛感します。
センゲが80年代に「目に見えない力」の一形態である「学習する組織」の研究を重ねていったのも「時代の求め」にマッチしていたと言えます。80年代が終わり、1990年『最強組織の法則』が世に出ます。
ピーター・センゲは「学習する組織」の代名詞的存在になっていますが、実は、これには元祖がいるのです。「学習する組織」の原型は、組織行動学者であるクリス・アージリスとドナルド・ショーンの共著『組織学習』(原題:Organizational Leraning)にあります。
1978年出版のこの著で、かの有名な「シングルループ学習」「ダブルループ学習」の考えが記されています。
この2つの違いを説明するのに「サーモスタット」の比喩を、アージリスは用いています。「サーモスタット」とは、設定した一定温度を維持する装置ですね。
仮に設定温度を20度にしたとします。この「20度を維持する」という目標を達成するために、その温度変化を常に学習し続けるのが「シングルループ学習」です。
これに対し、「そもそも設定温度が20度でよいのか?」という前提条件を疑う根本的な問いを発して学習していくのが「ダブルループ学習」です。
例えば、売上目標が1千万円の時、「1千万円をいかに売り上げるか」と、定められた目標に焦点をあてて「戦術」を考察するのが「シングルループ学習」です。目標の設定額を「そもそも一千万円でいいのか?」と、前提から疑い「戦略」を再構築することが「ダブルループ学習」といえます。「シングル」「ダブル」双方の学習ループがあって組織は正常に機能していくのです。
アージリスは「ハバード・ビジネス・レビュー」に掲載された論文『「ダブル・ループ学習」とは何か』でこう書いています。
組織学習とは誤りを見つけ、修正するためのプロセスである。ここで言う誤りとは、学習を妨げる情報や知ったかぶりを指す。既存の方針を維持・継続したり、目的を達成したりするプロセスは「シングル・ループ学習」と呼ぶことができる。
「ハバード・ビジネス・レビュー」(2010.2月号)
『「ダブル・ループ学習」とは何か』
ピーターはセンゲは、「学習する組織」について、次のように述べます。
「 人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる組織、革新的で発展的な思考パターンが育まれる組織、共通の目標に向かって自由にはばたく組織、共同して学ぶ方法をたえず学びつづける組織である 」
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p9-10
そして、「学習する組織」を実現する5つの要素を示し、これを「ディシプリン」と呼んでいます。「ディシプリン」というと「規律」「懲罰」という意味もありますが、ここでの「ディシプリン」は、センゲ曰く「学習し習得するべき理論および技術の総体であり、実践されるべき課題である」(p19)とのことです。
- システム思考
- 自己マスタリー
- メンタルモデル
- 共有ビジョン
- チーム学習
「学習する組織」を実現しようと思ったら、この「5つのディシプリン」を実践していくことが、欠かせないわけですね。
では、ここから「5つのディシプリン」について、ひとつひとつ、簡単に説明していきます。
「システム思考」は、他の4つを統合する役割を果たし、「学習する組織」の土台となる標準装備される思考方法です。
センゲは、「システム思考」をこう説明しています。
「システム思考とは、複雑なシステムの根底にある「構造」をとらえ、影響力の大きい変化と小さい変化を識別するためのディシプリンなのだ」
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p92
人の体は部分の変化が即、他の変化につながる「構造」をもっています。
足裏のツボを押すことで、頭痛が軽減したり、胃の調子が改善されたりします。これが人体の「構造」です。「頭痛に効くツボ」と「胃に効くツボ」は違っていて、足裏の「ある場所」と決まっています。
では、最初にこれを発見した人は、どうしたのでしょうか?
恐らく、何度も何度もツボを押しては、記録をとり、そこに「パターン」を見出していったのでしょう。
人間の体は「複雑なシステム」ですが、どのツボがどの病に効くのか、そのパターンを学習することで「構造」が明らかになります。うまくいけば、ひとつのツボを押すことで、悩ましい体の症状を取り去ることができるのです。「構造」を見抜くことで、問題解決をシンプルにすることができます。
「われわれは気づかぬ構造によって拘束されているのだ。だからこそ、逆に、自分たちの活動の場となっている構造を把握できるようになれば、見えない力から解放され、その力を利用したり変えたりできる第一歩となるだろう」
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p92
人が働き多様な仕事のある組織も複雑なシステムです。
と同時に、そこには「構造」があるわけです。ですから、問題が発生する度に、そのパターンを学習していけば、組織という「構造」の生み出す問題を解決できる「ツボ」が発見できて、よりパワーのかからない方法で、問題に対処できるようになります。
そのためには、全社をあげての「組織的な学習」が必要になるというわけです。
「学習する組織」といった時に、果たして学習するのは誰でしょうか。組織そのものは学習しません。組織は概念に過ぎません。学習するのは社員であり従業員です。学習する社員・従業員がいて「学習する組織」は成立します。
ですので、「学習する組織」には、「学習する個人」が必要です。
「自己マスタリー」 とは、個人の成長と学習のディシプリンに対して使う言葉だ。自己マスタリーの高いレベルに達した人たちは、たえまなく自己の能力を押し広げ、自らが本当に探し求める人生を創造しつづけている。継続的な学習を追求することによって、学習する組織、ラーニング・オーガにゼーションが生まれるのだ。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p167
自己マスタリーの「マスタリー(mastery)」は、「熟達」を意味します。自己に熟達するとは、人間として成長していくことです。
センゲは「自己マスタリー」には、2つの活動があると言います。
❷どのようにすればいまの現実の姿がもっとはっきりと把握できるようになるか、学習しつづけること。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p167
❶は個人の「価値観」のことであり、❷は、よりリアルな現状把握をするための学習意欲のことですね。
自己マスタリーを高めるためには、ビジョン(望んでいること)を明確にし、それと現実の狭間で起きる「クリエイティブ・テンション」(創造的な緊張関係)に身をおき、学習を継続させていくことが重要だと、センゲは指摘しています。
「メンタルモデル」とは、われわれの心に固定化されたイメージや概念のことである。それが世のなかをどうとらえるか、どう行動するかに影響をおよぼす。」
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p16
「メンタルモデル」を、おなじみの日本語で表現すれば「固定観念」のことですね。「固定観念」は現実を認識するひとつの「パターン」であり、「心の癖」とも言えます。
「男だから、女だから、大人だから、子どもだから…すべき」
そんな自分の偏った価値観に基づいた評価、判断を無意識のうちに人はしがちで、昨今、「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)というワードも注目されています。
日本企業は、男性を優遇する雇用条件を長い間、守ってきた組織です。そのことで、女性を管理職に登用することが、先進国の中で、とても遅れています。それは組織全体に固定する「メンタルモデル」が、そうさせてきたわけです。
「メンタルモデル」は無意識に作用するが故に、気づかぬうちに、組織に問題を作りだします。ですので、「内省」と「探究」を繰り返し、自分たちが「どんなメンタモデルを持っているのか」を自覚することが「学習する組織」には、求められるわけです。
リーダーシップに関して数千年ものあいだ幾多の組織を導いてきたひとつのアイデアがあるとすれば、それは、達成すべき将来のイメージを共有することであろう。何らかの偉業を成しとげた組織で、目標や価値観や使命が組織全体に浸透していない例をあげるのはむずかしい。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p16
「共有ビジョン」とは、組織に所属する人々が目指すべき未来の理想像のことです。「本物のビジョンがあれば、人々は学び、力を発揮する」(p17)とセンゲは書いてます。
「ビジョン」というと、「会社で決めたものが最初にあって、それを社員が共有する」といったイメージがあります。つまり、「会社のビジョン」が先で、「個人のビジョン」が後回しになりがちです。
センゲは、「共有ビジョンは個人のビジョンから生ずる」(p232)とし、「個人のビジョン」を明確にすることを重視します。これは「自己マスタリー」の「価値観」とも関連しますね。
共有ビジョンを築くことに力を注ぐ組織は、個人のビジョンをつくり出すようにメンバーをたえず励ます。もし自分自身のビジョンをもっていなければ、ほかのだれかのビジョンに「加入する」しかないからだ。その結果もたらされるのは「服従」であって、コミットメントではない。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p232
学習するのは社員であり、個人であり、それなくして「学習する組織」はありえません。上の言葉にあるように、社員を「服従」させるのではなく、社員のコミットメント(参加)を促すことが大切ですね。だからこそ、「個人のビジョン」に、より重きを置くのが、センゲのいう「共有ビジョン」の特徴といえます。
チームメンバー個人の能力の総和がチームの強さではありません。これは、チームに関する学術的研究で、あるいは、スポーツ・チームの勝敗が明らかにしている事実です。
スキルの高い優れた個人が集まっても、必ずしも強いチームになるとは限らないのです。このことは、プロ、アマチュアに限らず、多くのスポーツ・チームで証明されていますね。
2000年初頭、スペインのプロ・サッカーチーム「レアルマドリード」が「銀河系軍団」と言われた時代がありました。ジダン、ロナウド、フィーゴなど世界のスパースターが集まっていました。でも、だんだんとチームの規律が乱れていき、良い成績を残せずに終わりました。
「チームワーク」「チームビルディング」という言葉がある通り、「チーム」として「力を合わせる」意識がメンバーになければ、個人も組織も力を出せずに終わります。個人が学習しても、チームとして学習しなければ、「学習する組織」は生まれないのです。
個人の学習は、あるレベルでは、組織の学習と関連がない。個人はいつも学習するが、組織は学習しないから。しかしチームが学習すれば、組織のいたるところに学習に対する縮図ができる。えられた洞察は行動に移される。開発された技術は、他のチームに普及していける。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p16
チーム学習は「対話」によって始まります。
互いに意見を交換したり、意見をぶつけあう「ディスカッション」を通してさらに組織の学習は深められていきます。
ここまで述べてきた、5つのディシプリンを組織に浸透させていくのに、なんといってもリーダーの役割が重要です。センゲは、リーダーの能力や権限でメンバーを統率する英雄(カリスマ)型リーダーシップを否定的にとらえています。
「神話的リーダー像が一般的である限り、人々の視点は、組織力や共同学習にではなく、切迫した事態やカリスマ的英雄のほうへ強く注がれることになる」(p363)と述べて、「学習する組織」には、新たなリーダーシップ観が必要だと言います。
ラーニング・オーガーニゼーションにおける新しいリーダーシップ観は、より緻密でかつ重要な役割を中心に据えている。ラーニング・オーガニゼーションにおいて、リーダーとは設計者であり、給仕役であり、かつ教師である。
『最強組織の法則』(ピーター・センゲ 徳間書店)p16
ここで「給仕役」という言葉があります。センゲの求めるリーダーシップ像は、リーダーが奉仕の精神をもって人々を導く「サーバント・リーダーシップ」(奉仕型リーダーシップ)に通じるものがあります。
ただし、力点となっているのは、「組織が学習する」ことに対しての「責任」であり、そういった意味で、センゲは学習する組織の「設計者」としての役割に多くのページを割いています。
「設計者」は裏方であり、称賛されることの少ない役割です。「船の航海」に例えれば、「船長」が表舞台でスポットライトを浴びますが、船の「設計者」は、あまり人に知られません。
ただ、船が設計され存在しなければ航海は成立しないように、学習する組織が設計されなければ「学習する組織」も存在しません。設計者の役割は重大です。
最後に、「学習する組織」に求められるリーダー像として、センゲが引用した「老子」の言葉を記して、この記事を終えたいと思います。
(文:松山淳)
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