アカデミー賞2部門を受賞した映画『アポロ13』(監督ロン・ハワード 1995年公開)は、ドキュメンタリー映画のようにリアルです。無重力空間で撮影され、当時最新のCG技術を駆使して製作されました。
アポロ13の発射シーンを見た宇宙飛行士が、実際の記録映像と見間違えたというエピソードが残っているほどです。
アポロ計画とは、月への有人宇宙飛行をミッションにアメリカで実施されたものです(1961〜1972)。人類で初めて月の大地を踏んだアーム・ストロング船長(アポロ11)の言葉ー「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」は、とても有名ですね。
アポロ11号の偉業(1969)は全世界を驚愕させましたが、12号も月面着陸を成功させると、アポロへの熱気は冷めていきます。
そんな沈滞したムードの中、1970年にアポロ13号は打ち上げられました。アポロ13には、トム・ハンクス演じるジム・ラヴェル船長の他に、ジャック・スワイガード司令船操縦士、フレッド・ヘイズ月面着陸操縦士が搭乗しています。
船内風景を宇宙から中継したものの、テレビ放映はありませんでした。アメリカ国民の反応が、いかに冷めたものになったいたかがわかります。
ところが、アポロ13の動向にアメリカどころか、全世界が注目することになります。事故が起きたのです。酸素タンクの爆発により宇宙船が大きなダメージを受けました。もちろん、月面着陸のミッションは中止になります。
電力不足、船内の二酸化炭素濃度の上昇など次から次へと危機が訪れ、アポロ13の飛行士たちは、数々の試練を乗り越えていきます。まさに「非常時のリーダーシップ」のお手本がここにあります。
この映画でいぶし銀の輝きを放つのが、名優エド・ハリス演じる「伝説のフライト・ディレクター」ジーン・クランツです。クランツは管制センターのリーダーであり、彼独自の「仕事の流儀」といえる有名な10か条があります。
- Be proactive(積極的に行動せよ)
- Take responsibility(自ら責任を持て)
- Play flat-out(目標に向かって脇目を振らず、速やかに遂行せよ)
- Ask questions(分からないことは質問せよ)
- Test and validate all assumption(考えられることはすべて試し、確認せよ)
- Write it down(メモをとれ)
- Don’t hide mistakes(ミスを隠すな)
- Know your system thoroughly(自分の仕事を熟知せよ)
- Think ahead(常に先のことを考えよ)
- Respect your teammates(仲間を尊重し、信頼せよ)
出典:JAXA宇宙航空研究開発機構『金井宜茂の宇宙飛行士修行日誌 その13』より
それでは、クランツの10カ条を参考にしながら「非常時のリーダーシップ」ついて述べていきます。
目次
アポロ13は、月に向かう途中で問題が発生しました。すぐに反転して地球に戻るだけの電力はありません。そこで、月の裏側を回る「自由帰還軌道」を利用して地球への帰還を目指すことになりました。
「自由帰還軌道」とは、海に流れる「潮の流れ」をイメージするとわかりやすいです。海では潮の流れに逆らって進もうとすれば、抵抗が強くなり、エンジンをかけて余計に電気を使います。でも、潮の流れに乗っていけば、船は勝手に進んでいきます。地球と月の間にも海の潮に似た「流れ」があります。この軌道という宇宙の潮の流れに乗って、アポロ13は帰還しようとしたのです。
月面着陸はアポロ13のミッションであり、隊員たちにとって夢でした。
月を通過していく際、手が届きそうな距離に月は見えるのですが、夢は叶いません。憧憬と悔恨の念が心を支配します。残念そうにフレッドがつぶやきます。
「月に降りて鉱脈探しでもやりたいね ここまで来て」
するとジム船長が大きな声を出します。
「君らはそれが望みか? 僕は家に帰る 噴射で交信不能になった場合のプランを考えよう」
そして矢継ぎ早に指示を出します。
「フレッド 食料はどうなってる?」
「ジャック 司令船の水を凍る前に移しておけ」
月を歩きたかったのは、誰よりもジム船長でした。このシーンは自身の悔しさを払拭するかのように見えます。ですが、事故が起きた今、ミッションは地球への帰還です。船長は「家に帰る」という極めて日常的な表現を用いて、本来の目標を隊員に意識づけし、速やかな行動を求めたのです。
これはクランツの10ヶ条での「❸Play flat-out(目標に向かって脇目を振らず、速やかに遂行せよ)」ですね。
非常時においては、状況が刻一刻と変化し、その変化に意識が飲み込まれていきます。すると、心理的視野が狭くなり本来の目的や目標を見失いがちになるのです。
だからこそ、リーダーは「3. Play flat-out(目標に向かって脇目を振らず、速やかに遂行せよ)」への高い意識を保ち、それをチームメンバーに喚起し続ける必要があるのです。
地球が近づきつつある時、ジャックが大気圏への再突入角度の浅さを指摘します。角度を間違えれば、宇宙船は粉々になってしまいます。この正誤について口論となり、フレッドが怒りに流され、胸中のわだかまりを口にします。
今の危機を招くことになったのは酸素タンクが爆発したからです。これを誘発させるボタンを押したのはジャックでした。
フレッドは言います。「目盛りを読まなかったろ?」と。ジャックは「俺のせいか」とフレッドに詰め寄ります。すると、ジム船長が仲裁に入ります。
「そんな言い合いをしてどうなるというんだ? 問題が解決するか?」
そして、語気を強めてこう言うのです。
「生き残ることを考えるんだ!」
『アポロ13』(ユニバーサル・ピクチャーズ)
非常時において、その原因は誰にあるのか。その「犯人探し」をすることは、チームを崩壊の危機へと導きます。
ですが、本音ベースの「ぶつかり合い」を経験すると、互いのわだかまりが解消され、逆にチームの結束力が強まることもあります。だからメンバー間で衝突が起きた時ほど、それをどううまく収めるのか、リーダーの力量が試されるのです。
ジム船長は、「生き残ることを考えるんだ!」と言いました。これは「9. Think ahead(常に先のことを考えよ)」に通じますね。
口論になると人は冷静さを失い、自分の正しさにこだわります。それは目先の勝利にとらわれる「正しさ」です。先(目標・ミッション)のことを考えて今を眺めれば、自ずと「今、チームで何をするのが正しいのか」がわかります。
「生き残る」という「未来」を提示し、船長はメンバーの口論を終息させ、「今のあるべき姿」に気づかせることに成功したのです。
アポロ13が地球に近づいてきました。いよいよ大気圏再突入です。不安材料は尽きません。
大気圏通過の際に発生する高熱に機体の外壁が耐えられるのか。
仮に大気圏を突破しても、パラシュートが凍結して開かないのではないか。
着水ポイントになる太平洋の現場海域に出ていた台風警報は大丈夫なのか。
管制センターのスタッフが、着陸成功に関する否定的な材料について会話をしています。それを聞いた、管制室のリーダー「ジーン・クランツ」はこう言葉をかけました。
「言葉を返すようだが栄光の時だよ」
『アポロ13』(ユニバーサル・ピクチャーズ)
どんな仕事も100%成功するという保証はありません。失敗する材料をあげればキリがないのものです。非常時とは、そもそも成功の低い状況ですね。メンバーは疲弊し、チームの士気は下がりやすい状態にあります。
あああ
そんな時こそリーダーは、「できない理由」でチームに悪影響を与えるのではなく、「できる理由」を信じてチームを鼓舞したいものです。
クランツのとった行動とその言葉は、「10. Respect your teammates(仲間を尊重し、信頼せよ)」を自ら実践したものでした。
「栄光の時だよ」とは、プロジェクトの成功を確信しているからこそ出てくるリーダーの言葉です。
アポロ13は大気圏をくぐり抜け、地球に無事、帰還することができました。
その見事なまでの生還劇は、後に「成功した失敗 (successful failure)」と称えられるようになります。
リーダーが仲間を信じなければ、栄光の時を迎えることはできません。非常時に発揮するリーダーシップにおいて、最後の最後求められるのは、仲間を信じることなのです。
(文:松山 淳)
参考文献:『アポロ13』(ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)サイト
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