世界規模のパンデミック(感染爆発)が起き、日本でも新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。緊急事態宣言(2020年3月7日)が7都府県に発令され、社会は非常時の様相となりました。大手企業を中心に在宅勤務が広がり、小規模店舗の中には、休業を選択するところも出ています。倒産件数が増え始め、パンデミックが終息したとしても、経済への影響は長期化することが予想されています。今、この非常時でのリーダーの舵取りが試されています。
日本は台風、地震など大規模自然災害の多い国であるため、他国より非常時を頻繁に経験しています。そこで、今、コロナ禍で奮闘するリーダーたちに、少しでも参考になることを願い、災害心理学の知見も交えながら、「非常時のリーダーシップ」を「5つの原則」にまとめ、お話ししていきます。
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原則1: 最優先課題に集中する
原則2: ルールを破る勇気をもつ
原則3: 「成功の確率」より「行動の量」
原則4:最前線を支援するため悪役を買って出る
原則5:危機を克服できると信じ切る
目次
「非常時」は状況が刻一刻と変化し、意思決定にタイムリミットがあります。そのため、リーダーは同時多発的に発生する問題に、次から次へと判断を下していかなければなりません。その時、「まず何に取り組むべきか」という優先順位を決める判断軸が求められます。
マズローの欲求五段階説を参考にするならば、「生理的欲求」「安全欲求」という「低次の欲求」が危機にさらされるほど非常時ランクが高くなります。よって、「低次の欲求」を確保することが、非常時の優先順位を決めるひとつの判断軸になります。
「生理的欲求」は、寝る、食べるなど人間の本能的欲求であり、「生命」に関わる欲求です。
「命を守る」ことは、非常時において最優先されることです。
「安全の欲求」は「衣食住」を備え、生きるうえでの「安全を確保したい」という欲求です。
家があれば雨露をしのげ、夜ゆっくり寝られます。家が無くてもすぐに命に関わるわけではありませんが、「人間らしい生活」からは遠のきます。最低限の衣服は、生活の必需品です。洋服がなければ外に出られず生活に支障をきたします。ですが、自然災害では「衣食住」が一瞬のうちに奪われることがあります。
非常時ランクの高い状況では、「生理的欲求」「安全の欲求」が危機にさらされるます。そこで、「低次の欲求」を満たす環境をつくりだしていくことが、リーダーにとって最優先事項となるのです。
経済への影響を覚悟のうえで「緊急事態宣言」を出すのは、国民の命を守るためです。コロナ禍で大手企業が、社員を在宅勤務にさせるのは、感染拡大防止と同時に、社員の命を守るためです。
感染拡大を終息させるために、仕事を休んだり、店舗を一時的に休業するために、政府が経済面で支援すれば、安心できる社会をのぞむ「安全の欲求」が少しでも満たされます。
ただ、優先順位を決めていくことは、何かを「後回し」にすることです。AよりBは「重要度が低い」と判断することです。でも現場で実際に起きることは、「AもBもどちらも重要」という状況です。
医療現場に「トリアージ」(triage)という概念があります。 フランス語で「選別」を意味します。
例えば、大規模災害が発生し、医師が1人しかいない病院に、10人の重症患者が運び込まれてきたとします。1度に10人の処置はできません。ですから、優先順位を決めて順番に手当てしていくしかありません。
それは患者を「選別」していくことです。
命を「選別」していくことです。
ある患者を「選別」すれば、ある患者が「後回し」になります。後回しにされた患者は、命のリスクが高まります。後から「手当てが遅れたから後遺症が残った」と医師を訴えるかもしれません。
子どもを先にするのか、老人を先にするのか。少女を先にするのか、赤ちゃんを先にするのか。医師は苦悩します。でも、決めなければなりません。非常時は時間との勝負です。迷っている時間が、状況をより悪化させるからです。
「判断しないことが、最悪の判断」
非常時にリーダーは、この言葉を胸に秘め、冷徹な人間になって次から次へと決断していくしかないのです。「そうせざるを得ない状況では、そうせざるを得ない判断がベストの決断」と信じるしかないのです。
目の前で火事が起きているなら、生きるためにまず火を消すことです。火を消すことが最優先課題です。「火を消すべきか、消さぬべきか」と迷う時間はありません。消した後のことは、消してから考えるのです。
非常時では、最優先課題を決めたら全力で集中しよう!
「非常時」は優先順位を決め、決めたら順位通りに行動を起こしていきます。意思決定のスピードを高めるため、その基準をシンプルにし行動を単純化する。そのことで、全勢力を最優先課題に集中させていくのです。
阪神淡路大震災を20代の時に経験した知人がいます。
彼は某大手企業に勤務する人間で、震災の翌日、大阪にある会社に出社しました。大きなフロアにたくさんの人がいました。でも、電話は鳴らず、何もすることはありません。知人は「神戸を助けにいくべきではないか」と、上司に何度もくってかかりました。ですが上司は、「本社から指示がないから動けない」と、月並みな言葉を繰り返すだけでした。
知人は組織のルールに従ったことを、とても後悔していました。
非常時では、最善の行動をとるためにルールを破る勇気をもとう!
阪神淡路大震災が発生した時、神戸大学病院にて陣頭指揮をとったのが精神科医の中井久夫氏です。中井先生が書いた『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』(みすず書房)の中に、「非常時のリーダーシップ」のエッセンスを凝縮した一文あります。少々長いですが、とても参考になる名文ですので引用します。
「有効なことをなしえたものは、すべて、自分でその時点で最良と思う行動を自己の責任において行ったものであった。
初期ばかりではない。このキャンペーンにおいて時々刻々、最優先事項は変わった。一つの問題を解決すれば、次の問題がみえてきた。「状況がすべてである」というドゴールの言葉どおりであった。(中略)
おそらく、「何ができるかを考えてそれをなせ」は、災害時の一般原則である。このことによってその先が見えてくる。たとえ錯誤であっても取り返しのつく錯誤ならばよい。後から咎められる恐れを抱かせるのは、士気の萎縮を招く効果しかない。現実と相渉ることはすべて錯誤の連続である。
治療がまさにそうではないか。指示を待った者は何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求した者は現場の足をしばしば引っ張った。「何が必要」と電話あるいはファックスで尋ねてくる偉い方々には答えようがなかった。今必要とされているものは、その人が到達するまでに解決されているかもしれない。
そもそも問題が見えてくれば半分解決されたようなものである」
『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』
(中井久夫 みすず書房)
「非常時のリーダーシップ」と「常時のリーダーシップ」の最大の違いは、組織ルールの範囲内で行動するかしないかです。
普段は、上層部の意思決定に従うのがルールですね。
でも、非常時での複雑な問題を現場で解決していくには、組織のルールを自己の責任において破る覚悟が求められます。なぜなら、非常時のルールは最優課題を処理する現場にて刻一刻と変化しながらつくられていくからです。
自分で考え、自分で判断して、変化に臨機応変に対応していくのです。本社や上層部の指示を待っていたら、人の命にかかわる重大な問題を処理するのに、致命傷を負うことになります。
非常時においては、ルールに従おうと受け身になるのではなく、ルールを自らがつくり出そうとするアグレッシブな意識がリーダーには求められます。
ルールは自分でつくる。
それぐらいの気概で目の前の「事」にのぞむのが、非常時のリーダーシップです。
非常時は時間との戦いです。
リーダーの判断が失敗に終わるか否かは、やってみなければわかりません。成功の確率の高い答えを導き出そうとして考えつづけるなら、早く決断して、動くことです。迷う時間を行動に費やした方がよいのです。
なぜなら、行動することで、次の答えが見えてくるからです。
非常時では、 「成功の確率」を心配するより「行動の量」を高めよう!
非常時という不確実な状況においては、連続した失敗行動の積み重ねで、何が正解で何が不正解なのかが明確になります。
例え、失敗であっても、失敗だとわかることが最良の結果です。失敗だとわかることで、次に成功するための行動が明らかになっていくのです。
在宅勤務は、業種や業界によって、「できる」「できない」があります。でも、できる可能性があるのに「在宅勤務でうまくいくか、いかないか」と迷って、社員を満員電車に乗せて感染リスクにさらし続けているなら、まず、やってみることです。
「何ができるかを考えてそれをなせ」は、災害時の一般原則である。このことによってその先が見えてくる。
『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』
(中井久夫 みすず書房)
そう中井先生が言っていたように、非常時の一般原則は、先の見える行動を次から次にとっていくことです。
手をとめ立ち止まっていたら、状況に飲みこまれていきます。手遅れになります。決断し行動し、小さな失敗を重ねていくことで、非常時を乗り越えていくことができるのです。
東日本大震災が発生した時、被災地にあった「ローソン」では、本部との連絡が寸断されている中、食材の調達に多くの社員が他県まで範囲を広げ自律的に動きました。それも、震災前から権限の移譲を組織改革によって順次行ってきた成果でした。
つまり、本社や経営陣のご意向を聞く前に、現場で判断して、現場の社員が自分で考え、自分から動いていったのです。阪神淡路大震災で私の知人が経験したこととは反対の出来事ですね。
非常時における「組織の手続き」は、最前線で動く人々の足かせになりがちです。情報の集約は上層部の役割ですが、中間に位置するリーダーは、最前線への上層部の過度の介入を防ぐ防波堤にならなければなりません。そのため、上の人間に逆らう「悪役を買って出る」ことも求められます。
非常時では、最前線の自律的な行動を支援するため悪役を買って出よう!
理由はふたつあります。
今まさにがれきの下から命を救おうとしている時に、上層部が報告を求めているからといって、最前線の人たちは手を休めるわけにはいきません。そんな暇はないのです。最優先課題に取り組めてこそ、危機を克服できます。
東日本大震災の時、何度か被災地に足を運びました。現場で働くボランティの姿を見て「モチベーションの原理原則」を痛感しました。
人は自分の意思で自分の行動を決定している時こそ、意欲の高い状態を維持できる。
文章
上層部からの指示命令が頻繁になると、自己決定したエネルギーの高い意識に不純物が混じります。自分で決めて自律的に素早く行動しようとしたのに、ストップをかけられると、次に行動する時のスピードが落ちてしまいます。意思決定に迷いが生じ始まるのです。
最悪のケースは、現場を知らない上層部からの介入が続き、最前線のメンバーが決断をしなくなることです。
「どうせ、また、上が決めるんだから、今は様子見だ」
もし、そんな雰囲気が現場に満ちていたら、それは最前線で戦う人たちのモチベーションが削がれている状態です。ですので、最前線の士気を維持するために、上層部の行き過ぎた介入を防ぐ「悪役を買って出る」行為が、非常時のリーダーシップとして必要なのです。
「パニック神話」という言葉があります。
人が危機に直面すると、多くの人がパニックを起こし、それが被害を拡大させると思われています。でも、災害心理学の知見では、実際の現場でパニックが起きることは少ないというのです。つまり、それは「神話に過ぎない」というのです。
甚大な被害を招くのは、危機に対する感度の鈍さだといわれています。危険な事態にもかかわらず、「まあ大丈夫だろう」と、高をくくる心理のほうが、危ないのです。
「津波なんてこないと思っていた」
東日本大震災の後、東北の被災地で出会った人たちの多くが、そう証言していました。ですので、非常時において危機を察知した時、「適度にあわてる」ことはある意味、大切なことなのです。
「感染リスクがあるから、夜の街で、密閉された部屋で密集して飲むのはしばらくやめよう、やばいよ!」
危機感をもってそう諭すことは健全ですね。
ただ、その「あわてる」が、「あわてふためく」ではいけませんね。リーダーがパニックになっていたら、メンバーもパニックになってしまいます。
「適度にあわてる」とは「健全な危機意識」をもって行動するという意味です。「健全な危機意識」とは、「このままでは危ない」と、危機意識もちつつ、「平常心」をもっていることです。
「冷静に怒れ」「あわてず急げ」という矛盾した表現があります。こうした矛盾する言葉をぶつけて意味を豊かにする表現語法をオクシモロン(撞着語法)といいます。
「健全な危機感」とは、オクシモロン(撞着語法)を使えば、「落ち着いてあわてろ」ですね。これが非常時のリーダーシップを発揮する際の「健全な危機意識」です。
そして、その矛盾した意識を成立させるために、何より重要なのが「希望」をもつことです。「健全な危機感」の中核に「希望」がなければ、そもそも「平常心」をもつことができません。希望が「危機感」と「平常心」の架け橋になります。
必ずこの危機を乗り越えられると「希望」をもてるから、平常心をもつことができます。20世紀最大の悲劇といわれるナチスの強制収容所を生き延びた心理学者フランクルは、こう書いています。
人生には意味があるのだと知っていることほど、最悪の条件にあってすら人間を立派に耐えさせるものはほかにありません。
『意味による癒し』
(V・E・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)
「人生に意味がある」とは、これから生きる未来には、生きるだけの価値がああるということです。それは「未来に希望がある」ということです。
「未来に希望がある」とは、「今の辛く苦しい状況を必ず乗り越えられる」「この危機を克服できる」と信じられることです。
フランクルによると、地獄の強制収容所で希望を失った人たちは精神的に崩壊していったといいます。逆に「未来への希望」をもち続けた人たちは、生き延びることができたのです。
非常時では、危機を克服できると信じ抜こう!
フランクルは自分の未来に希望をもち、その希望を信じて、約2年8ヶ月もの間、地獄の惨劇といわれた強制収容所を耐え抜いたのです。
新型コロナウイルスの感染拡大が終息したとしても、経済への影響は大きく、世相は混沌とし非常時の様相は、長期化するかもしれません。
リーダーにかかるストレスは大きく、心が折れそうになることもあるでしょう。そんな時に、ぜひ「人間の底力」を信じてください。フランクルの話しは、フィクションではなく真実の物語なのです。
未来への希望をもって、この危機は克服できると信じ切り、共に、この非常時を乗り越えていきましょう。
(文:松山 淳)