リーダーシップとは、リーダー(上司)がフォロワー(部下)に「影響力」を発揮して、仕事を前に進めていく意志と行動のことです。
リーダーシップは、経営学の組織行動論だけでなく社会心理学、政治学などでも扱われるテーマです。リーダーシップを「影響力」と表現することは、それぞれの学問に共通してみられる解釈です。
仕事を前に進めていく時、「影響力」はリーダーだけがもつものではありません。そう考えると、組織の中でポジションが高いからといって、必ずリーダーシップがあるわけではないことがわかります。職場での地位の高さは「影響力」の絶対条件ではないのです。
部長より課長のほうが、課長より係長のほうが、係長より社歴20年の事務職員のほうが、チームにより大きな影響を与える場面に遭遇したことがあるのではないでしょうか。
リーダー層(経営陣、管理職)だからリーダーシップを発揮できるわけではありません。リーダーシップとは役職の上下に関わらず、組織で働く全ての人が発揮しうる力です。
ですので、「管理職(リーダー層)になってからリーダーシップを学べばよい」という考え方より、入社5年目などの若手社員を対象に「次世代リーダー教育」を行っていくことは、組織力を維持するためにむしろ自然のことといえます。
予算が余ったから「じゃあやろう」ではなく、組織力を底上げするために、定期的に行う次世代リーダー教育を行う必要があるのです。そこで本コラムでは、次世代リーダーを育てる際のポイントをお話ししてきます。
リーダー教育を次世代の段階から積極的に進めたほうがよい理由は、リーダーシップの原動力となる「マインドセット」の獲得には時間がかかるからです。
私は「リーダーシップ開発」を説明する際、下のフレームワークをよく提示します。リーダー育成の現場では、「テクニカルセット」と「マインドセット」、この双方をバランスよく伸ばしていくことがひとつの指針となります。
- 「テクニカルセット」:コーチングやロジカル・シンキングなどリーダーが日頃の仕事を遂行する上で身につけておきたいスキルのこと
- 「マインドセット」:マインドセットは「思考様式」のことであり、リーダーが持つべき哲学、信条、心構えのこと
「テクニカルセット」は、明日からすぐに役立つものであり、その成果が実感しやく目に見えやすいです。
「マインドセット」は、急に役立たつものではないし、その効果が目に見えにくいのが特徴です。「リーダーの心構え」を学んだところで、明日から学んだ通りのリーダーになれるわけではありません。
マインドセットが心に染み込み、行動変容に結びつくには、時間がかかります。成果が不明で時間を必要とするものは費用対効果の計測が困難です。よって、人材教育の現場では「テクニカルセット」偏重の教育が行われることなります。
しかし、仕事のスキルがどれだけ高くても、「あの人にはついていきたくない」「あのリーダーとは一緒に仕事をしたくない」と思われていたら、どうなるでしょう。
効果的なリーダーシップを発揮することができず、結果的に、仕事の成果も乏しいものとなるでしょう。この現象は、様々な組織で散見されている周知の事実です。
ですので、リーダー教育の課題は、人間性を高め人間力を育む「マインドセット」の開発なのです。
人が学び、変わるのに年齢は関係ありません。何歳になっても人は学びを深め、成長していくことができます。
ただ、管理職(リーダー層)となるミドルエイジになってから「マインドセット」教育に取り組むのではやや遅い感があります。なぜなら、心の成長は5年〜10年スパンで考えるべきものだからです。
心の成長を考える際に、長期的視野に立つことは「成人発達論」でも主張されています。
「成人発達論」が日本企業でも広まり始め、成人以降の意識の発達について議論が交わされるようになっています。もちろん、「成人発達論」では、「心の成長」を目指すわけですが、促成栽培的な急いだ成長には、弊害があることを指摘しています。
成人発達理論とはそこで、管理職になってからリーダーの「マインドセット」を身につける教育を行うのではなく、管理職になる段階ですでに「リーダーの哲学」を持っていることが理想となります。ですので、若手社員の段階からリーダー教育を行うのが好ましいのです。
今になって始まったことではありませんが、企業による不正行為が繰り返し発覚する時代になっています。不正は民間企業だけの問題ではありませんね。政治家に始まり公的機関の人間が犯す過ちも、世間に露呈し続けています。
リーダーとしてのマインドセットがどこか欠けているのです。
「テクニカルセット」が「どうすべきか」(What to do)であれば、「マインドセット」は、「どうあるべきか」(What should be)です。
リーダーとして、ひとりの人間として「どうあるべきか」(What should be)が問われています。
では、次世代リーダー教育のポイントになる「マインドセット」について詳しく見ていきましょう。「マインドセット」は、「仕事観」「人間観」「人生観」の3つに整理できます。
- 「仕事観」:働くことに関する独自の考え
- 「人間観」:人間という存在に対する独自の考え
- 「人生観」:自分の人生を「いかに生きるか」に関する独自の考え
①仕事観(View of work)
「仕事観」は、働くこと、自分の仕事に対する独自の考え方ですね。
「なぜ働くのか」と質問されると、「お金のため」「遊びのため」「生活のため」と、自己の「欲」を満たすために働ているのだと刹那的に割り切っている人がいます。
一方で、働くことは社会に貢献することであり、「自分の仕事を通してより多くの人を幸せにしたい」と考える人もいます。そう考えられる人は「利他の精神」の持ち主です。
もちろん、リーダーには後者の「マインドセット」が求められます。「自分だけよければいい」というマインドセットは、リーダーシップの発揮を困難にします。なぜなら、リーダーは時に私欲を捨て、他者や社会のために尽くさなければならない存在だからです。
昨今、サーバント・リーダーシップというリーダー哲学が日本で広まっています。これは「奉仕型リーダーシップ」と訳され、リーダーに「奉仕の精神」を求めす。他者に尽くそうとする「利他の心」が、リーダーの「仕事観」には、欠かせません。
サーバント・リーダーシップ研修②人間観(View of human)
「人間観」は、リーダーとして人を評価する際に深く関わってきます。
「人間観」に「性悪説」と「性善説」があるように、「否定的」と「肯定的」があります。人間の行いに関して「否定的な見解から入る人」と「肯定的な見解から入る人」がいます。
人間観が否定的なリーダーは、部下が失敗すると「君は集中力がないから、そんな失敗ばかりになるんだ」と、欠落している資質を取り上げたり、失敗を過度に責めたりします。これでは、部下の成長は困難になります。
「あのリーダーはすぐ否定的にとらえる」。そんな否定的な先入観が部下に形成されれば、「どうせ否定されるのだ」という思い込みから、よいアイデアがチームから出てこなくなります。
だからこそ、人間の可能性を肯定的に捉える人間観を身につけたいのです。
「部下にはあえて失敗もさせます。なぜなら、失敗には人を成長させる肯定的な側面もあるからです。ですので、もっと失敗しろと諭すこともあります」
そんな風に、失敗であろうが成功であろうが、常に人間を肯定的にとらえようとするリーダーは、楽観的で、チームを活性化することが得意です。「人間観」は部下の育成に深く関わるものであり、それは「組織観」へと発展し、チームワークや職場の創造性に関連してくるのです。
③人生観(View of life)
「人生観」は、「いかに生きるか」に関する自分ならではの考えです。これは「仕事観」「人間観」の土台になるもので、自己成長の意欲に直結します。
「死ねば全てが無に帰すのだから人生は無意味だ」
そんなニヒリズム(虚無主義)の立場をとれば、自分の潜在的な力を開発したり限界に挑もうとしたりする意欲は低いものになります。
「一度しかない人生だ。自分の可能性をどこまでも広げてみたい」
そんなチャレンジ精神をもてば、失敗があってもまた立ち直り、自分の限界に挑戦し続けることができます。これは自己成長の原動力となります。
リーダーが虚無主義的で、「どうせうちの会社は何をやっても変わらないよ」と、言い続けていたら、部下も段々とやる気が失せていくでしょう。それはマイネスの影響力で、チーム力を落とすことになります。
「人生観」は、周囲の人に及ぼす影響力の源泉です。影響力ですからリーダーシップと深く関係するのです。
人生観は、その人の「生き方」を左右しています。
リーダーシップとは、その人の生き方そのものである。
リーダー論で古くから言われるこの格言どおり、そのリーダーの「生き方」が、どんなリーダーシップを発揮するかを決めるのです。
以上の「仕事観」「人間観」「人生観」から構成される「マインドセット」は、そのリーダーの「人間力」を形成していくことになります。
管理職になってからではなく、若手社員の段階からリーダーとしての「マインドセット」を身につけたいものです。
「マインドセット」を形成する上で、リーダー教育の潮流としてあげられるのが「リベラルアーツ」を学ぶことです。
文学、歴史、宗教、心理学など多様な学問を学び「人間力」を高めるのが「リベラルアーツ」教育です。文学、歴史を学んだところで、すぐにリーダーシップが強化されるわけではありません。でも、今、「リベラルアーツ」が注目されているのです。その理由は、古くから言われている次のことです。
多様な学問から得た知識は心に作用してリーダーとしての品格を永続的に形づくります。それは長い時間をかけて、人間性を高め「人間力」へとつながっていくのです。
私は、大学で3年間、教鞭をとり、リーダーシップの授業を担当していたことがあります。授業の目標は、リーダーとしての「マインドセット」を身につけ、自分なりの「リーダー論」を語れることとしていました。まさに次世代に向けてのリーダー教育です。
授業のレポートを見ると、授業の回を追うごとに「リーダーシップなんて自分とは無縁だと思っていた」という内容が徐々に変化していきます。つまり、リーダーシップを「他人事」から「自分事」へと引き受けていく心理的変化が見てとれるのです。
企業研修は1日か2日で終わってしまいますが、大学の授業は半年、1年と続きます。定期的・継続的に「リーダー論」にふれ続けることで、その効果が現れることを痛感しました。
そこで、大学での授業やリーダー研修の経験を通して、次世代に向けたリーダー教育を行う際のポイントを3つお話しします。
❶座学でもいいので長期的・継続的に。
教育現場では、「アクティブラーニング」がキーワードになっています。これは、先生が一方的に講義をして生徒がそれを頭に入れる「知識詰め込み型教育」への反省から起きた教育手法です。
生徒がより積極的・主体的に学べるように、授業ではディスカッション、ワーク、プレゼンテーションが取り入れられ、生徒たちはよりアクティブに授業に参加します。
大学では、私も「アクティブラーニング」の効果を実感していましたが、とはいえ、そもそも知識を持っていない学生にどれだけ「ディスカッション」を促しても、話し合いにならないことも目の当たりにしました。
それは若手社員を対象にした研修でも感じることです。つまり、「アクティブラーニング」は、知識を獲得する座学型教育の重要性を、逆に浮き彫りにしたともいえます。
社長、役員、あるいは管理職が講師となって、「仕事論」や「人生論」を講義する「次世代リーダー教育」の継続に励む会社があります。まさに座学型ですね。内容として「凡庸ではないか」という批判はあるものの、それは回数を重ねていく、つまり5年、10年と続けていくことで、組織力を高める効果を生み出していきます。
「◯◯社長塾」のような形式で、継続的に教育を行うのは社長や役員の在任期間の長い中小企業に多いという印象を受けます。「社長が変わったから中止にしました」では、教育にならないですね。
座学形式でもいいので、長期的、定期的に行うことで、「次世代リーダー教育」は効果が望めます。
❷次世代が興味をもつコンテンツを選ぶ。
アニメや漫画など、コンテンツビジネスが「ジャパニーズ・クール」と呼ばれ日本の主要な産業になっています。町おこしにも有名アニメのキャラクターを起用できればその効果は計り知れないものがあります。「漫画などけしからん」という時代では、もうないですね。
次世代リーダー教育を行う際に、彼ら彼女らが語れるコンテンツをディスカッションのテーマにするのです。すると実り多い対話が生まれます。
例えば、「ワンピース」という人気アニメがあります。主人公はルフィで、チームを率いるリーダーです。
「なぜ、ルフィに仲間はついていくのか」
この問いをテーマにディスカッションをしてみれば、それはリーダーシップを自然と考えることになり、次世代特有のリーダー論が生み出されてくることでしょう。
若手社員が興味をもちやすいコンテンツを題材にして、リーダー教育を行うのが効果を高めるポイントです。
『ONE PIECE』に学ぶリーダーの条件❸次世代リーダー同士で学び合う仕組みをつくる
次世代リーダー研修を行う時、定期的に外部講師を呼べればよいですが、予算は限られています。しかし年に一度の研修では効果は薄いのです。
少なくとも2ヶ月に1回は「リーダーとは何か」について考える時間を持ちたいものです。少ない予算でどうするか。
そこで「次世代リーダー同士で学び合う仕組み」をつくります。
研修では、「講義+ディスカッション+プレゼンテーション」がベーシックなプログラムとなるでしょう。この時、グループ・ディスカッションした内容をプレゼンする時間を重視します。
なぜなら、若手社員は同じ世代の人間がどんな考えを持っているのかに敏感だからです。先生(講師)が教えるというより、次世代同士が互いに学び合う「勉強会」のような「会」を開催するのです。
「ワンピース」について語れる若手社員がいれば、その人を講師として、まず講義をしてもらいます。その後、グループ・ディスカッションをして、模造紙に書いた内容をプレゼンテーションします。
すると相互学習の効果が生まれ、これは「組織学習」にもつながります。
「次世代リーダーの次世代リーダーによる次世代リーダーのための教育」
そんな「相互学習」のコンセプトを持って、とにかく長期的、継続的、定期的に教育の場を設けることが次世代リーダー育成を成功させるポイントです。
時代が変わり続けます。価値観もビジネスに求められるスキルもどんどん変化します。でも、人を率いるリーダーとしての「マインドセット」は、変わるものではありません。
マインドセット開発に重点を置きながら、次世代リーダーを育成する機会を定期的に職場に提供し、活気ある組織を生み出していきましょう。
(文:松山淳)
次世代リーダーとしておさえておきたいベーシックな知識(セルフ・アウェアネス、リーダーシップ、チーム・ビルディング、マインドフルネス)をバランスよく習得する基本的な研修です。本研修の目的は、講義とワークを繰り返すプログラム構成で、リーダーとしてのマインドセットを身につけることです。