サーバント・リーダーシップ(Servant Leadership)とは、1970年代にAT&T(アメリカ電話通信会社)で働いていたロバート・K・グリーンリーフ(Robert・K・Greenleaf)が提唱したリーダーシップに関する考え方です。
サーバント・リーダーシップは、「スキル」ではなく、リーダーとしての「心構え」「信条」であり「マインドセット」のひとつといえます。
リーダーシップに対する一般的なイメージは、こうですね。
「リーダーが先頭にたち、力強くフォロワー(部下)を導く」
このイメージをあえて分類するなら、「カリスマ型リーダーシップ」といえます。グリーンリーフは一般的なリーダーシップに対するイメージを覆し、次のように考えました。
「リーダーがフォロワーに奉仕することで導く」
1970年代の米国でも、企業には軍隊組織の雰囲気が色濃く残っていました。上司の権限は強大で、リーダーが強さを前面に出してメンバーを引っ張っていく時代でした。そんなカリスマ型リーダー全盛の時代にあって「部下に奉仕する」というサーバント・リーダーシップ論は、異端的な考え方でした。
ただ、米国はそもそもキリスト教の教えとして「奉仕の精神」を重視しているため、サーバント型リーダー受け入れる土壌はあったといえます。グリーンリーフの献身的な活動により、アメリカで多くの人に知られるようになると、そこからさらに世界へと広がっていきました。
日本では90年代から経営学者など専門家の間で知られるようになります。2000年代となり、元資生堂池田守男社長が、サーバント・リーダーシップを軸に組織改革に取り組み成果をあげました。この資生堂の事例で知名度がさらにあがりました。
資生堂の組織改革の事例は、『サーバント・リーダーシップ入門』(かんき出版)に詳しく書かれてあります。
「サーバント」(Servant)と意味は、「従者」「召し使い」です。
日本語で「召し使い」と訳すと、リーダー論として否定的にとらえられがちです。勘違いされやすいのです。
「上司が部下の召し使いになれっていうのか!」
そう怒る人がいます。もちろん、上司が部下の召し使いになるのがサバーント・リーダーシップではありません。
サーバント・リーダーシップの基本的な考え方は次の通りです。
リーダーが強さ有能さを武器に、「私が、私が」と前に出るのではなく、部下が仕事をしやすいように陰から支え、メンバーが成長するように献身的に行動する。謙虚に尽くす姿勢とその行為が結果的に、部下との信頼関係を構築し、より効果的なリーダーシップになる。
私は官民問わず多様な組織でリーダー(管理職)研修を行ってきました。リーダー研修の典型的なパターンは、多様なリーダーシップ理論を紹介し、そしてグループ・ディスカッションを行い、最後に、自分なりの「リーダーの哲学」を個人発表していただくものです。すると、「サーバント・リーダーシップ」の例をとりあげて、自身の「リーダーの哲学」に組み込むリーダーの方がとても多いのです。
「私はもともとリーダータイプではないので、管理職になってずっと悩んでいました。ですので、サーバントでいいと考えるリーダー論を知って、心が軽くなりました。この考え方なら、自分もリーダーが務まりそうです。」
「草食系男子」と言われた世代が組織で中堅となり始めています。女性管理職の登用も社会が求めています。
父性的な「強さ」を条件とするリーダーシップだけでなく、母性的な「しなやかさ」を武器とするサーバント・リーダーシップも、時代が求めているのです。
サーバント・リーダーシップの普及機関として、米国に「グリーンリーフ・センター」があります。その本部で所長を務めていたラリー・スピアーズは、サーバント・リーダーに関する10の特性をあげています。
①「傾聴」②「共感」
③「癒し」④「気づき」
⑤「説得」⑥「概念化」
⑦「先見力、予見力」⑧「執事役」
⑨「人々の成長に関わる」⑩「コミュニティづくり」
⑥「概念化」⑦「先見力、予見力」など、リーダーシップ論としては定番のキーワードもありますが、①「傾聴」②「共感」③「癒し」と続くと、リーダー論として今までにない斬新さや独自性を感じます。
10特性について、より詳しくはコラム004『サーバント・リーダーシップとは』で解説していますので、参考になさってください。
サーバント・リーダーシップとはそれでは、「サーバント・リーダーシップ」らしさを感じさせる5つのファクターをピックアップし、ここから解説していきます。
POINT1. 傾聴(Listening)
人望のあるリーダーには、人の話をしっかり聴ける人が多いですね。なぜなら、聴くことは、信頼をつくるからです。
話しを「聴いてもらえた」と感じた時に、人は深い満足感を覚えます。尊重してもらえたと感じます。この「満足感」が、話しを聴いてくれた人への「信頼度」を高め、何かあった時には、すぐにその人に相談しようと思います。
よって、「傾聴力」をもったリーダーの元には、部下からの情報がよく集まってきて、よりよい仕事ができるようになるのです。
反対に、部下が話し始めると、すぐに言葉をかぶせてくる話を聴けないリーダーがいます。
「お前の言いたいことは予想がつく」とか「忙しいんだ、結論を先に言え」などといって、話そうとする人の出鼻をくじくのです。「結局〜なんだろ」と、話題を先回りして結論を言ってしまう残念なリーダーもいます。
話を聴いてもらえないことは、人を不快にさせます。
この不快体験が繰り返されると「どうせ、あのリーダーには聴いてもらえない」と、コミュニケーションの回数が減っていきます。すると、話を聴けないリーダーは、職場で何が起きているか、部下の仕事の進捗状況がどなっているかがわからなくなり、結果的にリーダーとしてよりよい仕事ができなくなるのです。
サーバント・リーダーは、まず人の話を聴きます。黙って聴きます。まず、自分の話をしようとするのではなく、他者の話を優先します。
リーダーシップの源泉は、信頼関係です。日常の細かなコミュニケーションによって信頼関係は築かれます。サーバント・リーダーは、まず聴くことから始め、信頼を構築し、より効果的なリーダーシップを発揮しているのです。
POINT2.共感(Empathy)
仕事をしていれば、必ず失敗があります。
失敗は心にダメージを与え、仕事に対するモチベーションを下げます。いかに部下のモチベーションを維持するかは、リーダーの大切な役割です。その力量が問われるのは、仕事に成功した時よりも失敗した時です。
この時、武器になるのが部下への「共感」です。「共感力」があれば、失敗した部下の心を癒すことができます。
共感のポイントは相手の話を否定しないことです。「それは違うぞ」「お前の勘違いだよ」「勘弁してくれよ」などと…。部下がしゃべっている途中で、話の腰を折ることも否定になります。
ですので、部下が失敗について話し始めたら、否定せずに「聴く」のです。言葉を挟むことなく肯定しながら聴くのです。①「傾聴」ですね。
自分の話を否定されずしっかり聴いてもらえると、人は「共感してもらえた」と感じ、心が癒されます。①傾聴・②共感してからリーダーが意見を述べれば、例え反対意見であっても部下もそのアドバイスを受け入らやすくなります。これがサーバント・リーダーシップです。
リーダーが職場での経験を積み重ね仕事に精通すると、基本的なことでミスをする部下の気持ちを理解することが難しくなります。
「なんで、こんな簡単なことでミスするのかな〜」
そう思ってしまうと「共感力」は落ちます。共感するには、自分の失敗体験を思い出すのです。どんな優れたリーダーだって失敗して育ってきているのです。「自分もそういえば失敗してたな〜」と思い出し、話を聴けば、共感の度合いは高まります。部下も「共感してもらえた」と心が軽くなります。
メンタルヘルス問題への対応が職場で求められる時代です。サーバント・リーダーがみせる共感をベースとした献身的なコミュニケーションがあれば、メンタルに関する様々な問題を未然に防ぐことができます。
POINT3. 気づき(Awareness)
リーダーシップとは、「対人影響力」のことです。人に影響を与え動かしていくのがリーダーシップです。奉仕するのも、支援するのも、献身的に尽くすのも影響力のひとつです。
すると、他者をよりよくサポートするためには、「リーダーとしてどんな影響力を発揮しているのか」を理解しておくことが重要になります。スピアーズは、「③気づき」を「自己への気づき」(self-awareness)としています。
孫子の兵法にも「彼を知り己を知れば百戦危うからず」とありますね。自分のことを理解できていないと、「裸の王様」となってしまい、思わぬところで足をすくわれます。
世界のトップ経営者を精神分析している精神科医マンフレッド F. R. ケッツ・ド・ブリースによれば、優れたリーダーには二つの特性があるといいます。それは「行動力」と「自省力」です。
卓越したリーダーには、日頃から自分を省みる習慣があるのです。私が尊敬していた優れた上司は、毎朝、必ずカフェによってひとりの時間をもっていました。そこでメモしたものをよく見せられ、指導を受けていた記憶があります。
自省すれば、その心理的作業は、自然と、自分だけにとどまらず、働く職場も視野に入ってくるでしょう。自分を含めて、「職場がどういった状況であるのか」を把握できれば、どのようなサポートが必要なのかが考えられます。
「部下はリーダーを支えればいい」と考えるのではなく、「リーダーが部下を支えるのだ」と、サーバント型リーダーの意志があるから、部下や職場に関する新たな「気づき」を得ることができます。その新たな「気づき」があって、リーダーシップは、より効力を高めていくのです。
POINT4. 人々の成長に関わる(Commitment to the growth of people)
組織の成長とは、人材の成長にほかなりません。売上、利益を右肩あがりに成長させるのは「人」です。その会社で働く人たちが、能力と人間性を高めていくことで、組織は成長していきます。
サーバント・リーダーは、人の成長に関わりサポートを忘れません。
経営学者ピーター・ドラッカーも強調したように、人が成長するのは「強み」によってです。
私はサーバント・リーダーシップ研修でも性格検査MBTI®を導入しています。MBTI®は人の生まれもった性格を浮き彫りにする自己分析メソッドとして世界の企業が導入しています。
MBTI®によって誰もが「強み」をもっていることに気づきます。受講者の多くが、「自分にこんな強みがあるとは知らなかった」と驚きます。その結果、性格の異なる部下の「強み」にも思いが及び、部下の成長に関与しようとする意志が生まれるのです。
マザー・テレサが言ったように「愛の反対とは憎しみではなく、無関心」ですね。人の成長に関心を持てないリーダーは、組織の力を劣化させてしまいます。部下や職場や仕事に関心をもつことからリーダーシップは始まるのです。
部下たちが成長すれば、仕事の成果に結びつき、それがリーダー自身の成長や評価へとつながっていきます。
サーバント・リーダーシップは、人や組織の悪いところを隠すのではなく、強みを伸ばし、その人の「誇り」となるようにサポートする行動といえます。
POINT5. コミュニティづくり(Building community)
組織には、フォーマル(公式)とインフォーマル(非公式)のグループが存在しています。営業部、総務部など、部署や役職にもとづき形成される集団がフォーマルです。
一方で、趣味や卒業した学校、出身地など、何かを共通点として自然発生的に形成されているインフォーマルな人の集まりがあります。会社の中での「飲み仲間」もそれです。
経営組織論では、組織に活力を与えている存在として「インフォーマル・グループ」の存在を重視します。これは組織内の「コミュニティ」といえますね。
人の集まりである「コミュニティ」が維持されるには「世話役」が欠かせません。会やイベントを開催するためには、無私の精神で尽力してくれる目立たない存在が必要です。
陰で「あれこれ」動いてくれた「世話役」の人が、異動になったり転職したりすると、急にコミュニティの活動が止まることがあります。この事実を考えると、グループを実質的に動かしていたのは、実は縁の下の力持ちとして陰で支えていた「世話役」であったことに気づくのです。
陰の「世話役」の人は、「支える」ことで集団(コミュニティ)に対して影響力を発揮していたことになります。これこそサーバント・リーダーシップですね。組織内の「コミュニティ」を維持・発展させることで、組織に力を与えることができます。
サーバント・リーダーはコミュニティの世話役を引き受け、支えることで、リーダーシップを発揮するのです。
資生堂の組織改革では、組織のヒエラルキーを180度反転させました。
最も重視したのは顧客と接する現場の販売員たちです。本社や間接部門、管理職や役員は「現場を支える存在」になります。そう共通認識をもつように改革は進められました。そして、現場の意見が経営に反映されると、最前線の人たちが自主的に行動するようになったのです。
組織ではとかく、「上の人間」の顔色を伺いながら仕事しがちになりますね。結果、上司のご機嫌とりに忙しく、部下の成長に無関心な管理職(リーダー)が生まれてきます。これでは困ります。
部下の成長なくして組織の成長なしです。
だからこそ、支えることで導くサバーント・リーダーシップが求められるのです。
サーバント・リーダーシップは米国発ですが、日本にも通じる考え方があります。それは、「おもてなし」の精神です。
日本人のサービスは、世界トップレベルです。アジア諸国の企業が手本としています。世界の外国人旅行者たちは、日本人の優しさや親切さに感動し日本のファンになります。
日本人は「おもてなしの精神」で世界の人々へ影響を及ぼしているのです。「おもてなし」とは相手に謙虚になって献身的に尽くすことです。そう考えると、微妙なニュアンスの違いはあるものの、サーバント・リーダーシップは、本来、日本にあったものと考えることができます。
経営陣、リーダー陣が、自社の社員に対して顧客への「質の高いサービス」を求めれるなら、組織内のリーダー層が率先垂範でサーバント・リーダーシップを実践するに限ります。
サーバント・リーダーシップというと、「生ぬるい」とか「部下を甘やかすことになる」と、嫌悪感を覚える人たちがいます。
サーバント型リーダーは、決して部下を甘やかしたりしません。父性の厳しさを否定はしません。時代の流れを見極めて組織を成長させるために、リーダーシップのバリエーションのひとつに「サーバント型」を加えるのです。
時代は確実に変化しています。人材の質も変化しています。リーダーシップも変わることを求められているのです。
変化を導くのがリーダー。ならば「隗より始めよ」で、リーダーたちがサーバント・リーダーシップを取り入れ、組織に新しい風を吹かせるのです。
(文:松山淳)