2010年代になってから、「マインドフルネス」の広がりとリンクするように、日本企業でも「オーセンティック・リーダーシップ」を口にする人が増え始めています。
「オーセンティック・リーダーシップ」とは、「自分らしさ」を大切にするリーダーシップです。
「マインドフルネス瞑想」は、「真の自己」(Authentic Self)に接近していくため、「自分らしさ」「真の自己」を軸に発揮されるオーセンティック・リーダーシップとは、よい組み合わせといえます。
様々なリーダーシップ論が展開される現在、どのような点が特徴的で、効果的なのでしょうか。新たな概念として注目される「オーセンティック・リーダーシップ」についてお話ししていきます。
目次
日本で「働き方改革」が叫ばれ、様々な取り組みが行われてきました。そのトップランナーとして改革を推し進めきたのがユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社の取締役・人事総務本部長の島田由香氏です。
島田氏はユニリーバにおいて「オーセンティック・リーダーシップ」を軸にリーダーシップ開発に取り組んできました。その島田氏は「スマート総研」のインタビュー(2018.9/5)で次のように答えています。
「オーセンティック」とは「ありのまま」という意味ですが、自分らしいということですね。つまり、自分らしいリーダーシップを発揮すればよい、ということです。(中略)
オーセンティック・リーダーシップは、リーダーが自分の弱さ、脆さをオープンにしながら自分の強みを出していくという考え方です。自分の強みは存分に発揮しながら、自分の弱いところ、苦手なところは「私はこれはできない!」と宣言してしまう。でも、それって、チームにそれを得意とする人がいるはずなんです。頼られたらうれしいですよね。そうやってチームは強くなっていく。
「スマート総研」働き方改革の遙か先を行く「WAA」とは(2018.9/5)
ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんに聞く(前編)
イケア・ジャパンのトップ・リーダー「ヘレン・フォン・ライス」社長は、「私のリーダー論」(日本経済新聞)の中で、記者からの「リーダーにとって大切なことは何でしょう」という質問に対して、こう答えています。
「たくさんあります。まずはオーセンティシティー、つまり自分らしさを持つこと、真摯であることです。それに信念を持つことも挙げられます。信念を持てば従業員など他者を刺激できるし、モチベーションを向上させることもできます。」
『日本経済新聞』「私のリーダー論」(2020年5月14日)
インタビューから、島田本部長もライス社長も「オーセンティク・リーダーシップ」を重視していることがわかります。ライス社長の答えた「オーセンティシティー」(authenticity)とは、「オーセンティック」(authenticity)の名詞形ですね。
「オーセンティック(Authentic)」は、「本物である」「信頼できる」「真正の」という意味です。
オーセンティック・リーダーシップは、「本物のリーダー」「信頼されるリーダー」になるために、「本物の自分」をリーダーシップの源泉にすると考えます。
ふたりのインタビュー記事や資料の記述を考えあわせると、「オーセンティック・リーダーシップ」を、こう定義できます。
オーセンティック・リーダーシップとは、「ありのまま」の自分である「自分らしさ」を軸にし、自分なりの価値観を原動力として発揮される倫理観をともなったリーダーシップのこと。
ここで他のリーダーシップ論と一線を画すのは、自分の「外」にベクトルを向けるのではなく、「内」に向ける点です。
リーダーとして「本物」であるために、優れた成果をあげるために、ビジネスリーターたちは、日夜、知識やスキルを習得しようと努力を重ねています。会社で研修があったり、社外のセミナーに参加したり、ビジネス本を読んだり、その自己啓発の行動は、自分の「外」にある何かを手に入れようとする行動です。
そして、外にある知識やスキルが「本物で、信頼できる」ものであればあるほど、自分も「本物のリーダーになれる」と考えます。これは、自分の外に「オーセンティシティー」(authenticity)を求める考え方です。
オーセンティック・リーダーシップは、この考え方を180度、ひっくり返します。自分の内側に「オーセンティシティー」(authenticity)を求めます。
「自分らしさ」「自身の価値観」「信念」「ゆずれないもの」などなど、内面から湧き上がってくる「自分を突き動かすもの」を軸にしてリーダーシップを発揮していくのです。
つまり、オーセンティック・リーダーシップの根本には、自分の内面にあるものこそが「本物である」という「自己真正」の思想があるのです。
この「自己真正」(自分こそが本物である)の考え方は、多様なスキルの向上を求められる現代のリーダーにとって救いになります。「コーチングだ、ロジカルシンキングだ、ファシリテーションだ」と、あれもこれも学ばなければと頭を抱えることはなく、リーダーとして、自分の内側に「本物のもの」=「オーセンティシティー」(authenticity)があるのだから、もっとそれを信頼しましょう、というお話しです。
それでは、次に「オーセンティック・リーダーシップ」の提唱者のひとりである、ビル・ジョージについてお話しします。
「オーセンティック・リーダーシップ」を世界に広めた立役者のひとりがウィリアム・W・ジョージ (William W. George)です。
ジョージ氏は、現在、ハーバード・ビジネススクールのシニア・フェロー(上級研究員)です。元は米国医療機器メーカー「メドトロニック」の会長兼CEOを務め、この会社を急成長させたビジネス・リーダーです。
「メドトロニック」以前は、米国の大手企業でキャリアップを重ね、米国の国防総省では経営幹部職も歴任しています。ビジネスウィーク誌が表彰する「トップ25人の経営者」にも選ばれた実績の持ち主です。
リーダーとして豊富なビジネス経験がありますので、ジョージ教授が提唱する「オーセンティック・リーダーシップ」は、理論偏重になりがちな「机上のリーダーシップ論」ではなく、自身のリーダーシップ経験に裏打ちされた「現実的なリーダーシップ論」といえます。
ジョージ教授は、2003年に『Authentic Leadership』(日本版『ミッション・リーダーシップ』生産性出版)を出版しました。2005年には、ハーバード・ビジネス・スクールに「オーセンティック・リーダーシップの開発」という講座を創設し、次世代リーダーの育成に力を入れています。
『ミッション・リーダーシップ』(生産性出版)に、ジョージ教授はこう書いています。
「本物のリーダーになるためには、各人が自分自身の人格や性格と合致する形で、自分に固有のリーダーシップのスタイルを開発すべきである。
『ミッション・リーダーシップ』(ビル・ジョージ 生産性出版)p19
しかしきわめて残念なことに、組織からのプレッシャーからわれわれはその組織の規範的なスタイルを身につけるように圧力を受ける。しかし自らの特性と一致しないスタイルを身につけようとすれば、われわれは決して本物リーダーになり得ないのだ。」
オーセンティック・リーダーシップが語られる背景のひとつには、リーダーシップ論への戸惑いと嘆きがあります。
リーダーシップ論は、あまりに多くあり過ぎて、「優れたリーダーに共通する資質」も、提唱者によって様々であり、「どれを信用していいのか」、それこそ「どれが本物なのかわからない」というものです。
優れた業績をあげた偉大なリーダーたち、例えば、スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)と松下幸之助(パナソニック創業者)とビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)と本田宗一郎(ホンダ創業者)とマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)と盛田昭夫(ソニー創業者)を比較してみて、「共通する資質」を導き出そうとすれば、それはできないことはありませんが、理論の整合性をとろうとすると、どうしても「こじつけ感」が出てきます。
だから、「人の数だけリーダーシップ・スタイルはあってOK」と認めて、「じゃあ、あとはもう、自分らしさで勝負するよ」と「開き直る」感覚をもたらしてくれるのが、「オーセンティック・リーダーシップ」の特徴でありメリットといえます。
実は、この「開き直り」の感覚は、メンタルタフネス(心の強さ)を形成する重要な要素であり、リーダーに求められる定番の資質です。
「開き直り」の感覚は、競争の激しいビジネスの現場を生き抜こうとする時に、効果を発揮します。
「リーダーシップ論も、いろいろあるけどさ、どれも一長一短だし、じゃあ、最後は〝自分らしさ〟で勝負だね!」
この「開き直りの感覚」を「自己流」に終わらせるのではなく、アカデミックな面からも理論的に支えてくれるのが「オーセティンック・リーダーシップ」であり、それを知っておく大きなメリットになります。
ジョージ教授の理論面の主張をより深く理解しておけば、「開き直りの感覚」もより強く信頼できるものになるでしょう。
そこで、次に、ジョージ教授が提唱した「本物のリーダー」に備わる5つの特性について、お話しします。
ジョージ教授が指摘した5つの特性は、次のものです。
- 【目的】自らの目的をしっかり理解している
- 【価値観】しっかりした価値観に基づいて行動する
- 【真心】真心をこめてリードする
- 【人間関係】しっかりした人間関係を築く
- 【自己統制】しっかり自己を律する
『ミッション・リーダーシップ』(ビル・ジョージ 生産性出版)p26-27の記述を元に作成
図では、こんな感じで表現されています。
❶【目的】自らの目的をしっかり理解している
❶「目的」とは、倫理観をともなった「目的」のことです。
ビル・ジョージ教授がオーセンティック・リーダーシップを提唱する背景には「リーダーシップ論の多様性からくる混乱」と、もうひとつ、「倫理観を失ったリーダーたちの存在」があります。
リーダーたちが倫理観のない誤った「目的」で経営を行ったため数々の悲劇が引き起こされています。日本と同じように米国でも数々の企業不祥事が発覚しているのです。
『ミッション・リーダーシップ』(生産性出版)の序章は、「エンロン社、アーサーアンダーセン社は大変なことをしでかしてくれた」と始まります。
これは、2001年に発覚した「エンロンの不正会計事件」のことですね。エネルギー事業を核に成長した「エンロン」は、米国の巨大多国籍企業でした。2000年時点で、売上高は1,000億ドル(日本円で約10兆円)を超えていました。しかし、粉飾決算が露呈し、倒産してしまうのです。
アーサーアンダーセン社はアメリカの大手会計事務所で、世界5大会計事務所に数えられる名門でした。ところが、エンロンの不正会計に関わっていたため、顧客を失い解散することになります。
エンロンもアーサーアンダーセンも、経営リーダーの多くは、一流大学を卒業した知能指数の高い人ばかりです。
その頭のよい経営リーダーたちが、私利私欲から不正に手を染め、数多くの人の人生を狂わせました。世界で繰り返される有名企業の不祥事を考えると、悲しいかな「知能指数の高さ」と「倫理観の高さ」は必ずしも比例しないといえます。
この点をジョージ教授は、元企業のトップリーダーとして、嘆いているのです。そこで、こう書いています。
「経営リーダーが真正の方法で経営に取り組み、組織をリードしていれば、世界の人々に多大の幸福をもたらし、世界を変えることに貢献できる、永続的な組織を築くことができる」
上の一文から経営の「目的」をピックアップすれば、「世界の人々に多大の幸福をもたらす」ことであり、「世界を変える」ことであり、「永続的な組織を築くこと」ですね。
経営を行う「目的」には高い倫理性が求めれれ、「善の意思」にもとづくものでなければなりません。オーセンティック・リーダーシップには、高い倫理観が求められるのです。
❷【価値観】しっかりした価値観に基づいて行動する
❷「価値観」は、❶「目的」のベースになるものであり、リンクしています。
破綻に導いた「エンロン」の元CEO(最高経営責任者)は、ジェフ・スキリングです。スキリング元CEOはハーバード大学の卒業です。
エンロンに事件が発覚した時、大学時代の友人が、スキリングの様子を回顧しています。スキルングはクラス討論で、こう発言していたのです。
「ビジネス・リーダーの役割は、お金を儲けるためには法律の穴を見つけてどんどん活用し、法律を枠を超えて積極的に行動すべきだ」
この発言が事実であれば、スキリングは、「法律の穴を見つけて活用してよい」という❷「歪んだ価値観」に基づき、「お金を儲けを最優先する」という❶「歪んだ目的」に向かって経営を行い、そして多くの人を不幸に導いたリーダーだったといえます。
スキリングには、裁判の結果、24年の刑が言い渡されています。ハーバード大を卒業して24年間の刑務所暮らしとは、なんとも悲しく寂しい人生です。(その後、14年に減刑され2018年に釈放)
スキリング元CEOを「本物のリーダー」と呼べるでしょうか。彼がもし「善」にもとづいた価値観でリーダーシップを発揮して1000億ドル企業を作り上げたとしたら、それは間違いなく「本物のリーダー」です。
でも、彼は、学生時代の発言にみられるように、「歪んだ価値観」をもち、善の道から外れた歪んだマネジメンを行ってしまったのです。
ですので、リーダーがどんな❷「価値観」をもっているかが重要なわけです。
「リーダーはその価値観と人格によって判断される。本物のリーダーに伴う価値観は、個人の信条によって形作られ、学習、内省、ほかの人たちからの助言、さらに一生を通じた経験によって開発される。これらの価値観がその人の道徳の羅針盤を生み出す。そしてリーダーたちはその羅針盤の指す「真の北」の方向、つまり正しいことを実行する指針を見いだす。このような道徳の羅針盤を備えていないと、いかなるリーダーといえども最近有罪の判決を待っている経営幹部のようになってしまう。つまりことの善悪を判断する感覚を失ってしまうからだ」
倫理観にもとづく善の価値観を築き上げ、「道徳の羅針盤」をもつことが、オーセンティク・リーダーシップの要となります。
❸【真心】真心をこめてリードする
❸「真心」で意味することは、「働く人」を大切にすることです。
真心のないリーダシップとは、ブラック企業でのリーダーシップです。人材を尊重する組織風土が欠落し、職場は常にギスギスしています。部署が違えば互いに敵同士のように対立していて、次から次へと人が辞めていきます。そうなるのは、リーダーたちに「真心」が欠けているからです。
「ブラック企業」の反対である「ホワイト企業」と言える「働く人を大切する」会社は、法政大学の坂本光司教授が本にまとめた『日本でいちばん大切にしたい会社』【1〜7】(あさ出版)で知ることができます。
この本に「日本理化学工業」という主にチョークを製造販売している会社が登場します。この会社の社員の7割は、知的障害者をもった人々です。障害者雇用が大手企業でも進みつつありますが、決して、順調とは言えません。
そんな日本において、昭和34年(1959年)から障害者雇用を始めて、経営を継続させてきたのが「日本理化学工業」です。
長年にわたり「日本理化学工業」の社長と会長を務めた大山泰弘氏は、障害者雇用を推し進めてきた人です。2019年2月に残念ながらお亡くなりになりました。大山会長が、まだお元気だった頃に、二度ほど、会社見学をさせていただき、大山会長の講演も聞くことができました。まさに真心を込めて社員をリードしていたオーセンティック・リーダー(本物リーダー)でした。講演を聞いた会議室に「だるま」がたくさん飾られていたのが印象的でした。
その大山会長は、『働く幸せ』(大山泰弘 WAVE出版)という本のなかで、こう書いています。
「人間の幸せは、ものやお金ではありません。
人間の究極の幸せは次の4つです。
その1つは、人に愛されること。
2つは、人にほめられること。
3つは、人の役に立つこと。
そして、最後に、人から必要とされること。
障害者の方たちが、施設で保護されるより、企業で働きたいと願うのは、社会で必要とされて、本当の幸せを求める人間の証なのです」
『働く幸せ』(著 大山泰弘 WAVE出版)
経営には「お金」が必要です。「お金」がなければ経営は成り立ちません。「お金」から目を背けるのはリーダーの資質に欠けます。ですから、「お金儲け」が、ついつい最優先になりがちです。
ですが、『日本でいちばん大切にしたい会社』に登場する会社は、「お金」より「社員の幸せ」を優先して考えます。それで経営が成功し、会社も継続してきているのです。この経営スタイルが、ジョージ教授のいう❸「真心をこめてリードする」のお手本であり、オーセンティック・リーダーの特性です。
坂本教授は、『日本でいちばん大切にしたい会社』【1】(あさ出版)の中で、こう書いています。
会社は、売上を上げるために、利益を上げるために存在しているのではありません。
『日本でいちばん大切にしたい会社』【1】(坂本光司 あさ出版)
本当に人々に必要とされ、社員たちも誇りをもって働くことができる、その結果、みんなが幸福を感じることができる、そんな会社になるために存在しているのです。
❹【人間関係】しっかりした人間関係を築く
❹「人間関係」でのポイントは、リーダーが部下たちとリアルな人間関係を築くことです。
というのも、リーダーはポジションがあがっていくと、経営戦略・戦術、仕事の成果という「抽象概念」を取り扱う時間が多くなり、ついつい部下との関係性を軽視し、距離を置くようになるからです。
部下との関係性は、離れすぎず親しすぎずのバランスが求められます。ただ、「リーダーが何を考えているかわらかない」ほど離れてしまっては、やはりデメリットが大きくなります。
マネジメント手法にMBWA(Management By Wandering Around)がありますね。「Wandering」は「歩き回る」という意味です。リーダーが職場を歩き回り、部下と日常会話も含めて何気なくコミュニケーションをとることで、情報を収集しつつ、マネジメントを行っていくのです。
これは「しっかりした人間関係を築く」ための具体的手法といえます。
部下もやはり人間ですので、リーダーに言葉をかけてもらえて、直接、「認めてもらえる」ことを求めているものです。そこでジョージ教授は、こういっています。
「人々から距離を置くリーダーシップのスタイルは二一世紀では効果をあげられない。今日の人材は、自分の仕事に十分な貢献意欲を示すに先立って、彼らのリーダーとの個人的な関係を要求する。自分のリーダーに接触することを求めるのだ。というのは、信頼と献身が生まれるのは、リーダーとの関係におけるオープンさと深さによるという事実を彼らが理解しているからだ。」
上司と部下が感情的にこじれて互いを無視するようなケースを除けば、「単純接触の法則」は、人間関係でも成立するものです。
「単純接触の法則」とは、会話をしたり食事をしたり、日頃、何らかの形で「接触」している人とそうでない人とでは、信頼感や好意に差が出るという法則です。
つまり実際に「会う」ことは、「信頼」を形成するチャンスです。そして、どの程度、「オープンに深く」話せるかは、リーダーの性格やコミュニケーション力に左右されます。
この時、作られた「偽りの自分」ではなく、「本物の自分」(オーセンティシティ)を「オープン」にすることで、互いの信頼関係は、より強くなっていきます。
メールやSNSでのコミュニケーションが主体になる時代です。新型コロナウイルスの影響で、テレワークが継続されれば「会う」機会はさらに減っていきます。
このビジネス環境は「会う」ことの必要性をゼロにするものではなく、「会う」ことの意味をより深いものにしていきます。なぜなら、 「本物の自分」(オーセンティシティ)を感じて信頼してもらうためには、「会う」ことが欠かせないからです。
オーセンティック・リーダーたちは、リアルで会うことを通して、より「自分らしさ」を感じたもらい、「しっかりした人間関係」を築きあげ、リーダーシップを発揮していきます。
❺【自己統制】しっかり自己を律する
❺「自己統制」は、自身の価値観を行動へ結びつけることです。
歪んだ価値観を持たないことは当たり前のことですが、どれだけ「善」にもとづく言葉の美しい「価値観」をもっていても、それを行動に移さなければリーダーシップとはいえません。
とかく人は易きに流されやすいものです。うまい「儲け話」があれば、「楽して儲けたい」と欲が出て、ついつい「商売道」から外れた「ダークサイド」へ踏み込んでしまいます。すると、法の盲点をついたり、法を犯してでも儲けようとしたりして、気づいたら「善の道」に引き戻せなくなっています。
書類の改ざんなど、法を犯す行為が組織内で常態化し習慣化していると、罪の意識が薄れていていきます。
「この業界じゃ当たり前」「誰もがやっていることだから、別にやってもいい」「ギリギリだけど、法律違反じゃないんだから、OK」
そんな屁理屈で自分を正当化し、悪いことをしているという意識がなくなっていくのです。これは、自己統制ができていない麻痺状態ですね。
ジョージ教授は、こう書いています。
「本物のリーダーであれば、彼の価値観を一貫した行動を通じて表明するために、できる限りの努力を示すという自己規律を備えている。成功に至らなかったときに、自らのミステークを正直に認めることも同様に大切だ」
「エンロン」のスキリング元CEOが❺「しっかり自己を律する」ことができていれば、不幸は起きませんでした。企業不祥事を主導する日本企業のリーダーたちにもいえることです。長期に渡って組織ぐるみで罪を犯していると、「別に問題はない」と錯覚を起こすのです。
だから、リーダーの「自己規律」が組織を永続させる生命線といえるのです。
1000億ドルの売上げを記録しようと、自己を律することができず、不正が行われていたのであれば、「オーセンティック・リーダーシップ」とはいえませんね。
それでは、次から「自分らしさくあるための5つの習慣」について述べていきます。
ジョージ教授の「本物のリーダー」の5つの特性を考えると、リーダーが「人として真っ当であること」「善の道を歩むこと」、つまり「倫理観」を強調していることがわかります。
ですので「オーセンティック・リーダーシップ」の特徴として、「自分らしさ」というワードに加えて「倫理観」が強調され語られます。これは、エリートたちが悪に手を染めてしまう現代という時代からの要請といえます。
「自分らしく」「ありのままの自分」を大事にすればいい、という考え方だけではなく、そこに「倫理観」をともなうのが「オーセンティック・リーダーシップ」です。
ここでもう一度、定義をおさらいしておきましょう。
オーセンティック・リーダーシップとは、「ありのまま」の自分である「自分らしさ」を軸にし、自分なりの価値観を原動力として発揮される倫理観をともなったリーダーシップのこと。
「倫理観」とは「人間らしさ」を発揮することです。
ですので、オーセンティック・リーダーシップ論で、「自分らしさ」といった時に、「人間らしさ」を前提条件にしているとも表現できます。「人間らしさ」は、「善と悪」の板挟みに迷いながらも、「悪」の道に進まず、「善」を実行する行為の中に発見できます。
「あれが欲しい、これが欲しいと、もっと欲しい」と、自分の欲求に負けて悪の道へと走ってしまったら、自己統制のきかない動物に過ぎません。欲を統制し、欲に打ち克つ高度な知能と精神をもつ存在が人間であり、そこに「人間らしさ」があります。
だから、「自分らしさ」を発揮することは、同時に「人間らしさ」を発揮することです。
「自分らしさ」を深く知ることは、「人間らしさ」を深く知ることです。
自分という存在を深く知った時に、その「自分らしさ」が「正しい道を求める人間らいしい自分」でもある。そう倫理観をもって行動するのがオーセンティック・リーダーシップです。
『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された論文集である 『オーセンティック・リーダーシップ』(ダイヤモンド社)には、ビル・ジョージ教授が共同執筆になっている論文があります。その論文『「自分らしさ」を貫くリーダーシップ』には、こう書かれてあります。
「オーセンティック」、すなわち「自分らしさ」を貫くリーダーは、自らの目標に情熱的に取り組み、自らの価値観をぶれることなく実践し、知識だけでなく感情の面から人々を引っ張っていく。実りある人間関係を長期的に築き、自らを律することで結果を出す。それもこれも、自分自身を知っているからである。
『オーセンティック・リーダーシップ』
(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 ダイヤモンド社)
この一文には、「5つの特性」(❶目的、❷価値観、❸真心、❹人間関係、❺自己統制)の要素が散りばめられていますね。そして、最後に、「自分自身を知る」ことの重要性を主張しています。
「自分らしさ」を知っているからこそ自分を貫くオーセンティック・リーダーシップの発揮が可能になるわけです。
では、「自分らしさ」を知り「自分らしくある」ためには、どうすればよいのでしょうか。
この点に関して、「オーセンティック・リーダーシップ」を全面的に扱っている書『なぜ、あなたがリーダーなのか 本物は「自分らしさ」を武器にする』(ロブ・ゴーフィー , ガレス・ジョーンズ 英治出版)に、5つのヒントが記述されています。
これがとても参考になりますので、5つの内容を紹介しつつ、簡単にコメントをしていきます。
- 新たな状況に身をさらす
- フィードバックを正しく得る
- 歩んできた道をみつめなおす
- 生い立ちを振りかえる
- 第三の場所を見つける
『なぜ、あなたがリーダーなのか』(ロブ ゴーフィー , ガレス ジョーンズ 英治出版)p99-101
❶新たな状況に身をさらす。
新しい部署への異動や転職など、リーダーは、キャリアを重ねていく段階で、常に「新たな状況に身をさらす」ことになりますね。
新たな状況で人間関係がリセットされる時は、自分をリセットするよいチャンスとなります。転職をしようと思えば、面接に備えて、改めて自分の「強み」「弱み」を内省して意識化することでしょう。新たな状況に遭遇すると、自分を知ろうとする「自己洞察」が深まります。
リーダーとして、異業種交流する場や、社外のセミナーに参加して、会社以外の人間関係を新たにもつことも「新たな状況」のひとつですね。多くの人の集まる場が苦手であれば、1対1で、じっくりと話し合えるコーチングを受けるのもいいでしょう。
本来の自分を出せる、引き出してもらえる場へ意識して足を運ぶことが「自分らしさ」を知り、自分らしくあるための知恵です。
❷フィードバックを正しく得る。
自分のことは自分が一番、知っている。とはいうものの、自分では気づけない「盲点の自己」を人は常に持っているものです。
よくあるパターンは、仕事ができることで「天狗」になっていること、「裸の王様」になっていることに気づけない状況です。
「自分はリーダーとして仕事ができる」と思っているのに、周囲の人が、全然、そうは思っていないのです。「自分らしさ」は出ていても「人間らしさ」が薄くなっているのです。その状態が長引けば、仕事に支障をきたし始めるでしょう。
360度多面評価が導入されフィードバックを受けていれば、ある程度、「天狗」「裸の王様」状態を防止できますが、1年に1度のフィードバックだと難しい面があります。
職場での日常的な雑談で「自分がどう見られているのか」をさりげなく聞ければいいでしょう。また、率直な意見を言ってくれる、友人や家族の言葉を聞きれることも重要です。親しい関係だと「そんことはない」と拒絶しがちになりますが、真実を告げているものです。
また、定番ですが、自分の性格を分析するのもフィードバックのひとつですね。「本物の自分」に近い概念に「生まれ持った性格」があります。世界のビジネスリーダーたちが受検している国際的性格検査MBTI®では、その人の「生まれ持った性格」を浮きぼりにします。これは集合研修のかたちもあれば、個人セッションでも可能です。
MBTI®に限らず、他の性格分析を含めて、自身の性格を第三者から指摘してもらうのは、「本物の自分」を知る、よいフィードバックになります。
❸歩んできた道をみつめなおす。
❸は、キャリアの「ふりかえり」ですね。学生時代の就職活動に始まって、現在の仕事に至るまでを、見つめ直してみましょう。
- なぜ、今の仕事を選んだのか?
- どうして、今の会社なのか?
- これまでの仕事で記憶に残る成功体験は?
- 忘れられない失敗体験は?
- 仕事で、自分らしさを発揮できたのは、どんな時?
日々の仕事に追われていると、なかなか自分を振り返る機会はありません。会社でキャリア研修があればよいですが、その場でも社内の人間関係があると、「つくった自分」で答えてしまう場合もあります。
4半期ごととか、何か節目を決めて、自分が歩んできた道をふりかえることで、自分らしさを見つけ出し、それを維持することができます。
❹生い立ちをふりかえる。
「オーセンティック」(Authentic)の語源はギリシャ語の「根源となる」です。自分にとっての「根っこ」は、「生い立ち」にあります。
成人して社会に出て、生きていくために「自分らしさ」を時には、隠すことも求められます。特に日本社会は同調圧力が強く働いています。目立つ人は嫌われ、出る杭は打たれがちです。なので、「まわりの人と同じであること」で、波風を立てない処世術が無意識の内に身についてしまいます。
そうなると、「自分らしさ」といわれても、どの自分が、「本物の自分」なのかわからないのです。
そんな時こそ、自身の「生い立ち」を改めてふりかえってほしいのです。幼い頃の自分、幼稚園、小学生の時の自分、あるいは、イキイキとしていた青春時代でもよいでしょう。
自分の「根っこ」だと感じる時期を思い出してみて、そこから「自分らしさ」を深めるヒントをもらいましょう。
❺第三の場所を見つける。
「会社で自分をつくっている」
「本来の自分ではない」
「職場では無理して自分を演じてる」
そんな風に感じている人は、多くいます。
職場で「自分らしさ」を発揮できない理由は様々ありますが、「人事評価」は、そのひとつです。人は「よい評価」を受けるために、自分を偽ることがあります。無理をして「本物の自分」ではない自分で、働き続けてしまうのです。
そんな時ほど、あなたの「過去」と「現在」を知らない人たちと交流する時間が役に立ちますです。これは❶「新たな状況に身をさらす」と関連することですね。
「第三の場所」(サード・プレイス)とは、スターバックスのコンセプト・ワードでもありますね。職場が「第一の場所」で、家庭が「第二の場所」とした時、そのどちらにも属さない、どちらの自分でもない自分を出せる場が、「第三の場所」です。
学生時代の仲間との集まりや趣味の仲間との旅行などは「第三の場所」になるでしょう。ヨガスクールや瞑想教室での仲間をつくったり、ボランティア活動に参加したり、何らかのコミュニティと関わるのもいいですね。
肩肘を張らず、社長とか部長とか課長とか、役職や肩書きを捨てて、「ありのままの自分」を認めてもらえる場で時間を過ごすのです。
「第三の場所」で定期的に「自分らしさ」を確認できれば、それを「強み」にしてオーセンティック・リーダーシップを発揮することができます。
リーダーシップとは、他者へ与える「影響力」のことです。影響力の発信基地は自分自身です。
リーダーとしてレベルアップしていく時に、「明日からすぐに役たつスキル」を求めつつも、自分の内面を磨くことも忘れたくありません。
「内面を磨く」といった時に、ふたつの方向性があります。一つ目は、仕事での「修羅場」をくぐり抜けて「心を磨く」ことです。ふたつ目が、「自分を深く知る」ことで「自分らしさ」を磨くことです。
「自分らしさ」といっても、何となくフワフワしていて、つかみどころがないように受け取られがちですが、「これが自分、これでいい」と「自分らしさ」が、腹落ちした時には、メンタル面での「強さ」を発揮するものです。
その強さがオーセンティック・リーダーシップを発揮する際のパワーの源です。
誰かの真似をしようとしたり、手本になる人はいないかと探したりすることもなくなります。リーダーシップの源は、「外」にではなく、やっぱり「内」にあるのです。
ビル・ジョージ教授は、論文でこう書いています。
「誰かの真似をするとは、本来の自分を偽ることである。他人の経験に学ぶことはできるが、他人になりましても無意味である。信用は、誰かを真似ている時ではなく、ありのままの自分を表現できている時に得られるものだ。」
『オーセンティック・リーダーシップ』(ダイヤモンド社)
共著論文『「自分らしさ」を貫くリーダーシップ』
ありのまま自分を信じられる時に、人は自分の「強み」を発揮しています。それが、「自分らしさ」であり、オーセンティック。リーダーシップの源です。
ありのままの自分で、勝負しましょう!
(文:松山淳)