虚しさ(空虚感)を感じた時の対処法は、未来の理想の姿を思い描き、その「未来のために、今、自分にできることは何か」を考え、それに無我夢中になること。苦しんでいる「今の自分」の感情(虚しさ)を意識し過ぎない。虚しさなら虚しいまま、あるがままの自分を認め、未来のために今できることをやっていくのが虚しさとの向き合い方である。
また、虚しさを克服するための心理ワークがある。「未来の自分」を想像し、その自分が「今の自分」に何とアドバイスするかを考える。「未来の自分」が「今の自分」に贈るアドバイスには思わぬ心理的効果がある。
このコラムでは、「生きる意味の心理学」ともいわれるフランクル心理学(ロゴセラピー)の考え方を紹介しながら、虚しさの対処方法について解説していく。
最後に「虚しさ」を克服するワーク「①未来の自分」「②エンプティ・チェア」を記す。
「虚しさ」と「生きる意味」
日中、仕事や家事に追われて忙しくしていると、時間があっというまに過ぎていきます。1日が終わり、さあ寝ようとする時に、すぐに寝られることもあれば、「かわりばえのない毎日が、この先もずっと続くのか」と、ふっと「虚しさ」が心にすべりこんでくることがあります。
「生きる意味」が感じられない。
生きていることに手ごたえがない。寂しいというか、何かが欠けているというか。うまく言葉にできないやるせなさが、「虚しさ」(空虚感)にはあります。
心が元気であれば、ため息ひとつこぼして、「そんなこと考えても仕方ない、さあ、明日も早いんだ、寝よう寝よう」と、自分に言いきかせ、眠りの世界へ落ちていくことができます。
ですが、「虚しさ」にとらわれてしまうと、ため息が何度もこぼれ、あれこれ考えてしまい、なかなか寝つけなくなります。
「なんで、寝られないんだ」
寝られないこと自体が、自分を責める否定的な感情と結びついて、さらに「虚しさ」が強まります。不眠の原因は様々ですが、「虚しさ」もそのひとつです。
精神的に健康な時には、「虚しさ」は一瞬で終わりますが、とらわれてしまうと、時に、人生に致命傷を与える重大なつまづき石となります。
「生きる意味の心理学」ともいわれる「ロゴセラピー」(logoterapy)の創始者V・E・フランクルは、「生きる意味の喪失感」「虚しさ」(空虚感)に苦しむ人々を救い続けた心理療法家です。
フランクルは、ある大学生から、こんな手紙を受けとりました。
「私はここアメリカにおいて、自分の現存在の意味を絶望的に探し求めている私と同年輩の若い人たちにぐるりと周りを取りかこまれています。私の最上の友人のひとりは、まさにそのような意味を見出すことができなかったために、つい先頃亡くなりました」
『生きがい喪失の悩み』ヴィクトール・フランクル[著]、中村友太郎 [訳] 講談社)p14
「亡くなりました」とは、恐らく「自殺」だったのでしょう。
「現存在の意味」とは、「自分が存在する意味」のことですから、シンプルに「生きる意味」と考えてよいでしょう。
「生きていても意味がない」
そんな深刻な「虚しさ」は、人を死に追いやることすらあります。人によっては、それほどまでに「生きる意味」は痛切に必要なものとなります。
2種類のむなしさ
「生きる意味」の欠落感からくる「むなさしさ」をフランクルは、「実存的空虚」(existential vacuum)と名づけました。「実存的欲求不満:existential frustration」とも言っています。
「実存的空虚」
(existential vacuum)
「実存的空虚」には「急性型」と「慢性型」の2つのタイプがあります。
- 急性型(原因を理解できる)
失恋、親しい人との死別、リストラ、会社の倒産、自然災害で家を失うなど、突如として訪れる悲劇による「空虚感」。「虚しさ」の「原因」は自分でわかります。 - 慢性型(原因を理解できない)
日常生活の中で、強く感じられる持続性の高い「空虚感」。「虚しさ」の原因が自分でもよくわからない。
もちろん「急性型」も「慢性型」も、どちらも辛いものです。2つの違いは、原因が「わかっているか」「わかっていないか」です。
「慢性型」は、「なぜ、むなしさをこうも感じるのか」、その理由が自分でもよくわからないから、余計にやっかいです。
「慢性型」の「虚しさ」に苦しむ人の中には、社会的に成功していて裕福な人もいます。家があり、仕事があり、食べていけています。
日々の生活に不満が無いといったら嘘になるけれど、「では、不幸なのですか」と問われたら、「そんなことはない」と答えられます。
ただ、自身の不幸を否定した瞬間に、どこか違和感があり、心の底で疼(うず)いている慢性型の「空虚感」が、頭をもたげてきます。
でも、その「空虚感」が、なぜ存在しているのかは、わからないのです。「ただ、むなしい」のです。
「虚しさ」が生まれる理由
原因不明の「虚しさ」は、なぜ、生まれてくるのでしょうか?
フランクルは、この答えになる考えとして次のコンセプトを提唱しました。
意味への意志
(will to meaning)
「意味への意志」とは、「生きる意味」を求める心の動きのことです。フランクルは、こう書いています。
「人間が意味を求めることは人間の生命の内にある根源的な力であって、決して本能的衝動の「二次合理化」などではありません。この意味は各人にとって唯一かつ独自なものであり、まさにその人によって充たされねばならず、またその人だけが充たすことのできるものなのです。」
『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)p5-6
ここでポイントとなるのは、フランクルが「意味を求める」ことが人間の「根源的な力」だといっている点です。「根源」とは、別の言葉で表現すると「おおもと」のことです。
フランクルは、人間の「おおもとの力」として「意味への意志」があるといっています。「おおもとの力」とは、私たちの「生きる力」のことであり、「意味への意志」は「生きる力」と結びついてます。
「意味への意志」=「生きる力」
すると、学生が手紙に書いたことも理解できます。「生きる意味」が人間の「おおもとの力」であれば、「おおもとの力」を見出せないことによって「生きる力」が失せて、自ら命をたってしまったということです。
人生には様々な困難がつきものです。成功もあれば挫折もあります。ですので、長い人生の間で「おおもとの力」を、常に100%充たし続けるのは難しいことです。ですので、「虚しさ」は、どんな人にも、いつ生まれてもおかしくないものといえます。
「虚しさ」が生まれる理由は、人間が「意味への意志」をもつ存在だからといえるのです。
では、私たちは、その「虚しさ」にどう対処していけばいいのでしょうか。
つづいて、フランクルが創始した心理学「ロゴセラピー」の考え方を紹介しつつ、「虚しさ」への対処法について考えていきます。
「虚しさ」への対処法
フランクルが創始した心理学の名前は「ロゴセラピー」(logotherapy)です。
「ロゴ」は、ギリシャ語のロゴス(Logos)で、「意味」(meaning)のことです。セラピー(Terapy)は「療法」ですので、ロゴセラピーは、「意味療法」あるいは「意味による療法」のことです。
フランクルは、『意味による癒し』で、こう書いています。
「ロゴセラピーはむしろ未来に焦点を合わせます。すなわち、ロゴセラピーは、未来において患者によって果たされるべき責任と意味に焦点をあわせるのです。」
『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)p5-6
「むしろ未来に焦点を」で「むしろ」と書くのに理由があります。
フロイトの精神分析では、「過去」に焦点を合わせます。「過去」に何があったかを患者から聞き出し、「過去」にどう感じたかを思い出してもらいます。主に過去を分析するのが当時の精神分析です。
でも、フランクルは「未来」だといっています。
過去から今を考えるのではなく、
未来から今を考える。
これがロゴセラピーの大きな特徴であり、「虚しさ」に対処では、「未来から今を考えると」とは具体的にどのような考え方でしょうか。
フランクルは20世紀最大の悲劇と言われたナチスの強制収容所を生き延びた心理学者です。その時の体験を記した『夜と霧』(みすず書房)は世界的ベストセラーになっています。
強制収容所での日々を冷静に観察し、フランクルは、あることを発見しました。悲惨な状況にありながらも、それに「よく耐えた人」と「耐えられなかった人」の違いです。厳しい逆境に「よく耐えた人」は、こんな特徴を持っていました。
「ナチスの強制収容所で証明されたことですが(さらに後に日本と朝鮮でもアメリカの精神科医たちによって確認されたことですが)、満たすべき使命が自分を待っていることを知っている人ほど、その状況に容易に耐えることができたのです」
『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)p5-6
「使命」とは、未来に向かって責任をもって行われる自分のやるべきこと。
「これからまだまだやるべきことがある」
「家族のためにすべきことが残されている」
そんな風に自分の「使命」を意識できた人は過酷な環境を「よく耐える」ことができました。「むなしさ」にとらわれることなく、押しつぶされることなく、心を強く保つことができたのです。
そこで、フランクルは、強制収容所の囚人たちに問いかけました。
「未来に、あなたを待っている誰かはいないか?」
「未来のために、今、すべきことは何かないか?」
ある囚人は、外国で子どもが待っていることを思い出しました。
ある人には、やりかけの仕事が残っていました。
未来で待っている「人」や「仕事」、つまり「使命」を意識することで「意味への意志」が満たされ、地獄のように辛い状況に耐えることができたのです。
フランクル自身は、ナチスに奪われた原稿の書き直し作業を強制収容所で行っています。
収容所を生き延びた未来に、その原稿を出版することをフランクルは「使命」だと考えていました。原稿を書くこと、使命を意識することでフランクルは、死に至る発疹チフスにも打ち克つことができました。
そして解放されたフランクルは出版を実現し、その「使命」は見事に果たしたのです。
これが「未来」に焦点を合わせることであり、「未来」から、今,自分がすべきこと=「使命」を自覚していくことです。
「今、自分が何をしたいか」
と自分の欲求を中心にして今を問うのではなく、
「未来のために、今、すべきことは何か」
と、未来を中心にして、今ある「使命」を問うのです。
「使命」というと、地球環境問題に取り組むとか、社会的な問題を解決するとか、そんな大きな事を考えがちです。でも、フランクルが言うのは、そうではなくて、もし、今、目の前にすべき仕事があるならば、それを「使命」だと考えるのです。
ここで強調したいのは、どれだけ無我夢中になれるかです。
フランクル心理学には、「自己超越」という重要なコンセプトがあります。
「自己超越」とは何か「自己超越」の具体的な行動とは、シンプルに言ってしまえば、自分にとらわれず「今、自分のすべきこと」(使命)に無我夢中になることなのです。
そうした「使命」に無我夢中になって取り組んでいけば、「生きる意味」を満たすことができ、「むなしさ」を克服することができます。
未来で待っている誰かために、未来で待っている何かのために、今できることがあります。
その今できることに無我夢中になれば、「虚しさ」はきっと消えていくことでしょう。
(文:松山 淳)
虚しさを克服する心理ワーク
虚しさを克服するワーク❶「未来の自分」
- 「虚しさ」がなくなった元気な「未来の自分」について、どんな様子かを書き出す。
- 目を瞑り深呼吸を繰り返し、元気な「未来の自分」を目の前に思い描く。
- 「今の自分(俺、私)に何かいいたいことはある?」と尋ねる。
- 「未来の自分」と自由に対話をする。
- 会話の内容を記憶し、その都度、メモをとる。
虚しさを克服するワーク②「エンプティ・チェア」
- 「虚しさ」がなくなった元気な「未来の自分」について、どんな様子かを書き出す。
- 椅子を2つ用意し、向き合わせにする。
- 一方の椅子に座り、目の前に元気な「未来の自分」が座っているとする。
- 「今の自分に何か言いたいことはある?」と尋ねる。
- 上の質問を尋ねたら、向かいの椅子に移動して、未来の自分に成りきる。
- 「未来の自分」に成り切り、目の前にいる「今の(虚しい)自分」に言葉をかける。
- 何度も椅子を行き来(往復)して、自由に対話を重ねていく。
- 会話の内容を記憶し、その都度、メモをとる。
【参考文献】
『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)
『生きがい喪失の悩み』(ヴィクトール・フランクル[著]、講談社)
『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル[著]、みすず書房)