写真は、「アップルの社員証」(2004年)に書かれていた「成功のルール」です。この投稿をしたのは、アップルの元社員Huxley Dunsany(ハクスレー・ダンサニィ)です。知的かつ刺激的で、モチベーションのあがる言葉が並んでいます。
社員証の上部にある「JB’s Rule for Success」の「JB」とは、2004年当時、米州諸国およびアジア太平洋担当副社長であったジョン・ブランドン(John Brandon)氏のことです。11のルールは、彼の発案です。
この日本語訳が、『BUSINESS INSIDER』の記事『アップル社員証の裏に書かれた「成功のための11のルール』(翻訳:一柳優心)にありました。
- 古いものは手放し、未来を最大限に生かせ。
(Let go of the old, make the most of the future.) - 常に真実を語れ。悪い知らせほど早い方が良い。
(Always tell the truth, we want to hear the bad news sooner than later.) - 最高の誠実さが求められる。疑問があれば、聞くこと。
(The highest level of integrity is expected, when in doubt, ask.) - 良いセールスパーソンではなく、良いビジネスパーソンになることを学べ。
(Learn to be a good businessperson, not just a good salesperson.) - 床は全員で拭く。
( Everyone sweeps the floor) - スタイル、スピーチ、顧客をよく見ることにおいてプロであれ。
(Be professional in your style, speech, and follow-up) - カスタマーの言葉を聞け。そうすれば概ね理解してくれる。
(Listen to the customer, they almost always get it.) - パートナーとWin-Winの関係を作れ。
(Create win/win relationships with our partners) - お互いに気を配ろう。情報を共有することは良いことだ。
(Look out for each other, sharing information is a good thing.) - 難しく考えすぎない。
(Don’t take yourself too seriously.) - 楽しむこと。でなければ価値がない。
(Have fun, otherwise, it’s not worth it)
自分なりの「仕事の哲学」「リーダー哲学」を考える時に、参考になりますね。あるいは、チームとして大事する価値観「チーム・バリュー」にも応用できそうです。
そこで、何か参考になればと、情報を加えながら、ひとつひとつ、簡単にコメントをしていきます。
❶古いものは手放し、未来を最大限に生かせ。
新たなテクノロジーを開発し続ける最先端企業として、「古いものを手放す」ことは使命といえます。
2004年というと、2001年に「iTunes」「iPod」が発売されアップルの成長が加速している時です。2003年にジョブズの体に膵臓癌がみつかり、CEOジョブズの健康状態が不安視されていました。ですが、健康状態を取り戻したジョブズは、「初代iphone」発売(2007年)のプレゼンを大成功させます。
私たちが手にしているスマートフォンの始まりは「初代iphone」であり、アップル社が、未来を最大限に生かそうと、古いものを手放し続けてきた成果です。
古いものを手放すには、勇気がいります。なぜなら、使い慣れたものには愛着があり、その愛着を断ち切るのに心理的パワーを要するからです。もし、古いものを手放せないジレンマに陥ったら、ジョブズの言葉を思い出してみてください。
2005年スタンフォード大の卒業式で行った「伝説のスピーチ」で、ジョブズはこう語っています。
「あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです。」
『日本経済新聞』(2011/10/9)「ハングリーであれ。愚か者であれ」ジョブズ氏スピーチ全訳
未来のことは、どうなるかわかりません。神のみぞ知るです。やってみて自分で答えを出すしかないのです。
ですから、古いものを手放し、未来を最大限に生かそうとする時、最後の最後、頼りになるのは、自分の「内なる声」であり、「直感に従う勇気」です。
❷常に真実を語れ。悪い知らせほど早い方が良い。
元ボストンコンサルティングCEOで、ドリームインキュベーターの創業者「堀紘一」氏の著書に、「悪い知らせ」に関する記述があります。
「リーダーに入ってくる話しの九割以上は嫌な話しである。問題が発生したというものばかりだ。とくに突然来る話は100パーセント悪い話と思って間違いない。時にはいい話も来るが突然来ることはない。いい話は段階を追って入ってくることが多い。」
『リーダーシップの本質』(堀紘一 ダイヤモンド社)第1版
なぜ、「悪い話」は遅くなったり、突然来たりするのでしょうか。理由はとてもシンプルで、「悪い話」は、自分の立場を危うくするため、「自己防衛」心理が働くからです。
組織で働き、何か失敗すれば人事評価に関わります。すぐに怒鳴る上司であれば、その怒鳴り声を聞きたくありません。人前で怒鳴られたら「恥」をかきます。「恥」などかきたくありません。だから、人は自分を守ろうとして悪い話を他人に話すのを遅らせがちになります。時には黙ったままのこともあります。すると、真実が隠されることになります。
失敗に対処する最善の方法とは「早期発見・早期対処」です。「悪い話」の報告が遅れれば、傷口を広げることになり、問題を大きくしてしまいます。
そう考えると、「常に真実を語れ。悪い知らせほど早い方が良い。」のルールは、民間企業だろうが官公庁だろうか、あらゆる組織に求められる鉄板のルールといえます。
「失敗学」の大家であり工学院大学の「畑村洋太郎」教授も、こう言っています。
もし失敗してしまった時には、隠すことなくその事実を直視し、そこから学び今後の糧とする、この姿勢こそが生きていく上でとても大事なのだと思います。
『at home教授対談シリーズこだわりアカデミー』
「創造に失敗はつきもの。その失敗を分析することで成功への道が開けてくるのです」
真実を語り、悪い知らせを早く知らせれば、その知らせは、結果的に「いい知らせ」になるのです。
❸最高の誠実さが求められる。疑問があれば、聞くこと。
「イケア・ジャパン」のヘレン・フォン・ライス社長は、『出世ナビ私のリーダー論』(日本経済新聞社 2020/5/14)のインタビューで、こう答えています。
「新型コロナウイルスという未曽有の危機に直面している今こそ、透明性が重要になります。会社が大変な状況に立っていると従業員に話すときでも、自信を持って全てを打ち明けることが大切なのです。とにかく頻繁にコミュニケーションをとることがカギだと考えています」
『出世ナビ私のリーダー論』(日本経済新聞社)
「自分も事実もすべて伝える コロナの不安、社長が払う」(2020/5/14)
「正直者はバカを見る」と一般的によく言われますが、社会心理学の理論に「正直者は最後に勝つ」という考え方もあります。
つまり誠実さは武器になるのです。
イケア・ジャパンのトップが「透明性」「全てを打ち明けること」を重視しています。組織にある多様な情報を公開する「透明性」とは、経営陣の「誠実さ」を社員たちに伝えるリーダーシップとなります。そして、「透明性」の高さは、「疑問があった時には、いつでも聞ける」という組織風土を作るのです。
「誠実さ」は、❷「常に真実を語れ」に、そして❸「良いビジネスパーソン」にもリンクすることですね。
❹良いセールスパーソンではなく、良いビジネスパーソンになることを学べ。
「良いセールスパーソン」とは、「成果をあげることができる人材」を意味し、「良いビジネスパーソン」とは、「人望があり人として信頼できる人材」のことを意味しているのでしょう。つまり「営業成績」も大事だけど、「人間性」や「人格」も大事だということですね。
「仕事の完成より、人間をする人の完成」
この言葉は、ラテン語の格言です。京セラ創業者稲盛和夫氏の大ベストセラー『生き方』(サンマーク出版)に記されていたものです。この言葉を提示して、経営の神様「稲盛和夫」氏は、こう書いています。
労働とは、経済的価値を生み出すのみならず、まさに人間としての価値をも高めてくれるものであるといってもいいでしょう。
したがって何も俗世を離れなくても、仕事の現場が一番の精神修養の場であり、働くこと自体がすなわち修行なのです。日々の仕事にしっかりと励むことによって、高邁な人格とともに、すばらしい人生を手に入れることができるということを、ぜひ心にとめていただきたいと思います。
「良いビジネスパーソン」になるには、やはり、日々の仕事にしっかりと励むことに尽きますね。
❺床は全員で拭く。
この「床は全員で拭く」は比喩です。記事の解説によると、こんな意味です。
「誰も手伝う必要がないほど“低レベル”で、取るに足りない仕事などないという意味」
会社には様々な仕事があります。小さな仕事もあれば、大きな仕事もあります。仕事の大きさ、レベルよって、重要と思えない仕事もあれば、その逆もあります。キャリアを左右するような重大な仕事であれば、緊張感も高まるでしょう。その逆であれば、ついつい手抜きをしたくなるかもしれません。
仕事の「重要度」によって、モチベーションに差が出るのは、人間ですから当然のことです。かといって、日常的に行う小さな仕事をおろそかにしたら、「蟻の一穴」という言葉ある通り、それも問題です。
比喩ではなく、本当に「床を拭く」仕事があったとしたら、全力でできるでしょうか。でも、トヨタをはじめ、「整理整頓」「清掃」「清潔」は、優れた企業では「当たり前」になっています。
2つの意味で「床は全員で拭く」が徹底されているわけですね。
「獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす」。この精神ですね。
❻スタイル、スピーチ、顧客をよく見ることにおいてプロであれ。
ここでポイントになっているのは「プロフェッショナリズム」であり「プロ意識」です。「プロ意識」の反対の概念が、「寄らば大樹の陰」という「サラリーマン根性」でしょう。
アップルは世界に名だたる大手グローバル企業で、「競争が激しい」とはいえ中小企業に比べれば財務的に安定している大企業です。この「安定している」という感覚は、「無理しなくてもお給料をもらえて、食べていける」という怠惰な慢心につながり「プロ意識」を劣化させます。
NHK『プロフェショナル 仕事の流儀』(2008年1月2日放送)に出演したイチロー選手は、「プロフェッショナルとは?」と問われ、こう答えていました。
ファンを圧倒し、選手を圧倒し、圧倒的な結果を残す、ということです。
イチロー選手ほどでなくても「成果に責任をもつこと」がプロですね。そのために、自身のスタイル、スピーチ、そして、顧客をしっかりフォローアップするように諭しているわけです。
❼カスタマーの言葉を聞け。そうすれば概ね理解してくれる。
これは顧客と信頼関係を築く際の「聞くコト」の重要性を示唆しているのでしょう。
「優れた営業マンは、話し上手ではなく聞き上手」
古くから言われるこのビジネス格言は、今も通用する考え方です。なぜなら、話を聞いてもらえる人に信頼を寄せるのが、人間の心理として今も変わらず存在しているからです。
日常的な場面の会話を想像してみると、すぐに理解できます。あなたが何かを話し始めた瞬間に、「それは違う」と言葉をかぶせて否定されたり、相手が別のことを話し始めたらどう感じるでしょうか。
例え、それが尊敬する人であっても、きっと不快に感じられることでしょう。なぜ、不快なのかといえば、自分の存在を軽く扱われたように感じるからです。その反対に、しっかり話しを聞けば、相手を尊重することになり、信頼を形成することができるのです。
「聴くコト」のプロといえばカウンセラーです。「カウンセリングの神様」と呼ばれたカール・ロジャーズは、その著『人間尊重の心理学』(C・ロジャーズ 創元社)の中で、こう書いています
他者に耳を傾ける時に満足が生じる理由を私は理解していると確信しています。他者に本当に耳を傾けた時、その人と触れ合っており、それが私の人生豊かにするからです。私が人間、パーソナリティ、対人関係について得ている知識は、すべて他者に耳を傾けることを通じて得られたものです。
つまり、私たちは、「聴くこと」で、その人と本当の意味で触れ合うことができ、相手に理解してもらえるわけです。それ故に、アップル社は「カスタマーの言葉を聞け(Listen to the customer)というわけですね。
❽パートナーとWin-Winの関係を作れ。
「パートナー」といった時、同じ職場で一緒に仕事を進める同僚というケースもあれば、社外の人間というケースもあるでしょう。Win-Winの関係とは、お互いに勝者になれる関係であり、仕事をすることで互いにメリットを享受できる関係です。
スティーブ・ジョブズは、仕事に対して非常に厳しく、気に入らないアイディアを提示されると、相手を容赦なく罵倒する性格を持ち合わせていました。ただ、それは半面で、他者にしっかり敬意を表する側面もありました。
ジョブズと12年もの間、仕事をしたクリエイティブ・ディレクター「ケン・シーガル」の著『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(NHK出版)を読むと、ジョブズが仕事をする上で、何を大事にしていたかがよくわかります。
シーガル氏は、ジョブズによく「広告代理的になるのはやめて、普通に話してくれ」と言われたそうです。ジョブズは形式ばった会議を嫌いました。仕事のパートナーとは、カジュアルにフランクに話すことを好んでいたのです。
シーガル氏は、こう書いています。
「スティーブにとって一番心地いい会議は、テーブルとホワイトボードだけがある場所でおこなわれる正直な意見交換だった。彼はどんなことであれ、形式張った関係になることに抵抗したし、アップルが大企業にありがちなふるまいをすることに抵抗した。」
『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(ケン・シーガル NHK出版)p192
形式主義を嫌うのがジョブの性格で、仕事を一緒にするパートナーを惑わせることもありましたが、会議をできるだけカジュアルな雰囲気でしようとすることは、「Win-Winの関係」を築こうとするジョブズ流の意志表示だったのです。
「正直な意見交換」こそ、「Win-Winの関係」になれる近道ですね。
❾お互いに気を配ろう。情報を共有することは良いことだ。
米ビジネス誌「フォーチュン(FORTUNE)」誌が「働きたい企業100社」を発表しています。米国の家具メーカー「ハーマン・ミラー社」は何度も100社入りを果たしています。
このハーマンミラー社を育てあげた元CEOマックス・デプリーが書いた『リーダーシップの真髄』(経済界)は、名著として読み継がれています。その著にこんな一文があります。
リーダーシップは、「やらなければならないことを、もっとも効率的で人間的な方法で行えるように、人々を自由にしてあげること」
『リーダーシップの真髄』(マックス・デプリー 経済界)p17
組織にある情報を共有することは、社員それぞれがリーダーシップを発揮することであり、人々を自由にすることにつながります。
組織にあって情報格差は自然と生じます。社員に公開できない機密情報は、もちろん、公開すべきではありません。ただ、仕事を効率的に進める上で、「知っておいたほうがよい情報」は、できるだけ公開し、共有することが、リーダーシップを発揮することになります。
「知らせない権利」がマネジメント・サイドにはありますが、従業員の「知る権利」を尊重し、できるだけ情報を共有することで、気配りしあえる組織へと近づいていくものです。
❿難しく考えすぎない。
「真剣だけど深刻にならず」
ルール❿で伝えようとしていることは、上の言葉に通じることであり、最後のルール⓫につながります。
深刻になって難しく考えすぎると、ものごとを複雑にしてしまいます。深刻にならずシンプルに考えるのがポイントです。
ジョブズは、仏教の「禅」を愛し「シンプルさ」を仕事と生き方の信条にしていました。先ほどの紹介した『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(NHK出版)に、ジョブズの言葉が記されています。
「シンプルであることは、複雑であることよりむずかしい。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭しなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ」
『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(ケン・シーガル NHK出版)
アップルのプロダクト・デザインは、余計なものをそぎ落とすミニマリズムの精神に基づいています。それもこれも禅に影響を受けたジョブズが「シンプルさ」を徹底的に追及したからです。
アップルが創設されてつくった最初の製品パンフレットには「洗練をつきつめると簡潔になる」(Simplicity is the ultimate sophistication. )と書かれてあります。ジョブズがいかに「シンプルさ」にこだわっていたかがわかります。
あまり深刻にならず、難しく考えず、シンプルに考えていくことが、アップルにとって大切な「仕事の哲学」なわけですね。
⓫楽しむこと。でなければ価値がない。
「ジョブズによく立ち向かったで賞」
駄洒落まじりで、冗談のような賞ですが、この賞は、実際に、アップル社に存在していたものです。公式自伝『スティーブ・ジョブズ Ⅰ』(講談社)p199に書かれてあります。
先ほど、ふれました通り、ジョブズには部下を批判し、徹底的にバカにするような側面がありました。ですので、恐れをなして部下たちが、なかなか反論できないわけです。ですが、そんなジョブズに対して立ち向かっていく人もいて、それで表彰するようになったというわけです。
これをジョブズは「けっこう気に入っていたらしい」と書かれています。
仕事に厳しい面もありながら、冗談半分のように、楽しむことも忘れない点が、ジョブズ流でした。そのDNAが最後のルール⓫といえるでしょう。
アップル社の仕事は世界を人々に衝撃を与えるプロダクトをつくり、人々の生活に「楽しさ」を提供することです。
このことは、アップル社に限らないことですね。自社の製品、サービスを通して、人々に「楽しさ」「笑顔」を届けることが「使命」(ミッション)になっている企業は多く存在します。
人を楽しませようと思ったら、まず、自分が楽しむことです。
仕事を楽しむこと。
最後のルール⓫だけでも、忘れないでいましょう。
(文:松山淳)