この「部下に贈る言葉」は、メルマガ『リーダーへ贈る108通の手紙』で配信した内容を再構成したものです。次世代のために、もし、お役に立ちそうでしたら、どうぞ自由にお使いになってください。
2013年の夏、甲子園で偉業が達成されました。なんと初出場したチームが優勝したのです。そのチームは前橋育英高校です。
初出場、初優勝。この偉業を導いたのは「荒井直樹」監督です。荒井監督は、イエローハット創業者鍵山秀三郎氏を尊敬し、その教え「凡事徹底」を高校球児への指導に活かしていたそうです。
『致知』(2014年 5月号)には、荒井監督と鍵山氏の対談が収録されています。
荒井監督は社会人野球の選手として活躍し、その後、指導者になります。現役時代に師匠と仰いだコーチから言われたことがあります。
「野球の技術の前に、まずトイレ掃除をしろ」。
トイレ掃除をするようになってから自分自身も変わっていったそうです。荒井監督は、コーチからの教えについて、こう語っています。
「過去でモノを言うな。過去で飯が食えるのは横綱と総理大臣だけだ」
「愚痴を言うな」
「人の悪口を言うな」と。
もの凄くシンプルで分かりやすい指導をされる方でした。
私の信条は「シンプルに、でもしつこく」なんですが、いま思うとその師匠からの受けた影響が私の指導者としての原点だったように感じます。
『致知』(2014年 5月号 致知出版社)
「シンプルに、でもしつこく」
これはつまり鍵山秀三郎さんがいう「凡事徹底」のことですね。
イエローハットは鍵山さんが一代で築きあげた、今や大企業です。そのイエローハットがまだまだ小さな会社だった頃、業界で働く人たちは無作法な人間が多かったそうです。
営業に行くと名刺を目の前で破るような人もいて、怒鳴られることは日常茶飯事で、社員が「いじめ」にあうこともありました。そのため、社員の心は自然と荒れていきます。得意先から帰ってくると、カバンを机に叩きつけたり、机を蹴飛ばす者もいました。
そんな荒れた社員の心をなんとかしようと考え、鍵山さんは社長自らトイレ掃除を始めたのです。ひとりで黙々とトイレ掃除をしていても誰も手伝ってくれません。ある大学の経営学の先生には「社長がトイレ掃除なんてやってるからダメなんだ」とバカにされたそうです。
トイレ掃除はやろうと思えば、誰もができる「凡事」です。その「凡事」を社員が手伝うようになるまで、10年かかったといいます。
10年、ひとりのトイレ掃除。まさに「凡事徹底」ですね。
鍵山さんの「凡事徹底」の哲学は、その言葉通りのタイトルである自著『凡事徹底』(致知出版社)に、詳しく書かれています。
荒井監督が前橋育英高校の監督に就任した当初、部室は荒れて、掃除ひとつしないような状態でした。そんな中、監督は鍵山さんと同じように、自ら掃除をして部員の意識を変えていったそうです。
鍵山さんも荒井監督も、成功に至る道のりには「アホだ」「バカだ」という人がいて、周囲の人たちから批判されています。
でも、シンプルなことを、しつこく、しつこくやっていくことで、そして、おふたりとも大きな成果を手にしているのです。
「シンプルに、でもしつこく」。
仕事に取り組み、何かを成し遂げる時の大事な心構えです。
不可能を可能にした男。それが木村秋則さんです。
絶対に不可能といわれた無農薬での「りんご栽培」に成功した人です。木村さんの半生は、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられました。また、阿部サダヲと菅野美穂が共演し『奇跡のリンゴ』というタイトルで、映画化もされています。
その木村さんは無農薬栽培という奇跡的な成功の直前、「もうダメだ」とあきらめ山の中で、自殺を図ろうとしています。ですから、自殺をしようとする人の気持ちがわかるわけです。
映画の原作となった本『奇跡のリンゴ』(幻冬舎)には、自殺を考えた青年との会話を語るくだりがありました。
「・・・うん、とにかく思い直して良かったねと言ったかな。
それから、バカになればいいんだよと言いました。
バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。同じことを考えた先輩として、ひとつだけわかったことがある。
ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ、とな」
「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合う」
バカになってやってみると、なぜか、答えに巡り合う。答えが出ないのは、バカになるレベルまで徹底してやっていないからだともいえます。
だから、平凡なことを、人からバカといわれるぐらいにやってみる。バカと笑われても、笑われることを誇り思うくらいでいいのです。
なぜなら、「あいつはバカだ」と人を笑い、何もしない人間になるより、バカと笑われても会社、社会が、世の中がよくなることを続けていくことのほうが、人生にとって価値あることだからです。
天才でなくても、秀でた才能がなくても、平凡なことを、シンプルなことを、しつこく、しつこく、やっていくことならできるはず。
イエローハット創業者鍵山さんは、こう言っています。
平凡を極めると非凡になる。
さて、送別会や歓迎会の時、部下に贈る言葉を考える際、まず、木村さんの業績や言葉「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができる」を紹介して、最後に、こう締めるのはいかがでしょうか。
「社会人になってずっと働き続けて、ひとつだけわかったことがある。それは・・・・・。」
「それは」の後「・・・・・」の部分に入る言葉が最もあなたらしい、部下に贈る言葉になるはずです。
(文:松山淳)