SOC(sense of coherence)[センス・オブ・コーヒレンス]とは、健康を増進し、ストレス対処に効果を発揮する人間が抱く「感覚」のことです。「sense」が「感覚」で「coherence」は「一貫性」です。SOC(sense of coherence)は「首尾一貫感覚」と訳されます。
SOC(sense of coherence)は、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の3つで構成されます。
ストレス過多の現代において、健やかに人生を送るためにSOC(sense of coherence)は重要な役割を果たし、それを知っておくことは今を生きる人たちにとって、とても有益なことです。これを読むあなたが「より健康になる」ことを願いつつ、ストレス対処の強い味方となるSOC(sense of coherence)についてお話ししていきます。
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目次
SOC(sense of coherence)の提唱者は、医療社会学者のアーロン・アントノフスキー(Aaron Antonovsky)です。
アントノフスキー博士は、1923年、米国はブルックリンに生まれたユダヤ系アメリカ人です。ブルックリン大学で学んだ後、イェール大学の大学院で「医療社会学」に出会い、研究を重ねるようになります。55年からブルックリン大学の夜間学部で教鞭とり、その後、1959年、イランの首都テヘランにあるテヘラン大学で社会学の教授となります。
1960年には、イスラエルに移住し「イスラエル応用社会研究機構」のポストを得ます。テヘラン大学では、社会医学部で教鞭をとり、様々な研究プロジェクトに携わります。
このイスラエルでの研究活動を通して、SOC(sense of coherence)の考えが生み出されます。
SOC(sense of coherence)は、どのような研究から生み出されたのでしょうか。博士が「SOC」を考えるきっかけとなった研究について、次にお話しします。
アントノフスキー博士は、1970年代の初頭、イスラエルにて、ナチスの強制収容所に代表されるホロコースト(大量虐殺)を生き延びた女性(更年期)たちの健康状態を調査するプロジェクトに携わっていました。
ナチスの強制収容所では、ユダヤ人が虫けらのように殺されていきました。収容所の衛生環境は最悪で、彼女たちは死臭が漂うなかで生活をし、自分がいつ殺されるのか、恐怖や不安を抱えながら日々を送っていました。心に深い傷を負いトラウマ(心的外傷)があって当然の人生です。
さらに第2次世界大戦は終わっても、イスラエルでは戦争がありました。彼女たちの人生は、日本人では想像もつかないほど過酷なものといえます。
博士が調査対象となった女性を調べると、次のような結果が得られました。
強制収容所を経験していない女性たちの心身の健康状態は、「良好」が50%で「不良」も50%でした。
これに対して、強制収容所から生還した女性たちの70%は、心身の健康に何らかの問題を抱え「不良」と判定できる状態でした。残りの30%の人たちが「良好」と判断できました。
強制収容所を経験した70%もの女性たちに心身上の問題があるのは、過去の過酷な体験による心の傷が「今」に影響を及ぼしすことを裏付けるものでした。
「70%の女性たちは、なぜ病んでいるのか?」
当然、生まれてくる疑問です。過去のトラウマが、どれほど彼女たちを苦しめているのでしょう。研究者として解明したいところです。
ところがアントノフスキー博士は、「70%」ではなく「30%」の人たちに着目したのです。30%の女性たちは辛い過去の経験を糧にし、前向きで明るく健やかな心身状態で暮らしていました。
「30%の女性たちは、なぜ健康なのだろう?」
30%の人たちも、70%の病んでいる人と同じような体験をし、同じような環境で生きてきたのです。
そこで博士は、「病気」に焦点をあてるのではなく、「健康」にスポットライトをあてて「何が人を健康にさせるのか」を考えていったのです。人が健康になる要因を考えてゆく理論を「健康生成論」といいます。
アントノフスキー博士は「健康生成論」を世界で初めて提唱した学者として歴史に名を刻んでいます。
一般的な医学では、「何が人を病気にさせるのか」「病気から何を取り除けば人は健康になるのか」と「病気」を軸に考えを発展させます。風邪になるのはウィルスが体内に入ったからであり、ウィルスが風邪の原因です。そしてウィルスを取り除くか、その活動を抑えれば、人は健康になります。こうした思考プロセスは「健康生成論」に対して「疾病生成論」といいます。
- 健康生成論:何が人を健康にするのか
- 疾病生成論:何が人を病気にするのか
アントノフスキー博士は、強制収容所から生還した健康な30%の女性たちを研究することで「健康生成論」に構築し、その中で「SOC(sense of coherence)」の考え方を創りあげていったのです。
それでは、続いて「SOC(sense of coherence)」の中身に入っていきましょう。
SOC(sense of coherence)は「首尾一貫感覚」と訳される。そう冒頭でお話ししました。でも…「首尾一貫感覚」では、まだ、わかりにくですね。
辞書で「coherence」をひくと「筋道が通っている」という意味もあります。こっちのほうがわかりやすいです。「それは筋道が通っている!」と思った時、あなたはどんな感じがするでしょう。「納得できる」「腑に落ちる」。そんな感じがするのではないでしょうか。その反対は「わけがわからない」「理解不能」であり、それは「虚しさ」「悲しみ」の原因になります。
つまり、SOC(sense of coherence)=「首尾一貫感覚」とは、自分の人生に対して「納得できている」「腑に落ちている」という「充実した感覚」のことです。それは「空虚感」「悲しみ」とは対極にあるものです。
博士は健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム』(有信堂高文社)のなかで、SOC(sense of coherence)を定義しています。わかりにくにのですが、念のため、ここに記しておきます。
それは、第1に、自分の内外で生じる環境刺激は、秩序づけられた、予測と説明が可能なものであるという確信、
第2に、その刺激がもたらす要求に対応するための資源はいつでも得られるという確信、
第3に、そうした要求は挑戦であり、心身を投入しかかわるに値するという確信から成る。
『健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム』(アーロン・アントノフスキー 有信堂高文社)p23
何度読んでもわかりにくですね(笑)。ここでポイントとなるのは、第1〜第3までが説明されているように、SOCが3つの要素から構成されている点です。
その3つが冒頭に書いた「現実把握感」「処理可能感」「有意味感」です。
定義の文では、「第1」から始まる一文が「現実把握感」のことを言っています。「第2」が「処理可能感」であり、「第3」が「有意味感」のことです。
SOC(sense of coherence)は「健康生成論」のキー・コンセプトです。博士は、「現実把握感」「処理可能感」「有意味感」があることで、人はストレスに強くなれ、健康になれると考えたのです。
では、つづいて、「SOCの3つの要素」について、お話ししていきましょう。
「現実把握感」「処理可能感」「有意味感」の説明も、アーロン博士の原著を読むと、とても難しいです。そこで、精神科医斎藤環氏が「SOC」についてわかりやすく解説している著『人間にとって健康とは何か』(PHP研究所)がありますので、そちらから引用します。
- 把握可能感(comprehensibility)
「自分の置かれている状況を一貫性のあるものとして理解し、説明や予測が可能であると見なす感覚のこと。 - 処理可能感(manageability)
困難な状況に陥っても、それを解決し、先に進める能力が自分には備わっている、という感覚のこと - 有意味感(meaningfulness)
いま行っていることが、自分の人生にとって意味のあることであり、時間や労力など、一定の犠牲を払うに値するという感覚
『人間にとって健康とは何か』(PHP研究所)p33
いかがでしょうか。斎藤先生の定義はとてもわかりやすいですね。では、「SOC3つの感覚」について、順番に、もうちょっと掘り下げていきます。
「SOC」は、心理学の本で、他のテーマとあわせて記述されることが多く、部分的な説明しかされません。その全体像を、現代の事情も含めて、わかりやすく解説している本が、『困難を乗り越える力 はじめてのSOC』(蝦名玲子 PHP新書)です。これはとてもわかりやすいので、こちらを参考して❶「把握可能感」❷「処理可能感」❸「有意味感」について話しを進めます。
❶「把握可能感」(comprehensibility):わかる感
「comprehensibility」を辞書でひくと、「理解できること」「わかりやすさ」とあります。『困難を乗り越える力 はじめてのSOC』(PHP新書)の著書である健康社会学者の蝦名博士は、「把握可能感」のことを「わかる感」と表現しています。
私たちは、繰り返される日常が、「今日これからどうなるか」「明日はどうなるか」「さらに明後日はどうなるのか」について、大よそ予想がつきます。その予想や予測は「わかっている」という感覚を生みます。
ビジネスマンであれば、「明日は会社で大切な会議があり、明後日は地方で出張がある」とか、主婦であれば「明日は長男の学校参観で、明後日はママ友とランチ」とか、そんな風に人は、現実を把握する「一貫した〝わかる感〟」をもつことが可能です。この「わかる感」があれば、心は安定し平静でいられます。
では、その反対の「わかる感」のない状況を、考えてみましょう。
「明日はどうなるかわからない」
もし、そう言う人がいたら、お金に困っているのか、会社が倒産しそうなのか、リストラされそうで悩んでいるのか、とにかく何らかの問題を抱えた人ですね。それは、強いストレスのかかった状況であり、「不安感」のある不安定な心理状態です。こうなると心身にも悪影響が及ぼします。
ナチスの強制収容所で、「いつ殺されるのか」と、明日どうなるか「わからない状態」で生きることは、想像を絶するストレスです。
ですので、自分の「今の状況」(現在)や「これから先」(未来)のことに、ある程度「一貫した〝わかる感〟」があると、人は健康でいられるのです。
蝦名博士は「把握可能感」を、次のように定義しています。
「自分なら、現在や将来の状況を理解・予測することができる」という認知する力のこと
『困難を乗り越える力 はじめてのSOC』(蝦名玲子 PHP新書)p31
❷「処理可能感」(manageability):できる感
「manageability」は「management」(マネジメント)の類語ですね。ビジネス・リーダーの方にとっては、「処理可能感」を「マネジメントのできる感覚」というと、わかりやすいかもしれません。
例えば、某企業の新任管理職であるA係長が、非常識な部下をもってしまったとします。その部下は、態度がでかくて、タメ口をたたき、いつも遅刻してきて、おまけに、まったく仕事ができません。書類はミスが多く、取引先との会議では居眠りします。A係長はきっとこう感じるでしょう。
「こんな非常識な部下、とてもマネジメントできない」
そう嘆くA係長は「処理可能感」が、とても低下してしまった状態といえます。非常識な部下を持ったことで、ストレスフルな日々となり、心を病んでしまうかもしれません。
ストレスのかかる難題でも「なんとかなる」「自分ならできる」と思えていたら、つまり「一貫した〝できる感〟」を持つことができれば、ストレスに負けることはありません。
例えば、先ほどのA係長が、上司や同僚や学生時代の友人など様々な人たちからアドバイスをもらい、コーチングのセッションも週末に受けて、眠れない夜が何日もあったものの、なんとか「非常識部下」をマネジメントできるようになったとします。
すると、再び、同じような「非常識部下」が配属されてきても、その時には、こう思えるでしょう。
「また非常識な部下がきたけど、今回は、なんとかなる」
「なんとかなる」と思えたら、それは「処理可能感」(できる感)が高い状態です。
「非常識部下を持つ」という状況は同じでも、「処理可能感」(できる感)があることで、ストレスに打ち勝ち、困難を克服する可能性が飛躍的に高まるのです。
「処理可能感」(できる感)を高めておくには、難しい現実に対処するための「自分の能力(ビジネススキルやメンタル・タフネスなど)」を高めておくことはもちろんですが、「困った時に助けてくれる人」「相談できる人」をキープしておくことが何より大事ですね。
「処理可能感」は自分が感じるものですが、それは「他者の存在」によって、より高められる感覚です。
自分でやることには限界があります。なぜなら、自分は「独り」だからです。でも、他者は自分以外に多く存在しています。ですから「処理可能感」(できる感)を高める時に、「他者の存在」という視点を忘れないようにしてください。自分独りで何とかしようとしない。助けてくれる人は、どこかに必ず、いるものですから、人を信頼し「素直に助けを求める」ことが大切なことです。
❸「有意味感」(meaningfulness):やるぞ感
アントフスキー博士は、この「有意味感」(meaningfulness)を設定する時に、心理学者V・E・フランクルの影響を受けたことを自著に記しています。
「私がフランクルの研究を知ったのは、私の本を書く少し前で、この要素の名称を選ぶにあたって、私はたしかにその研究から影響を受けた。
健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム』
(アーロン・アントノフスキー 有信堂高文社)p23
V・E・フランクルは、ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者で、「ロゴ・セラピー」という「生きる意味」を軸にする心理学を確立した人物です。
私は東日本大震災を機にフランクル心理学(ロゴ・セラピー」)に深く傾倒しました。そして、ロゴ・セラピーのエッセンスを散りばめた物語『君が生きる意味』(松山淳 ダイヤモンド社)を出版しました。
ブラック上司に苦しめられ「生きる意味」に悩む青年に、「小さいおじさん」がフランクル心理学(ロゴ・セラピー)を語り諭すことで、苦悩から救い出す物語です。
アントフスキー博士がいう「有意味感」とフランクルの言う「生きる意味」は、ほぼ同じ概念といえます。
フランクルには、こんな言葉があります。
ここで一番大切なことは、ユニークな人間の可能性の最高の形を見つめ、その証人になることであり、悲劇をその人にとっての偉大な勝利に変えることであり、苦境を人間的な偉業に変えていくことである。
『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)p54
人はどんな状況にも「生きる意味」を見い出すことができます。そして、その「生きる意味」を「生きる力」に変えて、人生の逆境を乗り越えていくのです。
これがフランクル心理学(ロゴ・セラピー)の中核にある考え方です。
フランクルは20代の頃にすでに「ロゴ・セラピー」の中核にある考え方を持っていました。そして、戦争が博士の人生を狂わせます。地獄のナチス強制収容所に放り込まれるのです。
しかし、フランクルは希望を失いませんでした。1日にスープ一杯の食事で骨と皮だけの体になり、毎日、監視官から殴る蹴るの暴行を受け、次から次へと人が死んでいく過酷な状況にあっても、「生きる意味」を失わなかったのです。
さらに「ロゴ・セラピー」のエッセンスを囚人たちに説き、彼らに「生きる意味」を発見させ、フランクルは仲間に「生きる力」を与え続けたのです。
その様子は、1946年に出版され世界的ベストセラーとなった『夜と霧』(英題『Man’s Search For Meaning』)に詳しく書かれていますので、参考になさってください。
アントフスキー博士は、「有意味感」を説明する箇所で、こう言っています。
有意味感の高い人が、愛する者の死に直面したり、深刻な手術を受けることになったり、解雇されたりすることをうれしく思うという意味ではない。これらの不幸な経験が課されたときにも、その人はその挑戦をすすんで受けとめ、それに意味を見いだそうと決心し、尊厳をもってそれに打ち勝つために最善を尽くすだろうということである。
健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム』
(アーロン・アントノフスキー 有信堂高文社)p23
今の状況に「意味があるという感覚」=「有意味感」は、人をたくましくします。メンタルをタフし、粘り強い心をつくりあげます。
そのことは、博士が研究したイスラエルの女性たちだけでなく、繰り返される戦争を生き延びた多くの国の人たちが「生き証人」になっているといえます。
いかがだったでしょうか。SOC(sense of coherence)は、❶「把握可能感」❷「処理可能感」❸「有意味感」の3つで構成されていて、とてもわかりやすいものです。
ただ、翻訳本『健康の謎を解く』がとても難しいせいか、SOC(sense of coherence)は、一般の人にそれほど知られていない概念です。
とはいっても、日本では医学界を中心に研究は進めれ、成果をあげています。その成果を知るのに学術的な専門書としてオススメなのは、『ストレス対処力SOC: 健康を生成し健康に生きる力とその応用』(有信堂高文社)です。 あくまで専門家向けですが、「SOC」の日本での状況を知ることができます。
蝦名博士は最後の「有意味感」を「やるぞ感」と呼んでいました。
「わかる感」「できる感」「やるぞ感」。
この3つがあれば、人生なんとかなります。
「人生の壁」にぶつかり、苦しくなった時には、ぜひ、この3つを思い出してください。
そうすればきっと、あなたに与えられた「人生の壁」を、乗り越えていけます。
(文:松山 淳)
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