「集団思考/集団浅慮」(グループシンク:groupthink)とは、集団による意思決定プロセスとその結論が、個人で行う場合より、マイナスに作用することで非合理な「愚かな結論」になる傾向のこと。社会心理学で研究される「集団的意思決定」分野のひとつ。「グループシンク」は、米国の社会心理学者アーヴィング・ジャニス(Irving Janis)が提唱した概念である。ジャニスには『Groupthink』という本がある。
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「三人寄れば文殊の知恵」。凡人でも三人で集まって話し合えば、素晴らしい知恵が出るという意味の諺ですね。1人より2人で、2人より3人で、3人より10人…人数が増えるほど、多くの知識が集まるのですから、「いいアイディア」が生まれ「正しい結論」に至りそうなものです。
でも、仕事で多くの会議を経験してきた方々であれば、「三人寄れば文殊の知恵」とは必ずしもならない現実を垣間見てきたことでしょう。長時間の会議でなかなか結論に至らず、最後に「では多数決で!」と意思決定をしたところ、「否決された少数派の意見が正しかった」なんてことが実際にあります。
もちろん、「三人寄れば文殊の知恵」が間違っているわけではないのですが、「三人寄れば悪魔の知恵」となるのもこれまた現実です。「船頭多くして船山に登る」。そんな諺もある通り、「個人より集団が優れている」とは単純には言えません。
こうした集団討議に関わる問題を社会心理学では「集団的意思決定」というテーマで研究対象としており、様々な知見が蓄積されています。
それではまず、集団思考を考えるうえで、人が集まった状態である「集団」について考えていきましょう。人が集まれば集団と言えるのでしょうか。
社会心理学では、単なる人の集まりを「集団」とは言いません。渋谷のスクランブル交差点には多くの人が集まりますが、そこにいるたくさんの人々を「集団」とは考えないのが社会心理学の「集団」です。『図解雑学 社会心理学』(井上隆二/山下登美代 ナツメ社)によると、「集団」の定義は次の5つです。
- メンバーが互いに影響を受け合う
- メンバーの関係が一定期間継続する
- メンバーは共通の目的を持つ
- メンバー間に地位や役割がはっきりしている
- メンバーたちが集団に属していることを自覚している
参考文献:『図解雑学 社会心理学』(井上隆二/山下登美代 ナツメ社)
5つの条件のうち、いくつかを満たし「2人以上の人の集まり」を「集団」と呼びます。この5つの定義にばっちり当てはまるのは、まさに組織で働く人たちですね。
社員(職員)は自社に「❺属していることを自覚」していて、社長から平社員まで「❹地位」があり、営業部、総務部、人事部、生産部門、研究部門など部署ごとに「❹役割がはっきり」していて、企業理念や売上向上という「❸共通の目的」をもって、職場で「❷一定期間継続して」「❶互い影響を受け合い」ながら働きます。「社員(職員)」とは「集団」を構成する一員です。
また、学校の近くで事件があったり災害が発生したりすると、生徒たちが「集団登校」「集団下校」をします。その「集団」を考えると「5つの特性」に合致していることがわかります。
組織では会議が行われます。会議とは「集団よる意思決定」の代表例です。短時間で、質の高い結論に至る会議もあれば、同じことをウダウダと何度も繰り返し話し、「それ、さっき決めただろ」と叫びたくなるような「不毛な会議」もあります。
独りでなら「ぱっと1秒で決めて」すぐ動けることが、「集団」になると合意形成のために1時間も2時間も、時には、何度も会議を行い1週間も2週間もかかることがありますね。
「会議」(集団意思決定)に不毛さ、ストレスを感じるのは、やはり「集団」のデメリットです。
じゃあ、「どんなデメリットがあるのか?」と研究するのが社会心理学で、ここでは3つの問題点をあげます。3つの中に、本記事のメインテーマである「集団思考・集団浅慮」(グループ・シンク)が含まれます。
大阪大学大学院の釘原直樹教授の著『グループ・ダイナミックス –集団と群集の心理学』 (釘原直樹 有斐閣)を参考にいたします。
- 共有情報バイアス
意思決定が、メンバーの知っている情報(共有情報)に偏ってなされる - 集団極化(リスキー・シフト/コーシャス・シフト)
意思決定が、極端にリスキーになったり慎重になったりする - 集団思考/浅慮(グループシンク)
意思決定が、集団のデメリットのために愚かな結論になる
参考文献:『グループ・ダイナミックス –集団と群集の心理学』(釘原直樹 有斐閣)
「共有情報バイアス」とは、意思決定に参加しているメンバーの知っている情報に偏って結論が出されることです。
例えば、こんなことです。
某企業の総務部に欠員が出て、社内の若手を異動させ補充することになりました。人事のコトですので部長、課長、係長の3人で話し合い営業部のA君に決めました。3人は「A君は、細かい所にもよく気づく総務向きの人材だ」と判断しました。役員の決裁もおりてA君の異動が正式に決定しました。
正式決定された翌日、部の朝礼で部長が「A君が我が部に来週から異動してくるからよろしく」と話しました。すると課員の若手たちが声を揃えて反対したのです。「なんでA君なんですか、あの人、上の人にはイイ顔をするけど、若手の中じゃ、二重人格だって、性格悪いって、ものすごい評判悪いですよ」「総務に向いてません!」「私は一緒に働くの嫌です」…。次から次へと反対の声があがります。部課長たちは「そうなのか…知らなかった、でももう正式決定されたし…」と、顔色を青ざめさせました。
集団で意思決定がなされる時、「共有情報」と「非共有情報」が存在します。人数が多くなっても「非共有情報」は常にあるのです。でも、「集団」になると「人がこれだけ集まって話しているのだから漏れは少なくなる」と考えがちになるります。ここにバイアス(偏見)があります。「管理職3人が知っていて、同意できるなら、それは正しい情報だ」。これが「共有情報バイアス」です。
3人の管理職で共有された情報では「A君は性格もよく総務向き」でした。でも、若手たちで共有されていた「A君の裏の顔」があったわけです。これが「非共有情報」です。人事のコトですので、難しい面もありますが、「共有情報バイアス」に気をつけて、A君の評判を若手たちに、さらりと聞いていたら、誤った意思決定とはならなかったかもしれませんね。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「無知の知」でありませんが、「自分が知らないと知っている者が賢い」と「無知の知」を日頃から意識することが大事ですね。
集団極化(group polarization)とは、集団を構成するメンバーの特性によって、意思決定が極端に大胆(リスキー)になったり、慎重(コーシャス)になったりすることです。大胆になる場合を「リスキー・シフト」(risky shift)と言い、慎重になる過ぎることを「コーシャス・シフト」(cautious shift)と言います。
人の性格は様々で、集団を構成するメンバーが、ある特性に偏っている時があります。営業の強さが有名で業績好調の会社があったとします。その営業部のメンバーは管理職から若手まで、リスクを恐れないチャレンジ精神の持ち主です。ガンガン営業をしかけて、ガンガン成績を上げていきます。
この営業部に、ある日を境に、「しつこいテレアポはやめてくれ」と顧客からクレームが届くようになりました。会社の代表電話に「おたくの会社は、いったいどういった教育をしてるんだ。こっちだって忙しいのに、何考えてんだっ!」と、ものすごい剣幕でクレームを入れてくる人も出てきました。総務から社長に報告がなされ、会社全体の問題となりました。
部課長会議で話し合いがされて、営業部の部課長は、「改善策」を次の会議までに提出することになりました。営業部に戻って、部員全員で話し合いをしました。ですが、「クレームは宝の山ですよ」「文句を言われた時がスタートライン」「営業がクレームを恐れてたら仕事なんてできませんよ」などと、改善策を話し合おうとしません。
中には、「クレームはほっとくと後で大変なことになりますので、ちゃんと話し合いましょうよ」と警鐘を鳴らすメンバーも数人いましたが、その声は他のメンバーたちの勢いにかき消されてしまいました。結果、改善策は、「言葉遣いを丁寧する」といった、とても表面的な小手先の内容にとどまりました。
過剰な大胆さによって誤った意思決定に至るのがリスキー・シフトです。
コーシャス・シフト(cautious shift)は、リスキー・シフトの反対と考えてよいでしょう。「コーシャス・シフト」とは、意思決定が過度に慎重、消極的なものになることです。メンバーに消極的な性格の人間が多く揃っている時に、コーシャス・シフトは起きがちです。
チャンスをつかむためには、時には「リスク・テイク」する必要があります。時代環境が変わり、自社の製品・サービスが時代にマッチしていない「時代遅れ」と判断したら、何かを大胆に変えていかなければなりません。あまりに慎重過ぎることは、逆に、危険な状態を作りだすことになります。
「これまで、うまくいってたんだから、無理に変えてなくていいよ」「その時になったら、その時に考えましょう」といった過去の延長線上に今の安泰が続くという「先延ばし」の発想は、コーシャス・シフトの代表例と言えます。
「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)とは、集団の悪いところが出て、意思決定が考えの浅い「愚かな」結論に至ることです。「浅慮」とは、「考えが浅いこと」「浅はかな考え」のことです。
大阪大学大学院の釘原直樹教授は、「集団浅慮」について、こう書いています。
集団浅慮は要するに集団問題解決場面で成員が集団維持(集団の一体感や心地よい雰囲気の維持)にエネルギーを注ぎすぎるあまり、パフォーマンスに十分な注意が向かなくなるために解決の質が低下する現象である。
『グループ・ダイナミックス –集団と群集の心理学』(釘原直樹 有斐閣)p65-66
集団浅慮(グループシンク)を、社会心理学者アーヴィング・ジャニス(Irving Janis)が提唱したのは、ピッグス湾事件に代表されるケネディ政権の意思決定を研究したためです。
英国ランカスター大学経営学院教授の『チームワークの心理学』(東京大学出版会)によると、ピッグス湾事件を含めた当時のケネディ政権の雰囲気は、次のようでした。
若きケネディ大統領が誕生し、アメリカは楽観主義と熱気に包まれていました。ケネディの周りにいたアドバイザーを含めてケネディ政権とは、時代のポジティブな気分を象徴するものでした。
「ピッグス湾事件」とは共産主義政権であるカストロ政権打倒を目的とした「キューバ侵攻」のことです。この軍事作戦で、ケネディ政権は、他国に介入する「悪役」のイメージが世界に広まらないように権限をCIAに集中させました。軍隊で他国を侵略するという「悪いイメージ」を抑えたかったのです。その結果、空軍の出動を控えました。これが仇(あだ)となり上陸したアメリカ軍は、キューバ軍に制圧されてしまい、軍事作戦は失敗に終わるのです。
歴史に「もし」はありませんが、もし空軍が出動していたら、違った歴史になっていたかもしれません。
諜報部から事前に、作戦の失敗を裏付ける情報がもたらされていたのですが、ケネディ政権は聞き入れなかったと言われています。
社会心理学者ジャニスは、このケネディ政権の意思決定を研究し、その思考プロセスを「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)と評したわけです。
社会心理学者ジャニスは、「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)の症状として8つの特徴を提示しています。
- 同調圧力
「同調圧力」とは集団心理のひとつで、その場の大勢の意見や雰囲気に流され、抵抗できず同調してしまう心理である。 - 自己検閲
「自己検閲」とは、周囲の様子を見ながら自分の意見を差し控えること。会議の雰囲気が悪くならないように、波風立てる意見を言わないのは「自己検閲」が働いている状態である。 - マインド・ガード(mind-guards)の発生
「マインド・ガード」とは反対者に圧力をかける存在のこと。「賛成しないと、来年は異動かな」などと脅しをかけてくる人物がマインド・ガードである。 - 表面上の意見の一致
本心は「反対」なのだが、誰も「反対」を言わないので「賛成」をしている集団の状態。会議が終わった後に、「本当は反対だけどな」などと誰かが口を開いて、それに「俺も」「私も」と賛同するようなケース。その場の「空気」を読んで他の人の意見に合わせてしまう状態である。 - 無謬性の幻想
無謬とは「誤りのないこと」。集団のメンバーが自信過剰になって、自分たちが優れていて完璧であると思い込んでしまうこと。 - 道徳性の幻想
メンバーが共有する「理念」「大義」を優先して、意思決定を正当化する。「これは企業理念にそった行動だから、顧客に少しぐらい迷惑をかけても構わない」といった理想主義の弊害。 - 外集団に対するゆがんだ認識
内集団(社内・味方)をよりよく思い込み、外集団(社外・敵)を見下す傾向のこと。自社の戦略を話し合っている時に、他者の戦略をバカにしたりこき下ろすことで「ゆがんだ認識」が生まれる。 - 解決方略の拙さ
❶〜❼までの症状がかけ合わさり意思決定の質が低下し、稚拙になる状況。
参考文献:『グループ・ダイナミックス –集団と群集の心理学』(釘原直樹 有斐閣)
ジャニスは「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)における8つの「症状」を提示し、次に、グループシンクが起きる4つの「原因」を提示しました。
- 集団凝集性の高さ
「凝集」(ぎょうしゅう)とは散らばっているものが固まること。集団における凝集性とは、結束力の強さ、親密度の高さを意味する。ただチームの凝集性が高いと「雰囲気のよさ」を優先して議論を戦わせない状況が発生する。 - 孤立
意思決定が限られたメンバーだけで行われる状況で、共有情報バイアスが発生して、意思決定が偏ったものとなる。 - リーダーシップ
リーダーシップとは「影響力」のことであり、「影響力」には、ダークな面もある。ひとりのリーダーの影響力が強いために、反対意見を言えない雰囲気を作り出してしまうことがある。すると、メンバーの「自己検閲」機能が働き、そのリーダーに賛同する意見ばかりが集まる。カリスマ型リーダーの弊害のひとつ。 - 問題解決のストレス
社運を賭ける重大なテーマなど問題解決に多大なストレスのかかる話し合いがある。するとそのストレスから逃れたい一心で、話し合いが「浅い」ものとなる。また、浅い意思決定をしているにも関わらず、それを正当化する理由づけに熱心になる状態。
参考文献:『グループ・ダイナミックス –集団と群集の心理学』(釘原直樹 有斐閣)
さて、ここで「集団思考の罠」に陥った有名な事例をご紹介します。世界の頭脳が集結しているNASAでの出来事です。その衝撃的なシーンを、もしかしたら、記憶されている方もいるかもしれません
1986年1月28日。スペースシャトル「チャレンジャー号」が宇宙に向けて発射しました。激しい爆音とともに空へ向けて飛び上がった72秒後、機体は大爆発を起こし、空に散ってしまいました。乗組員の7人は全員が帰らぬ人となりました。
実は、この発射について延期を申し出るグループがあったのです。
それは、ロケットの推進器をつくった会社、サイアコル社のスタッフたちです。彼らは、NASAに対して、「“低温”での発射は大きな爆発事故につながる」と事前に再三警告していた、とされています。ですが、NASAでは、この発射中止の意見を打ち上げスタッフ関係者に伝えなかったのです。
その日、発射台の気温は氷点下。NASAは計画通り打ち上げを決行。命が空に散りました。この時の乗組員の一人は、高校教師でした。「一般市民」が遂に宇宙へ行くという全米、全世界が注目するものでした。功を急いだのでしょうか。
世界の頭脳が集結していると言われる天才集団は、計画通りの実施を重視しました。結果として、反対意見は、黙殺される形になったのです。
発射が危険だという情報がありながら、それを共有せず計画遂行の意思決定がなされる。典型的な「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)と言えます。
その後、事故調査委員会が設置されます。一連の判断について検証がおこなわれました。途中、サイアコル社に対して反対意見を封じ込めるような圧力がかかっていたという証言が出てきました。
「マインド・ガード」の登場ですね。
このNASAの事件は、集団意思決定の研究事例として有名なものです。
あの「NASA」でも、「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)が起きるのです。ジャニスが教えてくれた「8つの症状」と「4つの原因」を、日々、チェックすることで、それを未然に防ぐことできます。
利害関係の少ない社外の人たちから、自社の組織状態について耳の痛い率直を意見をもらうのも「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)を防ぐ手立てでしょう。
「ウチには関係ない」と思ったら、それが「集団思考/集団浅慮」(グループシンク)の始まりです。よりよい意思決定のために、ジャニスの声に耳を傾けましょう。
(文:松山 淳)