「ラグビーワールドカップ2023フランス大会」で、日本代表選手をまとめる主将は、姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)だ。愛知県名古屋市の生まれ。ラグビーを始めたのは中学生時代(御田中学校)。春日丘高等学校に進学し、全国大会(花園)に出場している。高校生の時に、高校日本代表にあわせ、U20セブンズ日本代表にも選出される。
2013年、帝京大学に入学。帝京大学の全国大学選手権9連覇のうちV5からV8に貢献する。大学卒業後、トヨタヴェルブリッツに入団。1年目に主将に就任している。
2017年11月、オーストラリア戦で、日本代表に選ばれ初キャップを獲得する。ラグビーワールドカップ2023フランス大会登録メンバーに選出された段階(8月28日付)で、キャップ数(日本代表試合出場回数)は、29。
フランスW杯、9/10に行われたチリ戦では、怪我のため欠場する。9/18イングランド戦、9/29サモア戦では先発出場。両試合で、姫野選手の代名詞といえる「ジャッカル」(ラック時に立ったまま敵選手のボールを奪うプレー)を決めた。サモア戦ではトライも決めている。
姫野主将は、ラグビーを含め、日々の様々なことをノートに書く習慣の持ち主である。そのノートをまとめた『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)が2023年8月に発売された。
著書『姫野ノート』に加え、これまでのインタビュー記事などから、姫野選手の心に響く名言を紹介する。
目次
姫野和樹の名言❶:リーダーシップは情熱と愛情
帝京大学時代、姫野和樹選手は、キャプテンではありませんでした。それが、社会人チームであるトヨタヴェルブリッツに入団したところ、1年目からキャプテンを任されました。
2023年7月に行われたオールブラックスVX戦の第2戦で、坂手淳史選手とともに共同代表を務めました。日本代表ヘッドーコーチ(HC)のジェイミー・ジョセフHCは、「キャプテンはまず、チームのベストプレーヤーでなければいけない。自分のプレーでリードして、周りの選手に勇気を与えていく。姫野はその素質を持っている」(Number 2023.8.15)といっています。
姫野選手は、生まれ持ったリーダとしての資質が備わっているようです。そんな姫野選手が、リーダーシップについてふれた言葉が、次のものです。
「僕が思っているリーダーシップは情熱と愛情。これが自分のリーダーシップだと思うし、それはチームに伝染する。チームに火が付けば、それは大きな炎になる。僕は火付け役として、情熱をグラウンドの中で表現し続けることができたと思う」
『「これが自分のリーダーシップ」 ラグビー日本代表の気になるキャプテン人事…姫野和樹をHCが絶賛した理由「姫野はその素質を持っている」』(Number 2023.8.15)
「火付け役」
この言葉を聞いて、上杉鷹山のことが思い出されます。上杉鷹山は江戸時代に、財政危機に瀕していた米沢藩を改革し立て直した人です。第35第ジョン・F・ケネディ大統領が来日した際に、尊敬する日本人として上杉鷹山の名をあげたのは、有名なエピソードです。
『ケネディ大統領が最も尊敬した日本人上杉鷹山』 (童門冬二 いきいきネット株式会社)の中で、著者である歴史小説家の童門冬二さんは、上杉鷹山のセリフとして、こう書いています。
火種は新しい火をおこす。その新しい火はさらに新しい火をおこす。その繰り返しが、この国でも出来ないだろうか、そう思った。そして、その火種は誰であろう、お前たちだと気がついたのだ。(中略)まずお前たちが火種になってくれ。そしてお前たちの胸に燃えているその火を、どうか心ある藩士の胸に移してほしい。
『ケネディ大統領が最も尊敬した日本人上杉鷹山』 (童門冬二 いきいきネット株式会社)
リーダーは火付け役になる。
自分で付けた火を他の選手に灯し、その火がまた他の選手に灯され、そしてチームが燃える集団となって格上の相手を倒すことができます。
上杉鷹山に有名な言葉がありました。
「なせばなる。なさねばならぬ何事も。ならぬは人のなさぬなりけり」(上杉鷹山)
上杉鷹山が藩主として米沢に赴いた時には、土地は荒れ人々は他藩に去り、立て直すのはとても不可能に思えました。その不可能を可能にしたのが、「なせばなる」の精神です。
姫野選手も上杉鷹山のようにリーダーとして「火付け役」となり、「なせばなる」の精神で、フランスW杯でも、ジャイアントキリング(格上の相手を倒すこと)を成し遂げてもらたいものです。
姫野和樹の名言❷:本当の自分を知っていれば、ブレずに進める。
2023年8月、姫野選手の処女作となる『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)が発売されました。
姫野選手は社会人になってから、ノートに書くことを習慣にしたそうです。ノートには立派なことばかり書くのではなく、悩みや愚痴をふくめて思うままに書いているといいます。
ノートをつけている理由について「自分という人間を知るため、より深く理解するためだ」と姫野選手は書き、これに関連する言葉として、次のものがあります。
本当の自分を知っていれば、「僕はこういう考え方だから、じゃあ次はこうしよう」「ちょっと嫌だけど、こうすべきだよな」と自分の行動の精度を上げることができるし、迷ったり壁にぶつかったりした時でもブレずに進むことができる。
昨今、マインドフルネスの流れからセルフ・アウェアネス(自己認識)への注目が高まっています。「思考」「感情」「欲求」「強み・弱み」「価値観」「他者からの評価」など、自分自身を構成する様々な要素への認識(自覚)がセルフ・アウェアネス(自己認識)を作り上げていきます。
自分のことを掘り下げ、どこまで認識(自覚)できているか。
これがセルフ・アウェアネス(自己認識)です。
セルフ・アウェアネスを高める代表的な手法が、日々の行い・思いを、自由に書き出すことです。シンプルな手法ながら心理的に効果があります。書く瞑想ともいわれる「ジャーナリング」(頭に浮かんだことを自由に書きだす手法)は、自己理解を深める手法としてセルフマネジメントの一環として、多くの人が実践しています。
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を率いた栗山英樹監督も長年ノートをつけている人物として有名ですね。その内容をまとめた『栗山ノート』(光文社)は、WBCでの優勝をきっかけベストセラーとなっています。
姫野選手がトップアスリートとして自分をつくりあげていくプロセスで、「ノートに書き自己を深く知る」という習慣があったことは注目に値します。
姫野和樹の名言❸:未来はいくらでも書き変えることができる。
姫野選手は点差の開いた試合になった時、メンバーに「スコアボードは見るな」と言うそうです。なぜなら、「過去は変えられないからだ」と…。同じ理由で、審判の判定に対しても、「思い切った割り切り」の大切さを述べています。
テレビで様々なスポーツを見ていて、明らかに「誤審」と思われるジャッジがあります。現在は、映像で確認するシステムを多くのスポーツ競技が認められて、「誤審」がくつがえることもあります。
フランスW杯(2023)の日本対チリ戦で、後半15分に途中出場したワーナー・ディアンズが、試合終了間際にインゴールへ飛び込みました。主審は、すぐにトライを認める笛を吹きませんでした。映像で確認するTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル Television Match Official)によってトライが認定されました。
昨今、ラグビーでは反則への厳罰化が進み、危険なタックルに対してレッドカードが出され、一発退場となります。イエローカードでは、10分間、グランドの外に出て、また戻って来られます。ですが、退場(レッドカード)となると、残りの選手だけで戦わなくてはなりません。ひとり退場したら14人で、ふたり退場したら13人で、です。これは勝敗を大きく左右します。
ラグビーで故意に反則を犯すことは少なく、納得のいかないことも多いのが、イエローカード、レッドカードです。ですが、一度、決定してしまった判定に対して、どれだけレフリー(審判)に文句を言っても、変わることはありません。
まさに過去は変えられないです。
変えられない過去にとらわれて試合中にメンタルを崩すより、今できることに集中してメンタル維持することのほうが、大事です。それが、姫野選手の哲学です。
『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)にて、姫野選手は「今できることの大切さ」を繰り返し述べています。
限られた時間の中で、自分の意識とエナジーをどこに費やすべきなのか。それを探して、そこだけにフォーカスすることのほうがずっと大切だ。
そうして、「過去のできないこと」(審判の決定をくつがえすこと)にフォーカスして、心を乱すより、「今ここからできること」にフォーカスすることが大切ですね。
過去は変えられませんが、今を変えれば、未来が変わっていきます。
過去と同じように未来も、直接自分の力が及ぶものではないけれど、ただ、未来が過去と違うところが1つだけある。今、目の前にある局面、次のプレーに全力で自分の影響を及ぼし続けていくことで、未来はいくらでも書き変えることができる。
日本W杯(2019)の時、それまでのアイルランド戦の戦績は0勝でした。日本は一度もアイルランドに勝ったことがなかったのです。日本W杯時点で、アイルランドは世界ランキング2位でした。
過去にこだわれば勝利は難しいとなりますが、過去へのこだわりをやめれば、勝利を信じるメンタリティが生まれてきます。実際に、予選プールでアイルランドにも勝利し、全勝で、日本は決勝ラウンドに進出しました。
過去にとらわれない。未来はいくらでも変えられる。
姫野主将からの応援メッセージです。
姫野和樹の名言❹:思い詰めたり、考えたりして、チームを助けたい
2017年、帝京大学卒業後、トヨタヴェルブリッツに入団すると、1年目から主将(キャプテン)として活躍しました。この時の副主将は、入社15年目の北川選手でした。企業組織でいえば、新入社員がいきなり取締役になるような抜擢人事です。
抜擢の意図について、トヨタヴェルブリッツのヘッドコーチ(HC)は、「彼はテイキョウ・ユニバーシティーで4年間、ずっと優勝しています。負けを知らぬ人間がキャプテンを務めるのです」(『Number』1080 9/21 文藝春秋社)と答えています。トヨタはその前年度で8位でしたので、選手たちを奮起させる意味合いもあったのです。
その姫野選手は、フランスW杯で主将に任命されて、記者会見で、こう答えていました。
自分という人間は責任を感じやすい。思い詰めたり、考えたりして、チームを助けたい、自分の仕事以上のことをやりたいと思ってしまう
「責任を感じやすい」のは、リーダーに求められる資質のひとつです。「責任感」をもつからこそ、それがメンバーに伝わり、リーダーについていこうと思います。
そして姫野選手の「チームを助けたい」という言葉が印象的です。
「チームをひっぱる」とか「チームをまとめる」と、自分のパワーを中心にするのではなく、「助けたい」を支援型のスタイルを表現しています。リーダーシップ理論に、サーバント・リーダーシップがあります。これは「奉仕型リーダーシップ」「支援型リーダーシップ」と訳されるものです。
サッカー日本代表の森保一監督やWBC日本代表の栗山英樹監督は、サーバント・リーダーシップを発揮するリーダーと考えられます。
思い詰めたり、考えたりして、チームを助けたい
姫野選手の人柄から滲み出る謙虚な姿勢が本物だからこそ、私たちの胸をうつ言葉です。
姫野和樹の名言❺:弱さと向き合って受け入れるから、強くなれる。
どんな人も、人として「強み」と「弱み」を持っているものです。人は強い時もあれば、弱くなる時もあります。時々、プライドが邪魔して、人の目が気になって、自分の「弱さ」を認められなくなる時があります。
その「弱さ」について、姫野選手の考え方が『姫野ノート』では語られていました。
シーズン中の禁酒を守れなかったり、街中で困っている人がいたのにスルーしてしまったりすることがあったそうで、自分の弱さを告白しています。グランドで見せる世界一流のラグビー選手とわたりあう果敢なプレーからは、想像できません。
人の弱さについて、姫野選手は、こう書いています。
むしろ僕は誰かの弱みを理解できる人間でありたいし、そういう社会であって欲しい。弱さを許容されない世の中は、何か違う。自分の弱さを正直にさらけだすことは、負けでもなんでもない。自分の弱さを認められない人のほうが、すでに負けている。
「自分の弱さを認められない人がすでに負けている」であれば、「自分の弱さを認めることができる人は、自分に勝っている」ことになります。
自分への勝利とは、自己成長をも意味します。強さと弱さ。その双方を受け入れることで人は成長していけます。姫野選手は、こうも書きます。
「弱さ」があることは、何も恥ずかしいことではありませんね。人として「弱さ」があることは、ある意味、当たり前のことです。
大切なことは、「強く」なるために、自分の「弱さ」を受けること。
「長所は短所なり、短所は長所になる」
昔から、よくそう言います。自分の「弱さ」と向き合って、姫野選手を見習い、さらに「強く」なっていきましょう。
姫野和樹の名言❻:レガシー、文化、目標、夢は次に受け継がれていく
2023年、10月8日、決勝トーナメント進出をかけてラグビー日本代表は、南米の強豪アルゼンチンと激突した。世界ランキングでは、日本が12位で、アルゼンチンは9位(日本戦終了後、10/9時点で8位に)。格上の相手でした。
多くの観客が見守る中、前半を1点差で終えました。しかし、後半になると、実力差がところどころに見られ、甘いタックルからトライを許し、27-39のスコアで、日本代表は敗戦となりました。決勝トーナメント進出とはなりませんでした。
フランス大会で主将だった姫野選手は、試合後のインタビューで、こう述べました。
「チームのみんなを誇りに思います。ここにくるまで全員でたくさんの努力をしてきましたし、今日も最高の努力をしてくれた仲間に感謝したいです。結果が出なくて残念ですけど、ここまで選手が頑張れたのはファンの皆さんのおかげです。今回エベレストの頂上に桜を咲かすことはできませんでしたが、自分たちのレガシー、文化、目標、夢は次に受け継がれていくと思います。まだまだ日本のラグビーは強くなれると信じています」
ラグビーワールドカップ2023フランス大会 日本代表 アルゼンチン代表戦試合後コメント by 日本ラグビーフットボール協会
キャプテンらしい大局を見ている言葉です。
負けを悔いつつも、未来に目は向けられています。それを象徴する言葉が、「自分たちのレガシー、文化、目標、夢は次に受け継がれていくと思います。まだまだ日本のラグビーは強くなれると信じています」です。
姫野選手の世代も、先輩たちから「レガシー、文化、目標、夢」を引き継ぎ、W杯で躍動しました。年齢的には、次のW杯に出場できる可能性は、十分に高いのが姫野選手です。
次のラグビーW杯は2017年、オーストラリアで開催です。姫野選手とともに、さらに成長したラグビー日本代表の姿に期待します。
・9/10 ⚪️🇯🇵日本42 V.S チリ12
・9/18 ⚫️🇯🇵日本12 V.S イングランド34
・9/29 ⚪️🇯🇵日本28 V.S サモア22
・10/8 ⚫️🇯🇵日本27 V.S アルゼンチン39