経営学者ピーター・ドラッカーの言葉に「マネジメントとは、人間の心、すなわちよかれ悪しかれ人間の本質に関わるものである」がある。仕事をするのに「人間の心」に配慮するのは大切なことだ。
ドラッカーは経営学者と呼ばれるが、本人は、「社会生態学者」(social ecologist)と名乗っていた。経営(マネジメント)だけが研究対象ではなかった。そのためか、ドラッカーの論には、人間臭さが漂う。
ドラッカーの論は、「マネジメント論」でありつつ「仕事論」、そして「人間論」でもある。仕事をする上でだけでなく、人生における大切なことをも学びとれる。
そのため、ドラッカーの著作には、マネジメントを行う者だけでなく、広く一般の人が読んでもためになる「仕事の教訓」「人生の教訓」が散りばめられている。
本コラムでは、『プロフェッショナルの条件』『経営者の条件』『未来を支配するもの』など、ドラッカーの代表的な著作にある言葉をもとに「仕事における大切なこと」を考えていく。
目次
ドラッカーの言葉1:完全を求めていく
「私は、神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならないとうことをそのとき以来、肝に銘じている。」
ドラッカーは、ハンブルク大学の学生時代、ギリシャの彫刻家「フェイディアス」の物語を読んだそうです。
フェイディアスはアテネのパンテオンの屋根に建つ彫像を完成させました。彫像の背中にも技を凝らしました。フェイディアスの精神性の高い行いに対して、アテネの会計官は、「誰にも見えない背中まで彫るとは何事か」と、支払いを拒絶しました。
これに対して「フェイディアス」は、
「そんなことはない。神々が見ている」
と、応酬したそうです。
この物語は、ドラッカーを成長させた「7つの体験」の1つです。ドラッカーは数多くの成功者と話をしてきました。その成功者の多くが、フェイディアスと同じ考え方をもち、その考え方を大切にしているといいます。
「お天道様が見ている」
日本には、そんな言葉がありますね。
仕事をする時に、「誰も見ないからいいや」ではなく「誰も見ないからこそ工夫をこらす」。
そうした考えたを持つ人に天は味方するのでしょう。
ドラッカーの言葉2:誰もがエグゼクティブ
「今日の組織では、自らの知識あるいは地位のゆえに、組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである。」
「エグゼクティブ」(Executive)
この言葉は「エクセキュート」(Execute)から派生したものです。「エクセキュート」(Execute)を辞書で引くと、「実行する」「達成する」「遂行する」などの意味があります。
「エクセキュート」には、ただ「達成する」「遂行する」ではなく、「とことんやり抜く」というニュアンスがあります。
ビジネスで「エグゼクティブ」(Executive)といえば上級管理職のことを指し、部長や社長の組織で高い地位にいる人のことを意味します。ただ、地位や役職ではなく、「とことんやり抜く人」と考えたら、働く者、誰もが「エグゼクティブ」(Executive)といえます。
ドラッカーがいうように、仕事をする人にとって「すべてエグゼクティブ」と考えることが大切です。
ドラッカーの言葉3:日本は長年アウトサイダー
「日本は長年アウトサイダーでした。私もアウトサイダーだったからわかるのですが、それゆえ、他者を忖度(そんたく)し、理解する能力に優れています」
忖度(そんたく)
この言葉は、政治がらみの問題があって、ずいぶんとネガティブなイメージになってしまいました。
「忖度」とは、「他人の心をあれこれとおしはかること」です。
ドラッカーは日本企業の研究に熱心でした。日本企業の研究は同時に、日本人を洞察することでもありました。日本人には、言語を超えるコミュニケーションの取り方があります。いわゆる「阿吽の呼吸」です。
夫「あれどこにおいた?」
妻「あれはあそこよ」
私「あ~あそこね」
上の会話を他人が聞いたら、「あれ」「あそこ」が何を指しているのか、さっぱりわかりません。日本人は自然とこんな会話をしているものです。
「あれ」「それ」で会話が成立している人に、「なんでそれで通じるのですか?」と聞いたら、どう答えるでしょう。おそらく、「理由なんてありませんよ。ただ、わかるんです」なんて答えが返ってくるのではないでしょうか。
上司「あの件はどうなった?」
部下「あの件は、連絡済みです」
上司「じゃあ例の件は?」
部下「例の件は、処理してあります」
上司「そうか、ありがとう」
こういった会話が上司と部下の間に発生する時があり、その実際例を私は目の前で見たことがあります。
これは上司が凄いというより、部下が偉いですね。もちろん、私たちは言葉を持っているわけですから、言葉の省エネは、誤解を生むこともあるので、注意しなくてはなりませんね。「あの件」「例の件」が違っていたら、あとあと問題となります。
なぜ、ドラッカーは、自分のことを「アウトサイダー」というのでしょう。恐らく、ユダヤ人かつ移民だからです。ドラッカーは、オーストリア・ウィーンで生まれたドイツ系ユダヤ人です。1939年にアメリカへ移住し、その後、アメリカに住み続けました。
米国では白人が本流であり、ユダヤ人は宗教的理由からも「アウトサイダー」として差別を受け続けました。キリスト教とユダヤ教の対立です。
日本をアウトサイダーと考えるのは、古くは中国が本流で、現在は欧米諸国が本流だからです。世界第2位の経済発展を遂げたものの、アジアの小国として本流になりきれない「アウトサイダー」が日本です。
「アウトサイダー」は、本流から攻撃にさらされるため、生き残るために本流(他者)を忖度しなければなりません。本流が、何を考えどう動くかを予測して先回りして手を打つのです。それを本流(他者)に聞かずしてできたから、生き残れてきたのです。
だから、ドラッカーは、アウトサイダーが他者を忖度(そんたく)し、理解する能力に優れています、というのです。
政治がらみの問題があったために、「忖度」のネガティブな面が固定観念化していますが、「忖度する力」のポジティブな面にも目を向けたいものです。
「忖度する力」は、アウトサイダー日本人の「強み」です。
仕事をする時、社会をよくしようとする時、「強み」としっかり認識して、有効活用していきたいですね。
ドラッカーの言葉4:組織に関する重大な間違い
「組織に関するもう一つの重大な間違いは、自分が達成しようとしていることは明白であり、隣の部屋の人間も当然わかっているはずだと思い込んでしまうことである。」
「思い込み」
仕事において、「思い込みは」は恐ろしいものですね。「たぶんそうだろう」と思い込んでしまうと、「確認すること」をしなくなります。
人間はそもそも「楽」をしたがる動物ですので、「確認」「伝達」が面倒くさいので、それで「思い込もう」としている節があります。
隣の部署に確認をとる時など、相手が苦手だったり嫌いだったりすると、「話すのが嫌だから」という理由で、「たぶんそうだろう」と思い込もうとするのが人間の性(サガ)です。
隣の部屋までちょっと歩いて確認すれば問題とならないのに、少しの手間を省いたために、後々、大きな手間をかけることになるのが「思い込み」です。
要は、コミュニケーションをとるか、とらないかですね。コミュニケーションによって、「思い込み」も「誤解」も解けていきます。
仕事をする上で、コミュニケーションの大切さは、あまりにも当たり前になっているので、例えできていなくても、「そんな当たり前のこと今さら言うなよ」と、皮肉る風潮が組織には往々にしてあるものです。
組織になんとなく漂う皮肉る風潮が、コミュニケーションをとることから人を遠ざけ「思い込み」を生み出します。
当たり前のことを、繰り返し言っていくことによって、当たり前のことが当たり前のこととして実践されるようになります。
仕事をする様々な場面において、当たり前のことを、皮肉ることなく、繰り返し言っていきましょう。
ドラッカーの言葉5:人間は聡明であり、洞察力がある。
人間は聡明であり、洞察力がある。人間には応用力がある。すなわち人間は、不十分な情報から、あるいは情報なしでも、全体像がどのようなものでありうるかを推し量ることができる。
かつて組織学者であり同志社大の太田肇教授の講演を聞いたことがあります。講演の内容は、「承認欲求」に関することでしたが、太田教授は、次のようなことをいっていました。
「ITはますます進化し、仕事そのものを人から奪うようなこともあるけれども、そうなればなるほど、人のひらめきのようなものをベースとした創造性が注目されてくる。人にしかできないことをできるようになることが、これからますます大切になってくる」(by 同志社大 太田肇教授)
ドラッカーがいう「不十分な情報」から「全体像」がわかる「ひらめき」は、太田教授のいう「人にしかできないこと」ではないでしょうか。
もちろんAIが進化し、人間を凌駕する日が来るのかもしれませんが、それでもなお「人にしかできないこと」は、あります。
人が人を育てることです。
育てられる過程で、親との「心のふれあい」が少ないと、大人になってから心身に何らかの問題を抱えるケースがあります。この問題はAIやロボットで解決できるものではありません。「心のふれあい」は人にしかできないことであり、その何らかの問題は、人にしか解決できないことです。
子育ての全てをAIに任せるような愚かな未来が来ないように、ドラッカーのいう人間の聡明さ洞察力を信じたいものですね。
ドラッカーの言葉6:顧客と会話をする
「顧客の面と向かって会って、会話をするのです。そうでなければ顧客のことも取引先のことも、自社の商品のことも、社員のことも、わかるはずないでしょう。また、どのような変化が起こっているのか起こりつつあるのかなど、知ることもありません」
ドラッカーは、1980年代にトヨタ車を買ったことがあるそうです。
すると、購入した2週間後にトヨタから「満足してますか」と電話がありました。4週間後にまた電話がありました。
「当社の○○が一度会ってお話ししたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」と…。ドラッカーがOKを出したところ、尋ねてきたのは、アメリカ・トヨタの社長でした。
社長が訪問してきた経験から、ドラッカーの奥さんは、それ以降、トヨタ車しか買おうとしなかったそうです。
これとほぼ同じことを田原総一朗さんが、ある本で書いていました。「いろいろと車を買ってきたけど、電話をくれたのはトヨタだけだ」と。
実際には、購買後のアフターフォローの電話は、各社しているはずですけれども、たまたま田原さんを担当した他者の人が、そうだけだったのかもしれません。
人は購入の意志決定を、ホントに些細なことで、しかも、その後、何十年にも渡って、そうするように決めてしまうものですね。
仕事をする時、いろいろな手段を通して、お客さまと話すことが大切ですね。
ドラッカーの言葉7:人への対し方が摩擦を減らす潤滑油
「物体が接して動けば摩擦を生じることは、自然の法則である。二人の人間が接して動いても、摩擦が生じる。そのとき、人への対し方が摩擦を減らす潤滑油の役割を果たす。「お願いします」や「ありがとう」の言葉を口にすること、名前や誕生日を覚えていること、家族について尋ねることなど、簡単なことである。」
なぜ、人間関係に摩擦が生じるのでしょう?
なぜなら、人には「感情」があるからです。
感情があるから、人は、人を嫌いになったり憎んだりして、そうしたネガティブな感情が人間関係に摩擦を生み出します。ですが、感情があるからこそ、人は摩擦を減らして、人間関係を上手に築いていくことができます。
その摩擦を減らす方法が、ドラッカーのいう「潤滑油」です。
この「潤滑油」が機能すれば、チームの生産性を高める「心理的安全性」が職場に生まれます。「心理的安全性」とは、恐れを感じることなく、言いたいことを言い合える心理状態のことです。
「潤滑油」を実践に移すのに、難しい経営学の知識は必要ありません。
日々のちょっとした挨拶や気づかい。
「ありがとう」の言葉。
たいそうなマネジメント手法や理論を振りかざすことはありません。
「マネジメントとは、人間の本質に関わること」
ドラッカーはそういっています。
人として大切なことは何かをシンプルに考えて、実践することが、マネジメントです。
ベストを尽くすことは、時に苦しさを伴いいます。胃の痛くなることが多いです。けれども、その辛い経験があって、自分の最高のものが引き出されてくるのです。
ベストを尽くし、あなのベストを引き出しましょう。
ドラッカーの言葉8:マネジメントは、働く者の成長
「マネジメントとは、ニーズと機会の変化に応じて、組織とそこに働く者を成長させるべきものである」
「将(リーダー)の器以上に組織(会社)は成長しない」
よくそういいますね。リーダーの人間的な器が大きくなれば、それに比例して組織も成長していく、というわけです。
会社の成長。組織の成長。社員の成長。部下の成長。リーダーであれば、誰もが望むものです。そのために欠くことのできないのが、リーダー自らの成長です。
リーダー自らの成長なくして、人と組織の成長なし。人と組織の成長なくしてリーダーの成長なし。
「リーダー」と「人と組織」は、リンクしていスパイラル状に成長していくものです。
他人の成長に真摯になることでこそ、自らを成長させることができます。
「将の器以上に組織は成長しない」
慢心を戒めるために、時に、思い出したい言葉です。
ドラッカーの言葉9:文化ではなく、行動形態の方を変える
「行動形態を変えようとするならば、文化を変えてはならない。文化ではなく、行動形態の方を変えなければならない。』
「組織文化」「企業文化」
これらの言葉は、「組織風土」「企業風土」とも表現できます。煎じ詰めると「社風」とも…。
「文化」「風土」「社風」は、目に見えません。目に見えませんが、確かに存在しています。
「社風」が形成される時、リーダー(経営者)の影響は大きなものがあります。でも、リーダー(経営者)の力だけでは、独自の「社風」は生まれません。
社員ひとりひとりの「行動」も、大きな影響を与えています。
「風土を変える」「文化を変える」と、「組織変革」の場で口にされます。ですが、「風土」「文化」そのものを相手にすると、つかみどこがなくて徒労に終わりがちです。言葉遊びで終わってしまいます。
「社風」「組織文化」「企業風土」は個々の社員の「行動形態」によって生まれるものと考えて、社員の「行動」に焦点を絞っていくことが、組織変革においては大切ですね。
ドラッカーの言葉10:マネジメントとは、人間の本質に関わるもの
「マネジメントとは、人間の心、すなわちよかれ悪しかれ人間の本質に関わるものである」
マネジメンとは人間の心に関わるものです。
人間の心があることで、マネジメントが成立します。なぜなら、マネジメントは目標達成に向けて人に動いてもらうことを必要とするからです。
人が動くのは、「人間の心」が動くからです。
人は機械ではありません。命令すれば動くというものではありません。指示すれば指示通りにするわけではありません。
「だから、人間の心はやっかいだ」
そう否定的に考えるのも無理はありませんが、「心」があるから、予想以上の力を発揮するポジティブな側面があります。
スポーツチームの試合で、弱者が強者に勝利するジャイアントキリング(番狂わせ)が起きるのは、「心の力」が結集して個々の選手の能力を超える力が生み出されるためです。
人間の本質は、やっかいであると同時に、可能性に満ちあふれています。
だから、マネジメントは、人間の心、人間の本質に関わるものなのです。
(文:松山 淳)
1909年(明治42年)オーストリア生まれ。経営学者。「マネジメント」の発明者といわれる。1931年フランクフルト大学で博士号を取得後、1933年、イギリスへ移住し投資銀行に勤務する。1939年アメリカへ移住。処女作『経済人の終わり』を発表。1942年米国ベニントン大学の教授に就任。1950年、ニューヨーク大学(現在のスターン経営大学院)の教授となる。1971年クレアモント大学院大学教授に就任し、2003年まで務める。2005年、死去。享年95歳。
【主な著書】『マネジメント――課題・責任・実践』(ダイヤモンド社、1974年)、『イノベーションと企業家精神――実践と原理』(ダイヤモンド社、1985年)『未来企業―生き残る組織の条件』(ダイヤモンド社、1992年)、『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』(ダイヤモンド社、2000年)、『チェンジ・リーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』(ダイヤモンド社、2000年)、『マネジメント[エッセンシャル版] – 基本と原則』(ダイヤモンド社、2001年)
ユングのタイプ論をベースに開発された性格検査MBTI®を活用した自己分析セッション
《MBTI受講者実績:1,917名》
国際的性格検査MBTI®を使用しての自己分析セッションです。MBTI®は、世界三大心理学者のひとりC.Gユングの理論がベースになっており、世界の企業が人材育成のために導入しています。その人の「生まれ持った性格」を浮きぼりにするのが特徴です。自分本来の「強み」を知ることができ、心理学の理論をもとに自己理解を深めることができます。
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