人に親切にすると気分がよくなる。なぜなら、親切にすると自尊感情が満たされるから。親切は心身によい影響を与える。なぜなら、人に親切すると脳や体によいホルモン(オキシトンなど)が分泌されるから。
人から「親切にされる」ことも気分がいい。でも、「親切にされる」ことは自分でコントロールできない。「親切にされる」かどうかは他人に決定権がある。反対に、自分が他人に「親切にする」ことは、自分で決められる。自分でコントロールできる。
だから、他人から「親切にされる」ことを期待するより、自分から人に親切にすることで、心と体を健やかに保つことができる。そこで本コラムでは、『親切は脳に効く』(デイビット・ハミルトン サンマーク出版)を参考にしながら、親切が心と体におよぼす影響について述べ、「親切にする」ことの価値について考えていく。
なぜ、あの町では心臓病が少ないのか?
アメリカ、ペンシルバニア州に、ロゼト(Roseto)という町があります。かつて、他地域に比べて心臓病の死亡率がとても低い町でした。いわゆる「ご長寿エリア」です。ロゼトでは1985年まで約50年にわたって住民に対する調査が行われていたため、その死亡率の低さが明らかになりました。
アメリカは心臓病での死亡者がとても多い国です。にもかかわらず、1960年代の調査では、45歳未満の心臓病による死亡者はゼロでした。このロゼトで起きた出来事は「ロゼトの奇跡」と呼ばれます。
ロゼト住民の平均収入、教育や仕事の環境、食習慣、喫煙率は他の地域に比べて、決してよいといえません。なぜなのでしょう。研究者が調査をし結論づけたのは、「住民同士の絆」でした。
ロゼト住民の多くは、イタリアのある地域から同時期に移住してきた人たちでした。イタリア人ならではの地域交流が盛んでした。みんなで集まり一緒に食事をし、ワインを片手に語らいあうのです。信頼関係をつくる習慣がありました。その習慣が地域に根づいていたため、「住民同士の絆」が深かったのです。
ロゼトの住民同士の絆の深さ・強さが、心身によい影響を与え、心臓病の死亡率を引き下げていたのです。これを「ロゼト効果」といいます。
ところが、1960年代以降、アメリカの個人主義が浸透し「住民同士の絆」が弱くなっていくと、心臓病の死亡率は他地域と同じレベルになりました。この事実が「ロゼト効果」を裏付けているといえます。
『親切は脳に効く』(サンマーク出版)の著者デイビット・ハミルトン博士は、「ロゼトの奇跡」についてこう書いています。
住民同士が親しいコミュニティには、助け合いという特徴がある。心理学では「向社会的行動」とよばれる、他人の利益のためにする行動だ。たとえば、分かちあうこと、協力すること、助けること、与えること──つまり親切のことだ。そういう状況では、オキシトンがたっぷりと分泌される。
『親切は脳に効く』(デイビット・ハミルトン サンマーク出版)p90
親切がソーシャル・キャピタルをつくる
心理学でいう「向社会的行動」(他人の利益のためにする行動)が地域や社会につくりだす資本を「ソーシャル・キャピタル」(Social capital:社会的資本)という。アメリカの政治学者ロバート・パットナムは「ソーシャル・キャピタル」を次のように定義している。
人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、 「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴。
人々の「協調行動」とは、互いに支え合い協力しあうことです。それは「互いに親切にしあう」ことともいえ、この「ソーシャル・キャピタル」が、地域住民の健康によい影響を及ぼすことがわかっています。
日本は世界的に見て長寿の国です。
社会疫学者のハーバード大教授イチロー・カワチは、次のように指摘しています。社会疫学とは、社会が人々の健康に、どのような影響を及ぼすのかを研究する学問です。
「日本人の長寿は、食習慣や遺伝子、皆保険では説明しきれない部分がある。地域の強いつながりが、健康と関わっているのではないか」
朝日デジタル「老後 生きるヒント探る」2012年03月31日
特に沖縄は、長寿地域として有名です。
長寿の人が多く暮らすエリアのことを「ブルーゾーン」といいます。沖縄は「ブルーゾーン」のひとつです。世界に目を向けると、サルデーニャ島(イタリア)、イカリア島(ギリシャ)、ロマリンダ(米カリフォルニア州)、ニコヤ半島(コスタリカ)がブルーゾンです。
このブルーゾンに住み、長生きしている人たちには、共通する9つの要素があります。※1
- 適度な運動を続ける
- 腹八分で摂取カロリーを抑える
- 植物性食品を食べる
- 適度に赤ワインを飲む
- はっきりした目的意識を持つ
- 人生をスローダウンする
- 信仰心を持つ
- 家族を最優先にする
- 人とつながる
9つの項目で、❻「人生をスローダウンする」、❽「家族を最優先する」、❾「人とつながる」は、「ソーシャル・キャピタル」のベースとなるものです。
生きるペースを少し落として、家族を優先して、人とつながるためには、「親切さ」が欠かせません。そう考えると、「親切さ」は「長生きの秘訣」であり「健康の妙薬」といえます。
親切が心と脳を健やかにする
さて、デイビット・ハミルトン博士の本に「分かちあうこと、協力すること、助けること、与えること──つまり親切のことだ。そういう状況では、オキシトンがたっぷりと分泌される」とありました。
オキシトシンとは主に脳内で分泌されるホルモンです。
「愛情ホルモン」と呼ばれ「幸せホルモン」のひとつです。ホルモンは、体の様々な働きを調節する化学物質です。血液を通して体全体に運ばれていきます。ホルモンのバランスがとれていることで、人は健康でいられます。
さらに「幸せホルモン」が適度に分泌されていると、人は幸福感を覚えやすくなります。
幸せホルモンには、オキシトンの他に「ドーパミン」「セロトニン」があります。セロトニンは心を安定させるホルモンです。うつ病の人は、脳の中でセロトニンが少なくなっています。セロトニンが脳の中に適量あることで、心は健やかでいられるのです。ドーパンミンは人の「やる気」と関係するホルモンです。
心と体はつながっています。心の健やかさは、脳にも体にもよい影響を与えます。
オキシトシンには、セロトニンの分泌を促進する役割があるのです。
互いに親切しあうこと(分かちあうこと、協力すること、助けること、与えること)で、オキシトシンがたっぷりと分泌されるなら、親切をすることは、脳にも体にもよい効果を与えるといえます。
ハミルトン博士いわく「オキシトシンは心臓保護作用のあるホルモン」とのことで、であれば、「なぜ、ロゼトの街で、心臓病の死亡率が低かったのか」が納得できます。
オキシトンを増やす6つの方法
親切にすることで「愛情ホルモン」オキシトシンが分泌され、その結果、脳と体を健やかにしていきます。ハミルトン博士は、オキシトンシンを増やす6つの方法を提唱しています。
❶「高揚」を感じる
❷人をなぐさめる
❸あたたかい気持ちのやりとりをする
❹友人や愛する人を支える
❺心で思う
❻ハグをする
❶「高揚」を感じる
「高揚」とは、「私たちが親切などの道徳的な美しい行為を目にしたときに感じるあたたかい気持ちのこと」(p 96)です。
例えば、電車の中で若者が老人に席を譲る姿を見たとします。その時、もしあなたが、「いいことするな〜」と、少しでも感動したのなら、少しでもあたたかい気持ちを感じたらなら、それが「高揚」です。
ハミルトン博士は、動画(映像)でも高揚を感じることはでき、オキシトシンはつくられるといいます。テレビや映画で、感動的なシーンを見て、「あたたかい気持ち」を覚えたなら、オキシトシンが分泌されている可能性は高いといえます。
「あたたかい気持ち」になる代表として、人間や動物の「赤ちゃん」を観ることがあげられます。
かわいい子犬や子猫の動画がSNSでバズり、それをくりかえし観てしまうのは、オキシトシンが分泌されての高揚感を誰もが味わたいためといえます。
❷人をなぐさめる
人を「なぐさめること」でも、人から「なぐさめられる」ことでも、オキシトシンはつくられます。誰かをなぐさめることは、まさに「親切な」行いです。
あなたの大切にした人(友人、恋人、家族)が落ち込んでいたとします。その姿を見て、助けてあげたいと慈しみの心がわいてきます。その慈しみの心をそのままにして言葉をかければ、それは「なぐさめ」の行いであり、オキシトシンを生み出します。
逆に、あなたが何かで失敗をしていまいブルーになっていたとします。その時、信頼できる人から心あたたまる言葉で、なぐさめられたとしたら、どんな風に感じるでしょう。きっと心がじんわりとして、心の傷が癒やされるような感じになることでしょう。
オキシトシンは「癒しホルモン」とも呼ばれます。
❸あたたかい気持ちでやりとりする
❷なぐさめるも、あたたかい気持ちのやりとりに含まれます。ここでポイントとなるのは、「あたたかい気持ちのやりとりをしている他人」を見ることでもオキシトシンが分泌されることです。
例えば、電車で席をゆずる若者が、譲られた老人から「ありがとう」と感謝され、「いえいえ」と首を横にふり、照れ臭そうに言葉を交わしています。そうした道徳的に高い行為を見ていると、「いいものだな〜」と心がなごみます。あたたかい気持ちになります。
その時そこにオキシトシンの分泌があるのです。
❹友人や愛する人を支える
ノースカロライナ大学で研究が行われました。一緒に暮らす38組のカップルに互いにどの程度支え合っているかを報告してもらったのです。「支え合っている」とは、「あたたかい気持ちのやりとり」があることです。あたたかい気持ちのやりとりがあれば、オキシトシンに変化があるはずです。
そこで、38組のカップルのオキシトシン濃度を測定しました。すると、予想通り、互いに支え合っている程度が一番高いカップルのオキシトシン量が最も多かったのです。
オキシトシン量の多かった人は、血圧が下がる現象もみられました。オキシトシンには血圧を下げる効果があります。互いに支えあうことが、互いの健康をよくしていくわけです。
❺心で思う
「心で思う」とはイメージすることです。例えば、あたたかいやりとりの場面をイメージするだけでも、オキシトシンが分泌されるのです。
ストレスホルモンも同じです。職場で上司に叱られたことを家に帰ってきて思い出していると、ストレスホルモンが分泌されます。ストレスホルモンが過剰に分泌されると自律神経のバランスが崩れて、心身に悪影響を及ぼします。
これと同じ原理が「幸せホルモン」にもいえるのであれば、その原理を活用しない手はありません。
ハミルトン博士は「愛する人のことや、親切や人とつながった経験、あたたかいやりとりの思い出をただ愛しく思うだけで、オキシトシンは作られる」(p101)と書いています。
❻ハグをする
欧米にはハグの習慣があり、日本には無いので、このハグは日本人には、むずかしいかもしれません。
ただ、愛する人とのハグはあるでしょうし、親が幼い子ども抱っこしてあげることもハグのひとつといえます。また、カラダを寄せ合って一緒に食事をしたりお酒を飲む時、私たちは、親近感を覚えて、気分が高揚することがあります。それらもハグに近い効果があると考えられます。
欧米人のようにいかないまでも、マッサージをするなど、カラダを使って慈しみの心を伝えあうようなことをすればいいのです。
まとめ〈ドストエフスキーの名言〉
このコラムでは、親切さが心と体にいい影響を与えることを書いてきました。「幸せホルモン」では愛情ホルモン「オキシトシン」にフォーカスしました。誰かに親切にすることがオキシトシンを増やします。そのことが幸福感を高めてくれます。
現実には難しいようかもしれませんが、からくりはシンプルです。シンプルですから、難しく考えずに、親切さを意識して実践してみましょう。1日ひとつでも…。
最後に本コラムで届けたかったメッセージを、巧みに表現してくれている文豪ドストエフスキーの言葉をお届けして、本コラムを終えます。
人が幸福を味わいつくすには、一日あれば足りるんですよ。愛するみなさん、ぼくらはどうして喧嘩をしたり、自慢しあったり、自分が受けた侮辱をいつまでも根にもったりするんでしょう。
それよりも、いっしょに庭に出て散歩したり、はしゃいだり、愛しあったり、褒めあったり、キスしたり、自分たちの人生を祝福したりしましょうよ。
『カラーマゾフの兄弟』(ドストエフスキー 光文社)
(文:松山 淳)
※1 「BeyondHealth」長寿エリア、ブルーゾーン沖縄への誘い琉球大学の荒川雅志教授に聞くアフターコロナのウェルネス(日経BP)