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『リーダーへ贈る108通の手紙』

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【84通目】「命の重さ」息子の熱性痙攣から感じた「平凡は奇跡」!

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《命の重さ》
                               
          『リーダーへ贈る108通の手紙3』
            http://www.earthship-c.com

                                11.01.26
                                 84通目
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  リーダー様へ

  拝啓 冬の朝 つぼみふくらむ 命かな 

  いかがお過ごしでしょうか?

  2011年の睦月もいよいよ終盤です。
  近所の桜並木にあるソメイヨシノに目をやると、
  小さなつぼみがふくらみ始めています。
  冬の寒いさなかで、春の準備は着々とすすんでいるようです。

  お正月から時が流れ、さぞ忙しい日々がやっていきていると思います。
  寒い日が続いています。
  どうか、おからだご自愛なさってください。

  さて、先週、我が家をインフルエンザの嵐が通りぬけていきました。
  長男の小学校で流行していました。
  長男(11才)が熱を出し、次男(6才)にうつり、妻も熱が出て、
  最後、娘(4才)まで高熱にうなされました。

  私は「最後の砦」だと気を張り、熱を出さずにすみました。
  次から次へと家族が熱を出していく中で、
  私は、生涯忘れることのできない体験をしました。

  〜〜〜

  その日、家で仕事をしていました。
  すでに長男が寝込んでいて、
  前日まで大きな声を出して家の中を走り回っていた次男が
  午前中に、急に熱を出し始めました。

  インフルエンザは熱が出てから12時間を経過しないと、
  検査をしても結果がでないことが多いと
  お医者さんから聞かされていました。

  インフルエンザであれば「タミフル」という
  インフルエンザの専門薬をもらいます。
  もし違えば、別の薬が処方されるのでしょう。

  次男の熱は38度ほどでした。
  「今すぐ検査しても結果が出ない」と妻と話して
  病院に電話をして、妻が午後の時間帯を予約しました。

  私は「うつされてはいけない」とリビングでパソコンを開き、
  時々、長男と次男が寝込む部屋の扉を少しあけては、様子をうかがっていました。
  熱で赤い顔をしている次男に「大丈夫か」と声をかけると、
  苦しそうに、うなづいていました。
  
  リビングでは、その時まだ元気だった娘が退屈そうにおもちゃで遊んでいて、
  私はHPのリニューアル作業に集中して、仕事の世界に没入していました。

  上から妻の悲鳴・・・。

  (なっ!なんだ!)

  私はバタバタと音をたてて階段をかけあがり、
  長男と次男の寝る部屋に入りました。
  「おかしいの、おかしいの」と妻が、次男のそばに座って叫んでいます。
  次男の顔を見ると、顔が痙攣していて、
  何度も目を閉じたり開いたりしています。

  「おい、おい、大丈夫か、どうした、大丈夫か」

  私は次男の名前を呼びました。でも返事はなく、私と目が合いません。
  どこか遠くを見つめていて、痙攣はとまりません。  
  
  妻が泣き叫び、次男を抱きかかえると
  次男の顔がひきつり口から何かが出てきました。
  妻が近くあったゴミ箱をひきよせると、次男は嘔吐しました。
  私は痙攣の原因は、この嘔吐物が喉につまっていたからじゃないかと思い
  「吐け、吐け、全部吐け、大丈夫だぞ、大丈夫」  
  と、息子のからだをかかえ、背中をさすりました。
  次男のからだは、私の腕の中で牛乳にひたした食パンのようにだらりと垂れて
  力がまったく入りません。
  吐き終えたところを見計らい、寝かせると、
  黒目が上にいってしまい、明らかに向こう側にいきかけています。

  (死んでしまう、死んでしまう)

  妻は「病院に電話して、はやく電話して」と、叫び、
  私は、階段を下りて、午後に予約してある病院に電話をすると
  「今は診療時間外ですから診ることができないです」と言われ
  「そんな、大変なんです、大変なんです、顔が痙攣してしまって・・・」
  私はパニックに陥り、自分でも何を言っているのかわからなくなっていました。    

  病院の人は「もし症状がおさまらないのなら救急車を」と言ったところで
  「そうですね、救急車ですね、救急車!救急車!」と私は電話を切り、
  上にあがると、「ごめんね〜、ごめんね〜」と妻が子を抱いて泣いています。
  「おい、救急車だ、救急車、え〜と何番だっけ、何番だっけ」
  そうなんです。出てこないんです。119が。まさかです。
  そんな話しをよく聞いて、「そんなことのあるのか」と思っていた私、
  見事にはまりました。
 
  妻が「119でしょ」「そうだよ119だよ119」と私。

  119を押そうと電話の表示版を見ると、すでに119がおされているんです。
  無意識がしっかり応援してくれています。
  人間42年間やってきて、生まれて初めて、119を押しました。
  でも、完全に気が動転しています。

  119にかけるとすぐに電話に出てくれ、早口で住所を言って
  (このあたりの記憶が曖昧なのですけれど)
  電話の相手がしつこく「一軒家ですか、マンションの名前はないんですか」
  と聞いてきたのを覚えています。

  次男は白目になりかけていて、私は大きな声で子の名前を叫びます。
  もうそれにしかできないんです。叫ぶしか・・・。何もできなんですね。
  そのうち電話がなりました。電話に出ると、

  「救急車が今出払っていて、すぐに救命の資格をもった消防隊員がゆきます。
   その後、救急車も向かいますので・・・近くに通っている病院はありまか?」

  「通っている病院って?」なんでそんこなと今聞くんだと、思いつつ、
  おでこに手をあてて、何度も頭を叩き
  「えーと、えーと、なんだっけ、なんだっけ」と
  こっちの名前もまったく出てきません。結局、答えられませんでした。

  そのうち遠くからサイレンが聞こえてきます。
  私は、崖からころがり落ちるように階段をおりて、玄関の扉をひらきました。
  赤いサイレンの回る消防車が1台とまっていて、
  我が家の前の通りで、隊員がうろうろしています。
  「こっちです、こっちです」と私は、近所中に響く大声をはりあげました。
  3人だったか、4人だったかヘルメットをかぶった隊員が、
  どっと家になだれこんできました。

  次男の様子を見て「意識レベル」がどうこうのと叫びあっています。
  「今、救急車が、こちらに向かっています」隊員は、何かを口早に説明します。
  私は「大丈夫なのでしょうか、大丈夫なのでしょうか」と
  それ以外の言葉を話せなくなった壊れたおもちゃのように
  隊員の方に、しつこく言葉を投げかけます。
  
  このあたりも記憶があまりなく、そうこうするうちに、
  救急車がやってきました。
  「お父さん、お子さん、運べますか。お父さん!お父さん!」
  と隊員の方に言われ、「はい、運べます、大丈夫です」と正気を取り戻し、
  私は猫背になって子を抱え、階段をおり、外に出て、救急車に運び込みました。
  そこでも「意識レベル」がどうとか「バイタル」がなんとか、
  救命救急系のドラマで聞いたことのある単語が飛びかっていました。
  
  私は子を運び込んだら、すぐに救急車は病院に向かうと思っていました。
  そうではないんですね。
  それから受け入れ先の病院を探すのです。
  隊員の方が病院に電話して、
  症状を説明して「受け入れてもらえるでしょうか」と訊いていました。
  子の顔を見ながら、同時に、これが新聞によく書かれていることか、と考えました。
  救急車でたらい回しにされて、命を落としてしまう。
  (そんな、早くし欲しい)
  何年か前にインフルエンザで子を亡くした親御さんのニュース番組をみたことがあって
  そんなすっかり忘れていたことが急に思い出されてくる。なんで? 
  精神状態がパニックになっているからか、
  悪いことばかり思いうかんでくるんです。

  しかし一方で、日夜、救命救急のプロフェッショナルとして
  多くの人たちの命と対峙している人たちなんだ、この人たちに任せるしかない。
  そうだ。この人たちを信じるしかないんだ。
  そう自分に言い聞かせ、「どこでもいいから早く出発してくれ」と怒鳴り声をあげ
  モンスター・クレーマーと化そうになる自分をおさえつけていました。

   「お父さん、受け入れ先が見つかりました。
    ただ、入院はできません。ベットが満員だそうです。
    その際、別の病院へまた移動します。
    それでよろしいですか、いいですね、いいですね」

  と、これまたしつこく聞かれ、そのことを私が了承すると、
  サイレンを鳴らして救急車は走り出しました。

  けたたましい音が鳴り響き、右に左に揺れ動く救急車の中で、
  酸素マスクのようなものを口にあてられ目を閉じている子を見ながら、
  わたし、親になって初めて思いました。

  「私の命はいらないから、この子を助けて欲しい」って。

  本気で、そう思いました。
 
 「かわれるものなら、かわりたい」って、痛切に思いました。
  
  でも、何もできないんです。見ているだけです。
  そうなると、もうあとできることって、何でしょうか。
  そうでした。「祈る」だけだったんです。祈るしかできない。祈るだけ。

  「お願いです、もし神様がいるなら、
   この子を助けて欲しい、お願いです。お願いです。
   私の命はいらない」と。

  そんな祈って命が助かるなら、
  もっとたくさんの人が助かっているはずだけれでも、
  人はそうした極限の状態で、やっぱり「祈る」んですね。

  そして「早く病院に、1秒でも早く」と救急車の進む方向を見ると、
  都立大駅前の狭い二車線道路を反対車線を走りながら、
  ちょうど目黒通りの大きな交差点に進入していくところで
  サイレンの音が一層大きくなっていました。

  その時、なんてありがたいんだと思いました。
  車がちゃんと、とまってくれているんですね。
  何台も、何台も、車がどんどん、道路の端によけてくれるんです。
  こう、さあーっと道が開けていくよう見えました。
  
  救急車の中からその光景を見た時に、感じました。
  「なんていい人たちが、優しい人たちが、この国にはいるんだ」と。
  本当にありがたい。あ〜なんてありがたいんだ・・・・・。

  〜〜〜

  次男は今、元気にしています。今週、幼稚園にも通い始めました。
  熱性痙攣という高熱で脳が一時的に麻痺してしまうようなものだったらしく
  幼稚園生ぐらいの子だとよくあるそうです。 

  救急車の中で、だんだんと意識をとりもどしていった我が子は、
  病院についた時には、「救急」という状態から抜け出していて、
  お医者さんも落ち着いたものでした。
  
  ですので、少し大げさに書いたのかもしれません。
  でも、私の心の内側で起きた事実を書きました。
  その時、そう思った、感じた「内的事実」を書きました。

  死線をさまよっている自分の子どもに何もしてあげられない
  圧倒的な無力感の中で「祈る」ことを選択した、
  いや、そうせざるを得なかった私は、
  「祈り」という人間がもつ原始的な体験を生まれて始めたしたような気がします。

  初詣で神社に行って、手を合わせて「今年もいいことがありますように」と
  祈るようなレベルではない「祈り」です。
  それは一種の宗教的な体験でもありました。
  
   最後の最後、人は「祈る」。 
   「祈る」しかできないことがあるんだと。

  そして、命というのは、とても儚(はかな)いものだと感じました。

  拙著『名もなき人の生きるかたち』(文芸社)に登場したある女性のお父様は、
  具合が急に悪くなり、救急車で病院に運びこまれ
  その夜には、天に召されてしまいます。
 
  「こんな簡単に人って死んでしまうんだ」
 
  その命のあっけなさに愕然とした、と言っていました。

  我が子は熱性痙攣でしたので、死に至る確率は低かったのでしょう。
  けれども「我が子が死んでしまう」と思ったその内的実体験から、
  命はとても儚く、何かのきっかけで、
  あっという間に「こちら側」から「あちら側」へ
  連れて行かれてしまうものだということを実感しました。

  そして、「命は儚い」。
  だからこそ、なお一層、私たちは、
  人の命や人を尊重しなくてはいけないのだ、と学びました。

  これまで「人はそう簡単には死なないもの」と思っていました。
  ですので、「命の強さ」という視点から
  「命の重さ」を倫理観として抱いていました。

  もちろんそうした考え方は、消えていないのですけれども、
  「コペルニクス的転回」といったら大げさですけれども、

  「命はとても儚い、だから重いんだ」

  と、42歳になって、何の前ぶれもなくある日突然、
  我が子を救急車にのせてしまった体験からそう思うようになりました。

  これを書いている今も、遠くから何度も救急車の音が聞こえてきています。
  救命救急や医療関係者の方々の仕事の尊さに思いを馳せつつ、
  何かの事故や病で死線をさまよっている人がのっているなら、
  どうか無事であるようにと祈りつつ、
  何事も起きない、一見つまらなく思える「平凡な日々」ほど、
  実は「奇跡」なんじゃないかと、痛切に感じます。
  
 
   ☆「平凡は奇跡」 
  

  その確信が深まる2011年睦月のある出来事でした。

  〜〜〜

  本日は、これで終わりにいたします。
  今回、私事をつらつらと書きました。
  もし何か、感じるものがあったら幸いです。

  寒い日がつづいています。インフルエンザも流行っているようです。
  リーダーとして元気に活躍するため
  大切な大切なおからだを、くれぐれもご自愛なさって下さい。
   
  もし小さなお子さんをお持ちであれば、外から帰ったら、
  うがい手洗いをご家族全員で必ずなさってください。

  2011年の残り少ない睦月が、あなた様にとって
  生涯の記憶に残るようなステキな日々で満たされることを心よりお祈りしています。

               
                 
             「元氣・勇氣・やる氣」で!

                 
                 (^人^)               
 

                                 敬具

   平成二十二年一月二十六日

                              松山 淳より

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 ◆自問自答◆

 1)私は、「命」についてどんな考え方をもっているだろうか?

 2)私は、「命」を大切に使っているだろうか?

 3)私は、「命」を尊重して生きているだろうか?

※自問自答は、あなたの「心」を見つめる作業です。
 継続することで、見失っていた大切なことに気づくことがあります。
 30秒でもかまいませんので、上の質問を、ちょっと考えてみて下さい。
 終わったら、スクロールして下の【ことば】を読んで下さい!
==========================================================
 ◆103℃ WORD◆

                            「生きる」  
     
==========================================================

 ◆追伸◆

  その人が何をどう感じたか。
  もしその人がそう感じたのなら、その人にとってそれは事実である。

  「そんなおおげさな」

  と、自分の価値観や経験値からはかり、ある人が話す話しを
  断じてしまうことが、人にはあります。
  「職場の人間関係が辛い」という部下を、
  そうしたことで悩んでこなかった上司やリーダーやマネジャーは、

   「なんでそんな辛いんだ」
   「ちょっとおおげさじゃないか」

  と、考えてしまいがちです。
  この時、「内的事実」という言葉を思いだしてほしいのです。
  外から(外的)見えている姿でその人の事実を見極めるのではなく、
  その人が心の内側で感じていることは、歴然とした事実だと認識する考え方です。

  これが今リーダーに求められている「共感力」を育むスタートラインです。

  「内的事実」。

  スーツの内ポケットに、いつもご一緒に。

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■発 行 者:アースシップ・コンサルティング 松山淳(42才)
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■U R L: http://www.earthship-c.com/
■ブログ :「リーダーへ贈る358の言葉」
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■叱咤激励: j@earthship-c.com
■発  行:まぐまぐ,melma!

■資  格:・日本MBTI協会 認定ユーザー(Japan APT 正会員)
      ・日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラー
      ・日本メンタルヘルス協会認定  基礎心理カウンセラー。

■著  書:『「上司」という仕事のつとめ方』(実務教育出版)
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      『真のリーダーに導く7通の手紙』(青春出版社)
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      『名もなき人の生きるかたち』(文芸社)
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 「笑顔の輪」が少しでも広がる!これほど嬉しいことはありません。
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【ことば】     

  「そうした「生死」の体験が与えられて、まだ生きている。
   死んでしまうことなく、まだ生きている。
   もし、そうした体験を得て、それでもまだ命が与えられているならば、
   それには深い意味がある。
   それは、皆さんに「何かを成せ」という、天の声なのです。」

                            (田坂広志)
        

               『なぜ働くのか』(著 田坂広志 PHP)より

 


松山 淳 JUN MATSUYAMA松山淳顔写真

世界の企業がリーダー研修で使うMBTI自己分析メソッドを用いて、その人らしいリーダーシップを発揮できるようサポートしている。リーダーシップ研修、個人セッション、講演を行い幅広く活躍中 >>>プロフィール

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